第4章⑦
「ギャハハハハハハッ! 今日も稼いだなぁ!」
この夜の公園に満ちていた静寂をぶち破る、お世辞にも上品とは言えない笑い声が響き渡る。朱堂さんと一緒になって条件反射でそちらを見遣った私は、マヌケにもあんぐり口を開けた。
「な、なにあれ……?」
ド派手で悪趣味な全身スーツに、これまた下品にきんぴかなハーフマスクの、こんな夜なのに目立ちすぎるギラギラな男達、ええと三人? を先頭に、どっかで見たような、でもそのどっかで見たやつよりももっとずっとチープな全身タイツフルマスクの年齢性別不詳の面々……それもまあまあそれなり以上の人数が、げらげらと笑いながら後に続いている。
えっ見ちゃいけないやつじゃないのあれ。昼間じゃなくても世の中の一般的なお母様に「シッ! 見ちゃいけません‼」ってされるやつじゃん。めちゃくちゃ目を合わせちゃいけないやつじゃん。
えっやば……。こわ……。カオジュラに所属してる私に言われるとか相当だぞ……?
「カオティックジュエラーか……!」
「えっ」
隣の朱堂さんが低く唸った。めちゃくちゃ確信がこもった言い回しに素直に驚く。
えっあれがカオジュラ? あれもカオジュラ?
待って待って待って、もしかしてもしかしなくても、昨今の世間を騒がせているカオジュラのパチモン、もといイミテーションズってあいつらなの⁉ あのクオリティでカオジュラだと思われてんの⁉ うそでしょ冗談でしょ⁉⁉
確かに私も映像ではイミテーションズのこと確認してて、「まあまあそれっぽいかなぁ」とは思ったものだ。しかし現物見るとそのパチモンぶりがものすごいのに、それでも世間様はあれもカオジュラ認識してるってこと……⁉
先ほどとは違った意味で呆然とする私と、イミテーションズをきつく睨み付ける朱堂さんに、イミテーションズは気付いていないらしい。
公園の中心の噴水でたむろし始めた彼らは、やはり大声で騒ぎ立てながら、おそらく本日の戦利品であるらしい荷物をその場に下ろし始めた。
「やっぱ金だな〰〰! 貴金属もいいけど現ナマが一番ってもんよ」
「見ろよこの酒! 二十年物だ!」
「高く売れそうだなぁ! 味見しようぜ」
「ざけんな、売るって言ってんだろ。それに売るなら、今日はすげーもんがゲットできただろ?」
「ああそうだったな! オスの三毛猫とオッドアイの白猫、しかもどっちも子猫ときたもんだ! 好事家に高く売れるなぁ、ツイてるぜ」
…………オイコラ、いまなんつった?
そう、いま。今、決して聞き捨てならない台詞を、聞いた、よう、な。
ざあっと全身から血の気が引いて、足元から冷え冷えとした何かが這い上がってくる。
私の様子が変わったことに朱堂さんが気付いたのが気配で解った。そして彼もまた、私が聞き逃がさなかったイミテーションズのその台詞の意味にも、遅れて気付いたらしい。「まさか」と彼がますます凛々しい顔を険しくするのを後目に、気付けば私は、イミテーションズの前に飛び出していた。
「ちょっと!」
「あ、柳さん⁉」
慌てて私を止めようとした朱堂さんを無視して、イミテーションズに向かって怒鳴りつける。既に酒が入っているらしい彼らは、離れていても鼻に付く酒臭さを立ち昇らせながら、「ああん?」と私を睨み付けた。
「なんだぁ、姉ちゃん。俺達カオティックジュエラーに立てつこうとしてんのか?」
「ぎゃはははっ! すげー! ジャスティスオーダーズ目指してますってか⁉」
「いい度胸だなぁ!」
ドッと盛大に笑い出されても、どれだけ馬鹿にされているのだとしても、この心に何一つ響かないのが、自分でも意外だった。
「……かえして」
「あん?」
「返してよ! あんた達が盗んだ、私の家族を!」
「はあああ?」
私の悲鳴のような怒鳴り声を、さもうるさそうに顔を見合わせながら聞いたイミテーションズの幹部役の一人は、やがて「もしかして」と、ストーンズのパチモンが抱えていたペット用のキャリーケースを持ち上げた。
ベージュ色のそれは、間違いなく、私がみたらしとしらたまのためにホームセンターで購入したものだ。その中にいるのは、もちろん。
「みたらし! しらたま!」
――なぁん!
