第15話食べられたいので好みを知りたい7

 千代は一人、懐刀を隠し持ちながら、屋敷の中廊下を渡る。


(銀嶺様は、どこにいらっしゃるのかしら)


 銀嶺の居場所をいつも把握している琥珀は、生活必需品を調達するために麓の町に出かけたばかりで頼れない。


 銀嶺の私室だと聞いていた場所ものぞいたが、そこにもいなかった。

 あと銀嶺がいるとすれば、離れにある別棟の蔵だ。


 千代が住まわせてもらっている部屋から、その蔵に向かう銀嶺の姿を見たことがある。


 千代は、少し迷ったが下駄をはいて、その蔵に向かうことにした。

 しかしその蔵に向かう途中、外が騒がしいことに気づいた。


 みれば、屋敷の正門から荷物が積まれた馬車やら荷車が入ってきている。


(龍神様の屋敷に、人が……。あ、あれって、花京院家の家紋……?)


 荷物を運び入れている人を見ると、みんな総じて五弁の花紋様が刺繍された黒袴を着ていた。

 五弁の花紋様は、ここ一帯の神仕族の頂点である花京院の家紋だ。千代の生家である如月家の本家でもある。


(ああ、きっと貢物を持ってきたのね)


 神に捧げる貢ぎ物を運ぶのは、花京院家の仕事の一つだ。

 黒子に徹するかのように気配を消してはいるが、誰もが凄まじい霊力を持つ術者だと聞いたことがある。


 千代が今こうやって少し遠くから見ても、隠しきれない力をひしひしと感じ取ってしまうほどだ。


 彼らの様子を脇からしばし呆然と眺めていると、その中の頭らしき男が千代に気づいた。千代を見ると、さっと顔を険しくさせる。


「君、こんなところで何をしている。ここは、荒御魂の龍神様がお住まいになられている場所だぞ」


 少し怒ったふうに言いながら、こつこつと足音を鳴らして千代の方まで来た。声が想像よりも若い。そして足が長いのか、数歩で千代のもとへとやってきた。


「えっと、私は……」

「君は、如月千代!」

「は、はい、そうです!」


 名乗ろうと思ったら、逆に言い当てられた。あと勢いがすごくて思わず肩をビクッとさせて、いい返事をしてしまった。


「何故、君が……。荒御魂の生贄花嫁として捧げられた君が、何故まだ生きているのだ?」

「す、すみません」


 当惑したように男に言われて、千代は思わず謝ってしまった。


「いや、謝ることではないが……。しかし、捧げられた生贄花嫁をすぐさま食べるあの龍神様に捧げられて、どうして……」


 それは千代にも分からない。むしろ教えてほしい。


「生贄として捧げられながら、この体たらくですみません……」

「だから謝ることではない。食べられないのなら、それに越したことはない……だが……」


 と言って渋い顔をする男を千代は見る。千代も男をまじまじと見た。


 やはり若い。千代よりも少し上ぐらいだろうか。この若さで、龍神の貢物の運び手を仕切っているということは相当なやり手か、花京院家の本家の血筋の者なのかもしれない。


「やはり龍神様に何かあったのか?」

「何かあったというのは、どういうことですか?」

「……いや、数ヶ月前から、龍神様の加護の質が少し代わられたような気がしてな。龍神様はご健在なのか?」


 加護というのは、簡単にいえば雑多な妖が人里に降りてこないようにする結界のことだ。神は、妖から人々を守るために奉られている。


「ご、ご健在だと思います」

「そうか……」


 というが、花京院の男はあまり納得していなさそうな顔をしている。

 だがふと顔をあげると優しく微笑んだ。


「しかし、千代殿が生きておられて良かった。千代殿が生贄花嫁に選ばれたと知った時は、本当に、花京院家としても寝耳に水でな……守れずにもうしわけなかった」


 本当に申し訳なさそうに言われて、千代は目を見開く。千代は神仕族の如月家の出ではあるが、花京院家が気にするほどの家格はない。それなのにまるで目をかけていたかのように言われて戸惑ってしまう。


「私の名前は、花京院忠勝。そなたのご両親が亡くなられた後、千代殿と弟の柊殿は花京院家で引き取ろうという話もあったのだ。もしそうなっていれば、そなたは私の妹になっていた」


 ハハと爽やかに笑う。


「……え? 花京院忠勝様と言いますと、次期花京院家のご当主様になられると言う?」


 花京院忠勝の名は有名だった。花京院家の有望な跡取り息子。霊術師として格が違うという噂を聞く。そして、叔父夫婦の自慢の娘、義姉の万里子の婚約者と聞いていた。


「そうだ。……そして君が今の如月家に引き取られてからは、私の許嫁は君だと聞いていた」

「え、私、ですか? 義姉の万里子ではなく?」

「やはり聞かされていないか。今の如月家当主は、本当に、ひどいな……」


 静かに怒りを滲ませて忠勝が言う。


 だが、千代は忠勝の話をそのまま受け取れない。

 そもそも、義姉の万里子との婚約ですら、正直信じていなかった。花京院家と如月家では、家格に差があり過ぎる。


 千代の表情の映った困惑を受け取ったのか、忠勝は苦笑いを浮かべた。


「最近は、神仕族の中でも霊力の強い者が生まれにくくなった。その中で、千代殿は稀にみるほどの霊力を持っていたのだ。そなたを家に引き入れたい者は多かったのだが、まさか龍神様の生贄に捧げられようとはな……」


 後半をため息交じりにそう嘆く。


「如月家の現当主は、花京院家を通さずに神仕協会に話を通し、千代殿を生贄花嫁として捧げてしまった。私は止めたかったのだが間に合わず……本当にすまない」

「あ、いえ……こちらこそ、気を回してくださっていたみたいで、ありがとうございます」

「しかし、本当に改めて不思議だ。千代殿のような霊力の高いものを側に置いて、何故あの龍神様が召し上がらないのだろうか……」


 千代にとっても本当に不思議でたまらない。


「本当に、何故なのでしょうね……」


 忠勝と千代は二人そろって首を捻る。

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