第13話「いざ、行動開始」

 両親を試そうとしたルシフォードとケイティベルだが、結果は大失敗。ただただ姉を傷付けるだけに終わってしまい、申し訳なさで胸がいっぱいになる。

 そんな弟妹の様子に気付いたリリアンナは、ふわりと微笑んだ。愛する二人がいてくれたらそれだけで、無限に力が湧いてくると。

「「ご馳走さま!」」

 普段よりずっと早く食べ終えると、すぐに姉の腕を両サイドからがっちりと掴む。これ以上ここにいたら何を言われるか分からないと、戸惑う彼女をぐいぐいと強引に引っ張った。

「お、お先に失礼いたします!」

 こんな時でも淑女のマナーを忘れないリリアンナは、扉が閉まるとほぼ同時に両親に向かって声を張り上げたのだった。


 やはりアーノルドとベルシアの協力は得られなかったと、双子はしょんぼりと肩を落とす。リリアンナはその様子を見つめながら「まるで白ウサギが寂しがっているみたい」と、瞳の中にきらきらの星を宿していた。

「明日はちょうど、宮殿へ呼ばれているの。それまでは使用人達に、それとなく話を聞いてまわりましょう」

 ミントグリーンのドレスは少々可愛らし過ぎて、なんだか落ち着かない。元々の顔の作りが派手なので、淡い色は似合わないと避けていた。

「ケイティベルは本当に、妖精のように可愛らしいわ。それにルシフォードも中性的でとっても素敵」

 素直になろうと決めたリリアンナの口からは、すらすらと賛辞の言葉が紡がれる。けれど頬は赤く染まり、気恥ずかしさを隠す為にいつもよりずっと瞬きの回数も多い。

「お姉様だって、私達に負けていないわ!」

「美人で可愛いなんて、無敵だよお姉様!」

「そそそ、そんなぁ……」

 ふしゅう、と音を立てて沸騰した彼女は、両頬に手を当てて体をくねらせている。いたずら心が疼いた二人はがばっとリリアンナに抱きつくと、そのふわふわのマシュマロボディを惜しげもなく押し付けた。


「こ、これ以上は正気を保てなくなりそうだわ……」

 助けを乞うように天を仰いだ姉を見て、ルシフォードケイティベルはししし、と満足げな笑みを浮かべたのだった。

 その後は三人で手を繋いで、屋敷中を回った。愛されぽっちゃり双子は、使用人や出入りする行商人達からも可愛がられており、行く先々で声を掛けられた。

 けれど真ん中にいつもはいないはずのリリアンナがいることに気付くと、誰もが口を閉ざす。普段ほとんど部屋から出ない彼女には、当然親しい友人などいない。

 嫉妬した令嬢達からは嘘の悪評を吹聴され、実の親からは冷遇され、弟妹からは怖がられる。その上本人が一切の弁明をしない為に、本当に意地悪な悪女なのだと皆が信じて疑わなかった。

「お姉様、メリッサの焼くクッキーは最高なんだ」

「庭師さんが変わって、お花がとっても綺麗に咲くようになったのよ」

 ところが今日は、ルシフォードとケイティベルがそれは楽しそうに姉に懐いているではないか。その光景を見た誰しもが目を疑い、思わず二度見三度見するのだった。

「なんだか居心地が悪いわ。それに貴方達まで変に思われないか心配だし……」

 リリアンナはそわそわと視線を彷徨わせながら、必死に平静を保とうと努める。自分だけならまだしも両脇に大切な弟妹がいるので、二人まで傷付いてしまったらどうしようと、気が気ではなかった。

「僕達なら大丈夫だから、気にしないで」

「本当はお姉様を庇いたいけど、二人で作戦を立てたからその通りにするわね」

「作戦?」

 双子は空色の瞳で互いを見つめ合うと、にいっと悪どい笑みを浮かべる。そして今以上に、ぎゅぎゅっ!とリリアンナに抱きついた。

「「お姉様、だぁい好き!!」」

 それはもう、屋敷に響き渡るような大声。可愛らしい澄んだ声が重なり合い、あちこちに跳ね返っては反響している。満足そうに頷く弟妹を見て、リリアンナは泡を吹いて倒れそうになった。なんとか足を踏ん張り、ふるふると小刻みに震える。

