第3章④
「カオティックジュエラーだ!」
「きゃああああああっ! ジャスティスオーダーズ! 早く来てえええええっ!」
あ、ウチの仕事が始まったのか。いつもなら私が出るところだけれど、今日は私は休暇中だから、ドクター・ベルンシュタインが出張ってきているはずだ。
わー、一般人としてこういう場に遭遇するのは初めてだなぁ、なんて考えていたら、「柳さん!」と凛と澄んだ声で呼ばれ、反射的に姿勢を正す。
そちらを見上げると、イケメン面を厳しく、そしてより凛々しくさせた朱堂さんが、私を庇うようにこちらに背を向けて、大通りの方を睨み付けていた。
「柳さん、子猫達のことを頼む。俺は急用ができたから、あなた達だけを守ることはできないが……」
「あ、お構いなく。適当に逃げます」
「ありがとう。……あなたとは、また会いたい、な」
「へ」
なんだか不穏なことを言い残し、朱堂さんは大通りに向かって走っていった。いやそっちカオジュラがいるんですけどいいんですかね。もしかしたら朱堂さんが守りたい誰かがそっちにいるということかもしれない。そう、それこそ、例の女性とか。
「う~ん、一応私も行こうかな……」
悲しきかな社畜根性。今日は休暇だけれども、流石に十二歳の少年にすべて任せてのんびり休暇を謳歌するのは気がとがめるものがある。
ねえ? と抱き上げた子猫達に首を傾げてやると、抵抗なんて最初から知らないようにすっかり私の腕にやわらかい身体を預けてくれている二匹は、なぁ、なぁ、とそれぞれお返事してくれた。うん、そうだよね。
――と、いうわけで、レディ・エスメラルダ! メタモルフォーゼ!
普段から持ち歩いている、カオティックエナジー収集アイテムにして、変身アイテムでもある、大きなエメラルドのペンダントを輝かせる。
ものの数秒で私のスーツはレディ・エスメラルダ仕様のアホなセクシー衣装に早変わりした。なんでだろう、やってることは女の子の夢の魔法少女と同じはずなのに、出てくるのはビジネスセクシーなの、本当に頭おかしいと思う。もうそろそろいい加減制服の新しいデザインお願いしてもいい頃なのではないだろうか。
とりあえず三毛猫と白猫を両方とも、そっと腰のアイテムバッグに収める。大人しい子達でよかった。いくらバッグが亜空間に繋がっていて自由にすごせるのだとしても、こんなちいこきいのちを無理矢理移動させるのはやっぱりつらいものがあるのだから。
バッグに手を突っ込んで丁寧にそれぞれの頭を撫でさすってから、私はマントを翻して大通りへと走った。
そして。
「ドクター・ベルンシュタイン! そこまでだ!」
「フン、甘いね。その程度でこのボクが倒せるとでも? ボクはエスメラルダみたいなオバサンとは違うんだよ!」
…………やっぱり帰ろうかな‼ ちょっとドクター! 私がいないところでまで私のことオバサン呼ばわりするの本当にやめてくんないかな⁉
ドクター・ベルンシュタインの指揮により、私がいつも操る人数よりも大量のストーンズが縦横無尽に暴れまわり、騒ぎを聞きつけてやってきたジャスティスオーダーズ略してジャスオダを翻弄する。
ドクターのごついブレスレットの大きな琥珀には、順調にカオティックエナジーが蓄積されていっているらしく、私のエメラルドとはまた異なる怪しい光を放っている。
うん、やっぱり私必要ないなこれ。帰ろ。ホームセンターによって、子猫ちゃん達のためのあれそれを買わなきゃ……と、踵を返そうとした、その時だ。
ふと、気付いた。ストーンズと戦う、派手な原色全身パワースーツのジャスオダは四名。ピンク、ブルー、イエロー、ブラックだ。よく見たらレッドがいない。
あれ? と思ったのも束の間、あっと息を呑む。ストーンズをすさまじい勢いで操るドクターの死角に、レッドがいる。
ドクターは現場慣れしていないから、ストーンズの量で何もかも賄えると思っているけれど、ジャスオダはそれだけでは済ませてくれない相手だ。わりと卑怯な手も普通に使うんだよねあの人達。
ピンク達をおとりにして、レッドがドクターを仕留めようとする算段か。いや、流石にほっとけないでしょ⁉⁉⁉⁉⁉
「ドクター!」
「みど……エスメラルダ⁉」
やっぱりいつまで経っても慣れないクソ高ピンヒールで地面を蹴り、ドクターを抱き締めるように引き寄せて庇う。
次の瞬間、ドクターの立っていた場所に、レッドの剣がとんでもない音を立てて振り下ろされた。こ、子供相手にもマジで容赦ないなこいつ……!
