第4章⑧
「お前っ! こっちに来い!」
「きゃあ⁉」
気付けば私のすぐそばまで忍び寄ってきていたイミテーションズの数名が、私を拘束した。抵抗しようにも、ただの柳みどり子にはどうすることもできない。い、一応悪の組織の女幹部が、こんな失態を犯すなんて……!
そう内心で頭を抱えている私を盾にするようにして、イミテーションズは「こっちを見ろ!」と現在進行形で逃げ惑うイミテーションズを次々容赦なく叩きのめしていくレッドに怒鳴った。
「この女に手を出されたくなかったら、レッド、お前も大人しくしろ!」
「はあ⁉」
なんだそれ私を人質にするってか。本物のカオジュラだってそんな卑怯な真似はしないのに。本物よりもパチモンの方がよっぽどやることがあくどいってどういうこと? 世の中本当にどうかしてるんじゃなかろうか。
まあでもいくらレッドでも、数回顔を合わせたことがあるだけの私を人質に取られたって、降参なんてするわけがな……。
「……解った。降参する。だから柳さんには手を出すな」
いやすんのかい‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼
ちょっと‼ いくら正義の味方でもここで降参しちゃだめでしょ⁉イミテーションズ以外に誰も見てないんだから、別に私くらい見捨てたって誰も怒らないし、SNSで炎上することだってないってば! そもそもここであなたが降参したって、こいつら、絶対私のこと放っておかないし、みたらしやしらたまだって無事にすまないに決まってるのに‼
そう叫ぼうにも、その前に口をふさがれてしまう。
そして始まったのは、イミテーションズによる、レッドへの一方的な暴行だった。
「ははっ! 正義の味方もざまぁねえなぁ!」
「ずっと気に食わなかったんだよ、自分達は正しいことしてます〰〰ってウザい顔しやがって!」
「いや顔はマスクしてて解んねえだろ!」
「ぎゃはは、そりゃそうだ!」
酷い。酷い。酷い。こんなの見ていられない。なんで黙って殴られてるの。蹴られているの。いくらパワースーツを着ているからって、痛くないわけがないだろう。
ジャスオダならこんな奴ら敵じゃないくせに。さっきみたいに叩きのめしていけばいいじゃない。私のことなんか無視すればすむ話だ。
それなのに。
――――私の、せいで。
――――私の、ために?
視界がまた涙でにじむ。ああ、もう、無理。このまま、黙ってなんて、いられない。
私の口を押さえつけているイミテーションズの手に、なりふり構わずがぶりと噛みつく。不意打ちにぎゃっと悲鳴を上げるそいつとは別の奴が、「こいつ!」と私の頬をビンタしてきた。痛い。たぶん唇の端は切れたみたいで、口の中に鉄の味が広がる。
でも、私が今口にすべきは、悲鳴でも嗚咽でもなくて。
「レディ・エスメラルダ。メタモル……」
「――そこまでに、してもらおうか」
私の変身決めゼリフが、聞き慣れた麗しい美声によってぶった切られた。
同時に私のことを拘束していたイミテーションズが、まるで限定的な爆弾でもぶつけられたかのようにその場から吹っ飛ばされる。
突然身体を開放されて、がくんと膝が笑った。そのまま倒れ込みそうになるところを、甘やかな香りに抱き留められる。
この、匂いは。
「……しろ、くん?」
「マスター・ディアマン⁉」
私の小さなささやきと、イミテーションズの大きな悲鳴が重なった。
そう、しろくん、ではなく、マスター・ディアマンだ。間違いなく、我らがカオティックジュエラーの総帥様だ。
どうして、と思う間もなく、ぎゃあああああっと悲鳴があちこちで悲鳴が上がり始める。
は、とそちらを見遣れば、ストーンズ達が大挙してイミテーションズに襲いかかっていた。そのストーンズを指揮するのはドクター・ベルンシュタインだ。私の視線に気付いたのだろう、少年はフンと鼻を鳴らして肩をすくめて、そのままさらにストーンズを召喚した。うわこんなエグい量のストーンズ初めて見たわ。
レッドに対して好き放題やらかしていたイミテーションズに対する、極めて一方的な蹂躙は、あっという間に終わった。私はその間、ずっとマスター・ディアマンの腕の中にいた。遅れて震えだす身体を支えてくれる腕のぬくもりが、あまりにもありがたくて嬉しくて。
そして、イミテーションズ全員が、ストーンズによって見事に縛り上げられて地に転がった。うめき声がかすかに聞こえてくるけれど、どいつもこいつももう意識はないらしい。
そしてボロボロのレッドが、身体をふらつかせながらも、マスター・ディアマンへと視線を向ける。
「マスター・ディアマン……! 同士討ちなど、どうして……」
「助けられておいてその台詞、いっそ感心に値するね。まあいい、説明してあげよう。アキンド・アメティストゥ」
「ハイハーイ。お任せあれ」
あんたもいたのかアキンド・アメティストゥ。
マスター・ディアマンに呼ばれて飛び出てジャジャジャンな登場をかましたアキンドは、レッドを憐れむように見つめて、その蠱惑的な唇を開いた。
「最近のお前さん達ジャスティスオーダーズが相手にしていたのは、アタシ達の模倣犯でござんす。イミテーションズってアタシ達は呼んでますがね。こいつらもその一派でござんすよ」
「模倣犯だと⁉」
「ウチではご法度のアレソレをやらかしてくれたこいつらには、それなりの対価を支払ってもらいまひょ。今まで我らがカオティックジュエラーの代わりにこいつらの対応を頑張ってくれたこと、お礼を言わせてもらうでござんす」