「こ、こんな幸せがあっていいの……?今すぐにでも空が落ちてきそうで……」

 初めて見る彼女の表情に、ルシフォードとケイティベル以外の全員が釘付けになった。精巧に作られた人形のように無表情で血の通わない性分だと思っていたのに、眼前のリリアンナはまったく違う印象だったからだ。


「なんだか、悪女みたいには見えないわね……?」

「弟妹にも冷たく当たっているという噂は本当なのか?仲が良さそうに思えるが」

 ざわざわと騒ぎ出す周囲を見て、作戦は大成功だと二人はご満悦の表情を浮かべる。本当のリリアンナは表情豊かで弟妹を溺愛する心優しい人なのだと、皆にも分かってほしかった。

 これは死亡回避とは関係のないことかもしれないけれど、自分達を守ってくれた姉が悪女だと勘違いされたままなのは、どうしても嫌なのだ。

 そうして少しずつ本当の姿を知ってもらえれば、いつか両親の誤解も解けるはず。まだ幼く純粋な双子は、そんな儚い未来を夢見ている。

「だけど、これは僕達の本心だからね?」

「そうよ!演技なんかじゃなくて、本当にお姉様が大好きなの!」

 ふっくらもちもちの頬を赤く染め、瞳をうるうるさせながら懇願する可愛い弟妹を、誰が邪険に出来ると言うのだろう。すっかり能面モードが機能しなくなったリリアンナは、堪らず二人を思い切り抱き寄せる。

「私も大好きよ、ルシフォード!ケイティベル!」

 滑らかなアッシュブラウンの髪が顔にかかって、少しくすぐったい。いつの間にか周りの目などどうでも良くなった三人は、しばらく幸せそうに身を寄せ合っていた。



♢♢♢

 本日も桃色のお揃いの衣装に身を包んだリリアンナ、ルシフォード、ケイティベルの三人。屋敷を出る前にこれでもかというほどに弟妹を褒めちぎったリリアンナは、まだまだもっと足りなかったと内心後悔しながら、豪奢に光り輝く宮殿を見上げた。

「いつ見ても凄いね……」

「お花のいい香りがするわ」

 ぽっちゃり双子はキョロキョロと視線を彷徨わせ、くんくんと鼻を引くつかせる。相変わらず見た目だけは完璧悪女なリリアンナだが、最近ではそれもすっかり崩壊し掛けている。

 今日は数ヶ月に一度義務的に呼ばれる、彼女の婚約者レオニルとの面会日。顔を合わせたところで大して会話も弾まず適当にお茶をするだけの時間なので、リリアンナはそれをいつも申し訳ないと感じていた。

 レオニルに特別な感情はないが、婚約者である以上完璧にその役をこなそうと必死に努力してきた。その結果淑女としての振る舞いは素晴らしく、先に控えている妃教育についても自信がある。けれど内向的で不器用な性格が災いして、友人はおろか世間話をする付き合いすら出来ないまま。悪女としての評判だけが広まっていき、それを否定する気概もない。

 確かに彼は自分に冷たいが、それも致し方ないことだとリリアンナは諦めている。自分だけなら、それで良かったのだ。

「安心して、きっと私が上手くやるから」

 今は愛する弟妹の命が掛かっていると、並々ならぬ気合いを胸に燃やしている。


 ルシフォードとケイティベルの記憶では、十歳の誕生日パーティーが催された夜、リリアンナはレオニルとの婚約を円満解消し、新たに外国の第二王子であるエドモンドと婚約を結び直すと宣言した。そして、ケイティベルがレオニルの新しい婚約者にすげ替えられた。

 あの時は何が何やらさっぱりだったが、今はリリアンナが外国への輿入れを泣いて嫌がった妹の為に動いたのだろうと理解出来る。問題はなぜ、レオニルがそれを了承したのかという点。今回はそれを探る為、三人はまるで物語に登場する名探偵を気取るようにびしっ!とポーズを決める。お付きの侍女だけが、意味が分からないという表情で大きく首を傾げていた。

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