第5章③
「それじゃあとりあえず、必要なものはこっちで用意しておくから、ひとまず先にお仲間を紹介しておこうか」
「え」
「他のメンバーを招集してあるんだよ。顔合わせは早い方がいいだろう?」
「い、いえあの、こんな時間ですし結構で……」
「遠慮するこたぁないさ。みんなみどり子ちゃんみたいにいい子達だから安心おし」
違う違う、そうじゃ、そうじゃない。某名曲が頭をよぎった。
ここで下手にジャスオダの他のメンバーを紹介されたら、今度こそ私は本当に逃げ場がなくなってしまう。だからこそ今度こそ丁重にお断りさせていただこうと思ったのだけれど、透子さんはにこにこと聞き流すばかりで、ぽちっとデスクの上に並ぶボタンを押し、細いマイクに向かって「話がまとまったから全員おいで」とさっさと私にとっての死刑宣告をした。
ああああ、待って、本当に来ちゃうの? 来ちゃうの他のジャスオダメンバー⁉
な、なんとか逃げたい。ものすごく逃げたい。とりあえずみたらしとしらたまが眠るキャリーケースのもとにそそくさと駆け寄って持ち上げる。
「大丈夫だよ、みどり子ちゃん。深赤坊だけじゃなくて、他の子達も猫が好きな子達だからね!」
透子さんは私がみたらしとしらたまを守るためにキャリーケースのもとに行ったと思ったらしい……って、いや、違う。その笑顔は完全に面白がっている人のやつだ。わ、解っていてやってるなこの方。完全に確信犯である。
私が慕い信じていた大家さんは幻だった……? と固まる私の背後で、ポーン! と世界の終末を告げる天使のラッパじゃなくてエレベーターの電子音が鳴り響く。
反射的に振り返ったその先のエレベーターから、降りてきたのは。
「もう、透子さん! 待ちくたびれちゃったわ」
「ようやく説明が終わったんですね」
「ねみぃ〰〰……。やべ、目がしょぼしょぼする」
「明通司令官、我らジャスティスオーダーズ、レッドを除いて、ただいま揃いました」
びっくりするような美女が一人、そしてこれまたびっくりするような、それぞれ趣が異なる美男が三人。
計四人がぞろぞろとこちらへと近寄ってきて、私をちらちらと横目にしながら、透子さんのデスクの前に並んだ。
「こんな時間に悪いねぇ。深赤坊の様子はどうだい?」
「そろそろ目が覚めるってところらしいわよ。それより、彼女が?」
紅一点である美女がこちらへと目配せを送ってくる。
彼女の問いかけに、透子さんは頷いて、「そういうことさね。みんな、自己紹介を」と四人を促した。
「それじゃ、あたしから。はじめまして、あたしは
ふんわりとした巻き髪と、ぱっちりとした大きな瞳が魅力的な、綺麗系かかわいい系かと問われると後者の圧倒的美女である。その辺の雑誌やテレビに出てくるようなアイドルよりもよっぽどかわいくて、ノーブルな雰囲気をまとう彼女は、なんかこう……そう、あれだ、おひめさまみたいに可憐だった。
いやでもピンクの武器ってナックルだよね? えっこんなおひめさまみたいな美女がナックル付けた拳で戦ってたの……?
