第8話「やりなおし大作戦決行」

「確かなことは、私達は今死んでいないってことよ。もしもあれが未来の出来事だって言うなら、なんとしても阻止しなきゃ!」

「で、でも。子ども二人だけでそんなこと出来るかな」

「それは、確かにそうだけど……」

 まだ幼い双子に妙案が思い浮かぶはずもなく、それどころか時間が経つにつれて余計に恐怖が増してくる。あの日と同じシナリオなら、殺されてしまうまでにもう一ヶ月しかない。

「お母様達に話してみようか?」

「信じてもらえるとは思えないわ。お母様ってば、都合が悪いことがあるといつもお姉様のせいにしてばかりで……」

 その瞬間、互いにはっとして顔を見合わせる。そうだ、自分達はあの時たった二人きりではなかった。なんとあのリリアンナが、身を挺して庇ってくれたのだと。

 早鐘を打つ心臓を必死に押さえつけ、ケイティベルはさらさらとペンを走らせる。いつもよりずっと字が乱れてしまったことについては、今は気にしない。

「リリアンナお姉様なら、私達を助けてくれるかもしれないわ!」

「そうだよ、だってお姉様は命の恩人なんだから!」

 そう言って声を弾ませたルシフォードを見て、ケイティベルは首を捻る。あれは果たして、命を救ってもらったといえるのだろうかと。

「いいえ、そんなことは重要じゃない。あの時、命と引き換えに守ってくれたのは確かよ」

「でも、どうしてだろう。僕はずっと、お姉様に嫌われているとばかり思ってた」

「奇遇ね、ルーシー。私もまったく同じ意見だわ」

 両親のようにあからさまな態度は取らないにしても、姉を前にすると体がすくんでしまうのは確か。誰もが認める完璧な公爵令嬢でありながら、気に入らない者には容赦しない性悪の悪役令嬢だと周囲から距離を置かれているリリアンナ。

 当然弟妹に対しても厳格で、顔を合わせるたびに口煩い小言ばかりで口調もキツい。まだまだ大人になりきれない二人にとってリリアンナは、とにかく怖かったのだ。

 もっともそれは愛情の裏返しで、彼女はおそらく国一番の不器用な天邪鬼と言っても過言ではない。ルシフォードとケイティベルが好きで好きでたまらないのに、それを伝えることが出来ない。

 我慢が当たり前の環境で生きてきたリリアンナは、我が強そうに見えて主張が苦手。それに、自身と仲良くすると二人の評判が落ちるかもしれないと思うと、どうしても本音を伝えられなかった。

 口煩いのは、そういう性格だから。可愛さゆえについあれこれと注意してしまい、余計に怖がられているだけのこと。意地悪をしてやろうという意図などまったくない。

 これまでのことを思うと、やはり姉が自分達を庇うとは考えにくい。いきなり事情を話しても理解してもらえるとは思えないし、そこまでの勇気はまだ持てそうにない。

 二人は何枚も何枚も羊皮紙をくしゃくしゃに丸めながら、ようやくひとつの結論に辿り着く。


 ――リリアンナを、試してみよう。


 と。

 


 誰からも愛されて素直に育った双子には、本音を隠す姉の気持ちが理解出来ない。それはどちらが悪いという話ではなく、単純に育った環境の違いだ。リリアンナは両親から愛されず、常に完璧を求められる状況に置かれていた。そんな彼女に素直さを求めるのは酷であるし、二人に理解しろというのも少し違う。

 要は、話し合い。恥ずかしがらず、気を揉まず、腹を割って話すより他に距離を近づける方法はない。

「よし、やるわよルーシー!」

「頑張ろう、ケイティベル!」

 シーツでぐるぐる巻きにされて殺されるなんて、まっぴらごめん。最悪の未来回避の為に、仲良しぽっちゃり双子は行動を開始するのだった。


 今日のリリアンナは、ブラックドレスを身に纏っていた。それは、以前「母が呼んでいる」とわざわざ自分達に知らせに来てくれた時と同じ服装だと気付いた二人は、その日と同じように敷地内の丘まで行くことにした。

「お姉様も一緒に行こう」

「い、いいえ私は……」

「いいから、ほら!」

 案の定乗り気ではない姉を、それぞれ両脇からぴったり包囲する。普段なら怖くてとても出来ない行動だけれど、ルシフォードとケイティベルの心の中には、以前とは違う感情が生まれていた。


――リリアンナは、危険を顧みず助けてくれた。


 と。


 敷地内のはずれにある、見晴らしのいい小高い丘。すぐ側には湖もあり、二人はここでしょっちゅう遊んでいる。けれど、そこにリリアンナも混ざったことはただの一度もなかった。

「私、やっぱり屋敷に帰るわ。ピアノや刺繍の練習も怠るわけにはいかないし……」

「心配しなくても、お姉様は完璧よ!少しくらい遊んでも、いきなり下手になったりしないわ」

「そうだよ。たまには僕達と一緒に遊ぼうよ!」

 特にルシフォードは、気まずさが隠しきれていない。これまで怖い、苦手、嫌われている、などのネガティブな感情しかなかったのだから、いくら姉といえども急に距離は縮まらない。

 それでも、シーツぐるぐる巻きの刑回避の為には、なんだって試してみるしかないのだと、二人は気合を漲らせていた。

 弟妹の気迫に押されたリリアンナは、しぶしぶといった様子で側にしゃがみ込む。内心は心臓バクバクで、こんなに幸せな奇跡が起こるなんて私は明日死ぬのかしらと、ロイヤルブルーの瞳を血走らせていた。

「はい、ベル。これあげる」

「まぁ、綺麗。ありがとうルーシー」

 あの日の再現をする為、二人はわざと同じ行動を取ることに決めた。ルシフォードは目に付いた中で一番萎れているように見える花を摘み、ケイティベルの耳元に挿してやる。

「どう?お姉様。私に似合ってる?」

 にこっと笑いながら、彼女は姉に向かって小首を傾げる。右側の頬がぴくぴくと引き攣っているのは、ご愛嬌ということで。

 リリアンナはぱちぱちと忙しなく瞬きを繰り返しながら、頭を振る。

「いいえ、それは貴女には相応しくないわ」

 以前とまったく同じ台詞に、双子のふっくらとした体に力が込もる。やはりこの人は、意地悪な悪役令嬢なのではないかと。表情も険しく、ちっとも楽しそうに見えない。

 本来ならば、少し臆病なルシフォードを引っ張るのはケイティベルの役目。けれど彼女は、傷ついたようにしゅんと俯いている。それに気付いた弟は、覚悟を決めてぎゅっと拳を握り締めた。


「リ、リリアンナお姉様!」

 はっきりとした力強い口調で名前を呼ばれ、リリアンナの心の頬がぽっと染まる。

「どうして、そんな酷いことを言うの?ケイティベルには似合わないって意味?それとも、萎れたお花を選んだ僕を責めているの?」

 争いごとが苦手なルシフォードにとっては、一世一代の行動と言っても過言ではない。威嚇するようにきっ!と眉を吊り上げてみせても、丸くてふわふわの頬がそれを台無しにしている。

 詰め寄られたリリアンナは「まさかそんなはずない!」と叫びそうになった。が、自身の愛想のなさと感情表現の乏しさは理解している。いつもこんな風に誤解させてしまっているのだと思うと、酷く胸が痛んだ。

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