誉れじゃない

ぬヌ

第1話

―――昨日、半年付き合っていた彼と別れた。


理由は単純明快、好きじゃなくなったから。


前々から彼の嫌なところは見えていたけれど、今までずっと我慢してきた。


だって、それ以上に彼のことを愛していたから。


―――彼のことを嫌いな以上に、彼のことが好きだったから。


でもそれも、昨日でお終い。


どうやら、互いを想いあっていると信じていたのは私だけだったらしい。


彼は浮気していたのだ。


相手は、彼の勤め先の後輩の子。


とても可愛らしくて人懐っこそうで、可憐な子だった。


私とは全然違う。


―――聞いていた彼の好みと全然違う。


こんなのあんまりだと思った。


彼に愛して貰うためだけに私はダウナー装ったというのに、彼の本心はそこにはなかったというのだろうか。


これじゃあ私はただのマヌケだ。


全くの見当違いを彼に振り撒いていただけの、とんだ馬鹿じゃないか。


彼に問い詰めた。


どうして浮気していたのか、その理由を。


『……だって、仕方ないだろ。お前可愛くないし。』


あんまりだ。


そんなのあんまりだ。


あなたがそう望んだから、私はあなたの理想になったのに、それをあなた自らが放棄するなんて。


私だって、望まれればわざとらしくぶりっ子するし、アホを演じることもできるのに。


どうして私はダメなの?


私はあなたの欲する『彼女』になれるのに。


どんな私もできるのに。


どうして私のことは愛してくれないの?


『いや、そもそもさ、この際だからハッキリ言うけど、俺らが付き合ったのって久しぶりに大学のサークル飲み会で集まった時だろ?その時に罰ゲームで決まったことじゃんかよ。』


いわばお遊びみたいなものだろ?と彼は云う。


お遊び?


そんなわけない。


私は本気で彼のことを愛していた。


付き合うまでの過程がどうであれ、そこから先はちゃんと向き合うべきだ。


『……昔から顔だけはずば抜けて良かったたから、罰ゲームの告白で付き合えた時はラッキーだと思ってたけどそういうところが重いんだよ。』


彼の言動は、まるで自分の浮気を正当化させようとしているかのよう。


しかし、彼の言っていることは無茶苦茶だ。


それを正論だと捉えるのは流石に無理がある。


だからこそなのだろうか、彼は先程から私と目を合わせようとしない。


ずっと逸らされ、泳いで、宙に注がれている。


それはつまり、彼は後ろめたさを感じていることを意味していた。


己の発言、行動、私を直視することに。


彼自身が、自分のそれを無茶な理論だと理解している。


……だからこそ、タチが悪い。


いっそ、清々しい程にクズであって欲しかった。


いっそ、私なんて直ぐに棄ててくれていればよかった。


それなら、きっと私は可哀想な『ただの被害者』でいることができたのに。


『相手が悪かった』って早く忘れて、次の出会いに期待できたのに。


私は昔からこうだ。


外見は何かと褒められることが多かったから、ずっと昔から、誰かしらに言い寄られてきた。


悪い気はしなかったし、私はそのほとんどを受け入れてきたけど、結局私が真の意味で愛されたことは無かったのかもしれない。


皆、私を変な目で見る。


皆、私を神格化したがる。


―――皆、私をだと思っている。


珍しいものと付き合えて嬉しい?


話のネタになる?


私は通過点?


ただの経験値?


本命じゃない?


……それじゃあ、私の『最後の人』は、いったい誰がなってくれるの?


この中途半端に優れた容姿がそうさせているのなら、喜んでこんなものは捨てるから。


だから、お願いだから、誰か私を愛して欲しい。


皆から遠い敬愛を向けられながらも、その実、最も『愛』からかけ離れたこの私を、どうか終わらせて欲しい。


―――それが叶うなら、もう何でもいから。


「…………。」


されど、街明かりが照らすショーウィンドウに映る私には、何も変化など訪れない。


それはまるで当然のことでありながら、私に失望の念を抱かせるには充分であった。


……今年は久々のクリぼっちかぁ。


白に染まった息を吐き出して、私は再び歩き始める。


行く宛てもなく、ただ気の向くままに。


その時、ふと視界の隅に触れた、遠くで輝くイルミネーションの色を果てしなく感じていると、誰かの言葉が頭の中で蘇った。


あれはいつだったか。


ずっと昔……八年ほど前だったろうか?そうだ、付き合って三日で別れた人だ。


この年のクリスマスも私はひとり、この街を彷徨っていたことを思い出す。


当時の彼は、今思い返しても有り得ないくらい酷かったと思うが、あの言葉。


『〇〇さんがいてくれたから、今年はクリぼっち回避だよ!』


この言葉が、残念ながら私という存在を最も的確に表しているように感じてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誉れじゃない ぬヌ @bain657

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る