――ふなぁん!
元気のいい、愛らしくかわいらしい、そして何よりも必死さが伝わってくる、いとしいお返事が返ってくる。
ああ、ああ、みたらし、しらたま。そんなところにいたんだね。こんな奴らにさらわれてたんだね。
安堵半分、悔しさ半分で、また涙が込み上げてくるけれど、今こそ泣いている場合なんかじゃない。あの子達を、取り戻さなきゃ。
「手荒なことはしたくないの。その子達を返して」
シャツの下に隠すようにして首からかけている、エメラルドのペンダントの存在を感じながら、イミテーションズを睨み付ける。
ここで私がレディ・エスメラルダに変身したら、こんな奴らなんて敵じゃない。ジャスオダ相手ならともかく、ただカオジュラに変装しただけのパチモンの一般ピーポーにまで負けるほど、私は弱くはないつもりだ。
だからこその忠告であり警告だった。けれど事情を知らないイミテーションズには、それは私の虚勢にしか見えなかったらしい。ぎゃは、と彼らはいやらしく笑い合う。
「手荒なコト、ねぇ。ふーん、だってよ、みんな?」
「俺達カオティックジュエラーに向かって、随分お優しいもんだなぁ?」
「手荒な真似したくないってんなら、そーだな、姉ちゃん、ここでストリップでもしてみろよ!」
「そりゃいいな! 俺達を盛り上げてくれたら、アンタの大事な子猫ちゃん達を返してやってもいいぜ?」
……へえええええええ。ふうううううううん。ほおおおおおおおお。
なるほどなるほど、そういうことを言うの。言っちゃうの。
なるほどどうしていい度胸である。オーケー、了解した。少しでも仏心を出した私が馬鹿だった。そもそもみたらしとしらたまに手を出した時点で、こいつらに人権はない。後でしろくんに始末書を提出しなくちゃいけなくなるだろうけどそれくらい安いものだ。
――――絶対に、潰す。
そう固く誓って胸元のペンダントにそっと手を寄せようとした、その時。その手を、がしりと捕まれる。
え、と思う間もなく、私は彼――――そう、すっかりその存在を忘れていた、朱堂さんの背に庇われるように移動させられた。
「す、朱堂さん?」
「あなたがそんな真似をする必要はない」
「え」
「ここは俺に任せて」
「え?」
そんな力強く言われましても。アッ待ってもしかしてもしかしなくても、私が自分の胸元に手を伸ばしたの、ストリップを始めようとしたからだと思われてる?
いや違う違う違う、何が悲しくて柳みどり子名義でも痴女行為を始めなくてはならないのか。そうじゃなくて私は……! と、説明しようにも説明できるわけがなく、言葉を探しているうちに、朱堂さんはポケットから例の真っ赤なスマホを取り出した。
そして。
「――――オーダー! ジャスティス・レッド!」
その見事な宣言とともに、カッ! と鮮やかな閃光が真っ赤なスマホからほとばしり、朱堂さんを包み込む。
それは、あっという間の出来事だった。
ほんのわずかな、それこそ瞬きにすら満ちないうちに、そこに現れたのは。
「ジャ、ジャスティスオーダーズのレッド⁉」
イミテーションズの一人が悲鳴を上げた。
そう。そこに立っていたのは、朱堂さんではない。目が痛くなるような真っ赤な原色のパワースーツに身を包んだ、正義の味方、ジャスティスオーダーズのリーダー、レッド。
「す、どうさ……?」
「すまない、柳さん。ここで俺が黙っていては、俺はジャスティスオーダーズではいられなくなる」
きっと今の朱堂さんは、そのフルマスクの向こうで、困ったように眉尻を下げて笑っているのだろう。そして彼は。朱堂さんは……いいや、レッドは、焦りながら逃げようとし始めたイミテーションズの元へと駆けた。
「覚悟しろ、カオティックジュエラー!」
その言葉の通りに、レッドは一対多数であるにも関わらず、圧倒的な強さでイミテーションズを叩きのめしていく。見ていて気持ちよくなるくらいに圧倒的だ。
わ〰〰〰〰すご〰〰〰〰い。いつも私……本物のカオジュラ相手の時よりももっとずっと動きのキレがいい。
あれ? もしかして私、手加減されてた? それはありがたいけど、若干腹立たしいものもあるな。
そう、完全に観戦モードになっていたのが、いけなかった。
油断していたのだ、私は。
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