アキンドの言う『それなりの対価』がどんなものなのか、考えるのも恐ろしい。
彼がこう断言するということは、もう“上”が「ヤっちゃってイイヨ!」とゴーサインを出した案件であるということだろう。つまり、絶対ヤバいやつだ。
もしかしなくてもこのイミテーションズがお空の色を眺められるのはこれが最後かもしれない。せめてもの救いは、今夜が美しく晴れ渡る月夜だということか……なんて、なんの慰めにもならないだろう。ドンマイ。同情はしませんせいぜい地獄を見るがいい。
「最近の事件が、模倣犯……イミテーションズ、に、よるものだとは解った。だが、それはそれとして、マスター・ディアマン! 柳さんを放せ! 彼女は俺達とは何も関係ない一般人だ!」
この期に及んでなお私の身を案じてくれるレッドは、もう救いようのないお人好しだ。一周回って心配になってくる。他のジャスオダが、レッドのことを放っておけないらしいのはこういうところが原因なのかもしれない。
まあでも、確かにレッドの言う通りなので、そろそろしろくん……じゃなくてマスター。ディアマンから離れなくては。いつまでも甘えてはいられないのだから。
そう私を腕に抱く彼を見上げると、ハーフマスクの向こうの彼の瞳とぱちりと目が合った。マスター・ディアマンはそのまま、私を開放することはなく、まるでエスコートするように噴水の近くまで私ごと歩いていく。
そうして彼は、噴水のそばに隠されていた、ベージュ色のペット用キャリーを持ち上げ、私にそっと差し出してきた。
「どうぞ、レディ」
「あ……」
なぁお! ふなぁお! 元気いっぱいの、愛らしい鳴き声の二重奏。
抱き締めるようにキャリーを受け取ると、ますます甘えたような鳴き声が上がる。ああ、だめだ。もう泣くつもりはなかったのに、また、またしても涙、が。
ぼろぼろと安堵の涙をこぼし始めた私のまなじりに、静かにしろくんの指が寄せられる。そぉっと優しく私の涙をぬぐって、そうしてマスター・ディアマンは、私から離れていった。
私のヒーローは、いつだっていちばん私が助けてほしい時にちゃんと助けに来てくれて、同時に私が大丈夫になると、ちゃんと私を自分の力で立たせてくれるのだ。
「今宵は見逃してあげよう、レッド。次はまた、敵として」
そう言い残して、マスター・ディアマンは、ドクター・ベルンシュタイン、アキンド・アメティストゥ、それから地面に転がるイミテーションズごと、まとめて空間転移装置で姿を消した。残されたのは私とみたらしとしらたま、それからレッドだけ。
そのレッドは、どうやら気力だけでその場に立っていたらしい。カッと閃光が走るとともに彼の姿は朱堂さんのそれになって、そのままばったりとその場に倒れてしまう。
「朱堂さん!」
キャリーを抱えて駆け寄り、彼のすぐそばに膝をつく。私のせいでこんなにもボロボロになってしまったのだと思うと、申し訳なくて仕方ない。
「朱堂さん、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「やな、ぎ、さん」
「は、はい! 大丈夫です、すぐ救急車呼びますから! って、ああああ私スマホない! すみませんスマホお借りしていいですか⁉」
「やなぎさん」
「はい!」
「あなたが、ぶじで、よかった」
「――――――――――っ!」
なに、それ。なんなのだ、それは。なんでそんな風に、安心したみたいに、嬉しそうに笑うのだろう。
これが正義の味方か。これが、ジャスティスオーダーズのレッドか。
言いたいことだけ言って、そのまま意識を失ってしまった、こんなにも酷い男が正義の味方だなんて世も末だ。ぽいずんぽいずん。
いやそんなことを言っている場合ではない。とにかく、一刻も早く。
「救急車……!」
「その必要はございません」
「え?」
降ってわいたような声に顔を上げる。そしてそのままヒッと反射的に息を呑んだ。周囲がいつのまにか黒服の集団に囲まれてたらそりゃ誰だって息を呑むだろう。悲鳴を上げなかっただけ褒めてもらいたいところである。
言葉を失う私をよそに、黒服達は、どこから持ってきたのか知れない担架を持ち出し、てきぱきと意識のない朱堂さんを乗せ、そのままいつの間にか停車していた立派なトレーラーに運び込んでいく。あまりにもてきぱきとしすぎていて口を挟めなかった。
もしかして私は誘拐現場を目の前で見せ付けられたのでは? と固まっていると、残っていた黒服の一人が、地面に膝をついたままの私の前にしゃがみこんできた。
「我々はジャスティスオーダーズ公的支援秘密組織、ジャスティスメイカー」
「は、はあ……」
そんなのあったの? と聞ける雰囲気ではない。とりあえず頷くと、黒服もまた頷きを返してくる。
「レッドの正体を、知ってしまいましたね?」
「え、あ、は、はい……」
すごく「いえ存じ上げません」と言いたいところなのだけれど、言えない雰囲気がすごかった。私はノーと言えない日本人です。
ぎゅううううとキャリーを抱き締めて警戒をあらわにする私に対し、黒服は無表情のまま続けた。
「仕方ありません。レディ、あなたにも、ジャスティスオーダーズに加入していただきます」
「…………………………はい?」
どうやら柳みどり子の長い夜は、まだまだ終わらないらしい。
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