「ドクター、無事? 大丈夫?」
「だ、大丈夫だっ! それより、なんでエスメラルダ、お前が……っ」
「えーと、たまたま?」
「なんだそれ⁉ いやそれより、胸、胸が当たって……!」
「あら、ごめんなさい」
慌てて私の腕から抜け出すドクターはどこからどう見ても無事である。何よりだ。
さて、ここから嫌だけど嫌だけど嫌だけど本当に嫌だけど、私もレッドの相手を……って。
「何してんのあんた⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉」
私の絶叫に、この場の混乱が停止した。ドクターの思考がストップしたことによりストーンズ達の動きも止まり、それにともなってピンク、ブルー、イエロー、ブラックも、戸惑いもあらわに自らの武器を下ろす。そしてその中心にいるのは、レッドだ。
――――あろうことか、レッドは、私に向かってその場で土下座していた。
それはもうびっくりするくらいの美しい土下座である。状況が状況でなければあれだ、「娘さんを僕にください!」と恋人のお父様にお願いする時のあれと勘違いしてしまいそうになるようなくらいに見事な土下座なのだ。
えっなに、どういうこと?
そう思ったのはもちろん私だけではない。逃げ遅れていた一般ピーポーの皆様も、最初はぽかんとしていたものの、だんだんざわつきだした。
「レッド様が土下座……?」
「しかもあれはどう見てもレディ・エスメラルダに向かってだろ」
「えっ修羅場? 修羅場ってやつ⁉」
「やはりエスメラルダ様はょぅじょじゃなくて女王様だったんだ! 解釈一致ありがとうございます‼」
随分と好き勝手なことを言ってくれるものである。
いやそんなことはいい、今はそれどころではない。とにかくレッドの土下座をなんとかしなくてはならない。ほんと何してくれてんのこいつ。
「ちょ、ちょっとレッド……?」
「すまなかった」
「え」
「俺は、あなたを想うあまり、あなたのことを思いやることを忘れていた。男として最低な真似をしてしまった。どんな償いもするから、なんでも言ってほしい」
「ええええええええええ」
土下座した状態からようやく顔を上げ、今度は地面に正座になってこちらを見上げてくるレッド。心の底からドン引きしたいところだけれど、そうするにはあまりにもレッドが真剣すぎて流石にちょっと心苦しい。
っていうか「どんな償いもする」って言った?
いやそれ正義の味方が悪の組織の女幹部に一番言っちゃだめなやつじゃない?
ここで私が「じゃあ今後こっちのすることを一切邪魔しないでね♡」とか言い出したらどうすんの……? まあ言わないけども。ウチはビジネス悪の組織で別にジャスオダを倒すために存在してるわけじゃないのであって。
それにしてもこいつ、私に最低な真似をした自覚はあったのか。そういうの全部ぶっ飛ばして暴走してるやばい奴だと思ってたわ。
ああ、うん、そう、そうですか、さようでございますか。反省してるし、謝罪もくれるわけね、ああはいはい。あ――――――――……。そう。仕方ない。
「レッド」
「ああ」
「とりあえず立ってくれる?」
「……解った」
「そのまま動くんじゃないわよ」
「ああ」
私の一言一言に神妙に頷いて従うレッドの姿を、誰もが固唾を飲んで見守っている。
よーしよしよし、それじゃあさっそく。
「反省も謝罪も猿でもできんのよこの変態‼」
びた――――――ん‼ と、大きく振りかぶった私の平手打ちが、レッドの頬を張り飛ばした。しょせん私の力じゃレッドを吹っ飛ばすどころかよろめかせることすらできなかったのがそりゃもうとてもとても悔しいけれど、まあいい。すっきりした。
「これでチャラよ」
「……これだけで、いいのか?」
「ええ。今後は今まで通りちゃんと敵対組織として……」
「ありがとう、やはり俺は、あなたが好きだ」
「は?」
「惚れ直した。いつか必ず、あなたを手に入れてみせる」
「はい?」
ど う し て そ う な る 。
あまりにもあんまりな展開にあんぐりと口を開けて硬直していると、そんな私の手を、ぐいっと隣のドクター・ベルンシュタインが引っ張ってきた。
「救えない馬鹿は放っておいて帰るよエスメラルダ。この甘ったれオバサン」
「ちょっとなんで私の方が罵られてんの……? って、あ」
それ以上言葉を連ねる前に、本日の取れ高を確認したドクターの空間転移装置によって、私は彼とアジトに帰還する運びとなったのだった。
帰還するなりドクターには「話には聞いていたけど、物好きがいたもんだね。オバサン、勘違いするなよ。あ、あんなヤツよりボク……じゃなくて、とりあえず、その、助かった。ありがと」と顔を真っ赤にされながらお礼を言われた。とりあえずそれでよしとしよう。
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