呆然としつつもかろうじて「は、はじめまして」と頭を下げる。
続いて口を開いたのはその隣の、眼鏡をかけた美青年だった。
「……
わ〰〰〰〰感じ悪〰〰〰〰い…………。
青い細身のアンダーリムの眼鏡がよくお似合いの、クールな感じの美青年だ。冷然と整った容貌そのままの冷たい声とまなざしで、徹底的に「仲良くする気はございません」と語る青年に「はあ、解りました、よろしくお願いします」とこれまた頭を下げる。
ぎろりと眼鏡越しに睨み付けられて、「だからよろしくする気はないと言っているでしょう」と吐き捨てられた。
初対面でここまで拒絶されることもなかなかない。なんかしたかな私。
「んじゃ次はオレ〰〰。オレは
「え、あ、名前……」
「透子さんとの会話聞いてたからそりゃ知ってるよ」
にこやかに盗聴を暴露するのは、髪を綺麗に金色に染めた、ちょっと軽薄な雰囲気の、でもだからこそ圧倒的な華やかさを放つ美青年だった。
イエローだから金髪に染めてるのか、それともたまたまなのかはよく解らないけれど、日本人にしては珍しくその髪の色がよく似合っている。にこやかにひらひらと手を振られたので、重ねてさらに「柳みどり子です」と改めて名乗って頭を下げる。
そして最後に残ったのは、言うまでもなくブラックだ。
「自分は
真っ黒な、綺麗なストレートヘアを、男性にしては珍しく長くのばしてポニーテールにしている美青年である。男の人でその長さと髪型がこんなにも似合う人もそうそういないだろう。朱堂さんとも蒼樹山さんとも山吹さんとも、なんだか雰囲気が違う、やたらと落ち着いた雰囲気をまとっている。
時代劇に出てくる美貌の剣士様、という言葉がしっくりくる。いやでもそういえばブラックの武器って二丁拳銃じゃん。剣士と対極じゃん。
しかもレディ・エスメラルダとしての経験上、この人、なかなかにいい性格をしていたような……と、恐々とその整った顔を窺うと、彼は軽く口角を引き上げた。きゅん、ではなく、ぞく、とした。なに今の悪寒。
深く考えると恐ろしい状況にしかなりそうもなかったし、そもそも現状以上に恐ろしい状況になるとはなっかなか思えなかったので、もう気付かなかったふりでスルーし、「柳みどり子です、よろしくお願いします」とこれまたもう一回改めて深々と一礼。
彼ら四人と、今はここにいない朱堂さん、合計五人で、ジャスティスオーダーズというわけか。
へええええほおおおおおお。もしかしてもしかしなくても、ジャスオダの選定基準って、顔? 顔とスタイルだったりする? そう疑いたくなるくらいに皆様とっても見目麗しくていらっしゃる。だったら私は余裕で落選なのでここでやっぱり「辞退させていただきます!」て宣言しちゃ駄目なのだろうか。
人には向き不向きというものがありまして、私ほどジャスオダに向いてない女なんて他にいないと思う。だって私、だから繰り返しますけどカオジュラ所属なので。女幹部のレディ・エスメラルダなので。
これまで絶対に墓まで持ち込むと決め、決して誰にも他言すまいと誓っていたこの秘密を、ここまで声を大にして打ち明けたくなる日が来ようとは思ってもみなかった。
やはり今日は厄日だ。みたらし、しらたま、みどり子さんはいい加減心が折れそうですよ。
「さて、自己紹介も終わったところで、今後についてはまたにしようかね。みどり子ちゃん、今夜はウチに泊まっていきな。あのアパートは当分使えそうにないしねぇ。新しい家の手配もしとくよ」
「あ、ありがとうございます……?」
「礼には及ばないさ。これから頑張ってもらわなきゃなんないしね」
それはまあそうだろう。これから頑張らなきゃいけないのはむしろ私だ。頑張りたくないっていうか頑張っちゃいけないのに、頑張らざるを得ない状況になっている。
透子さんに反射的にお礼を言ったものの、ぜんぜんありがたくない状況だ。むしろ事態はどんどん悪化している。外堀が恐ろしい勢いでざっくざくと埋められていっているのを肌で感じ、もう遠い目をするしかない。
これどうすんの。どうすりゃいいの。うっ胃が、胃がキリキリ言ってるぅ……!
その痛みをこらえるようにぎゅううううとキャリーケースを抱き締める私を見て、なにやらうんうんと頷いた透子さんは、そうしてキリリと表情を引き締めた。
「全員、ご苦労。今後は、カオティックジュエラーとの戦いに備えて、柳みどり子のサポートにも努めるように。解ったかい?」
「「「「イエス・ジャスティス!」」」」
ビシィッと敬礼するジャスオダの中の人達を、私は全身から冷や汗を噴き出させながら見つめることしかできない。
とにもかくにも今夜はこれでおしまいハイ解散! という流れになり、私は桜ヶ丘さんに案内されて、このジャスティスオーダーズ公的支援秘密組織ジャスティスメイカー総本部(だから長い)における、他の階の、スタッフ用宿泊室に向かうことになった。
二人きりのエレベーターは気まずいことこの上ない。うかつなことを言うわけにはいかない私が、自然と口を噤んで、気をまぎらわせるためにキャリーケースの中のみたらしとしらたまを覗き込んでいると、「ねえ」と声をかけられた。
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