第4話「姉は悪役に徹する」
「ケイティベル。一つ確認させてちょうだい」
リリアンナは膝を折り、まだまだ小さな妹と視線を合わせる。十歳の令嬢にしては随分と幼いようにも感じるが、愛されているが故の素直さだと彼女は思っていた。
「な、なに?お姉様」
ここまで距離が近付いたのは初めてで、ケイティベルはあからさまに顔を強張らせている。双子にとって姉は、悪役令嬢と呼ばれる意地悪で冷酷な畏怖の対象でしかない。母ベルシアもことあるごとにリリアンナを批判していた為に、それが事実であると信じて疑わない。だって、見た目も態度も凄く怖いし全然優しくないし、と。
「貴女は本当に、エドモンド殿下との結婚を望まないのね?」
「えっ?どうしてそれを……?」
「お願いだから、貴女の素直な気持ちを教えてちょうだい」
深いロイヤルブルーの瞳の奥には、どんな考えが潜んでいるのかケイティベルには分からない。姉から嫌われていると思い込んでいる彼女は、果たして本当のことを打ち明けても良いのだろうかと、困ってしまった。助けを求めるようにルシフォードを見ても、彼も同じような反応をしていて頼りにならない。
「う、うん。私、外国には行きたくない。もし好きな人と結婚出来なくても、この国を出るなんて絶対に嫌なの」
「……そう。よく分かった」
勇気を出して本音を話したが、てっきり馬鹿にされるか叱責されるかのどちからかだろうと目を瞑って身構えていたケイティベルは、思ったよりずっと穏やかな声色が降ってきたことに驚き、顔を上げる。
「誕生日おめでとう、ケイティベル。ルシフォード。多幸の一年となることを祈っているわ」
リリアンナはそれだけ口にすると、音も立てずに立ち上がる。姉の不可解な行動に、双子は顔を見合わせた。
「お、お姉様……?どうしてそんなことを聞いたの?」
「もしかして、誰かに告げ口する気?ベルを傷付けたら、僕が許さないから!」
空色の瞳を揺らすケイティベルと、そんな彼女を庇うように前に出るルシフォード。いつも仲が良く一心同体の二人を、リリアンナはいつも羨ましく思っていた。
――お姉様、大好き!
そんな風に抱き締めてもらえる未来を、何度夢見たか分からない。けれどリリアンナが素直な気持ちを伝えるには、生まれた環境が悪過ぎた。誰にも祝福されず、認めてもらえず、悪役令嬢のレッテルを貼られて周囲から敬遠された。
どうして誰も本当の自分を理解してくれないのかと他者を責めたこともあったけれど、弟妹を見ていればその理由がよく分かる。いつも笑顔で明るくて、素直で可愛らしい。皆から愛される、リリアンナとは真逆の存在。結局は、すべて自分自身のせいなのだと。
「どう思おうと自由だけれど、これだけは言えるわ。貴方達に一切の非はないと」
ベルベットのドレスを優雅に翻し、リリアンナは去っていく。彼女の言動が何ひとつ理解出来ない二人だったが、背筋の伸びた後ろ姿と真っ白なうなじが妙に印象的で、しばらく視線を逸らせずにいたのだった。
「本日この場をお借りして、リリアンナ・エトワナ公爵令嬢との婚約を正式に発表させていただきます」
ぽっちゃり双子の生誕パーティーは、例年通り盛大に執り行われた。たくさんの人から祝福され、笑顔と美味しい料理とプレゼントに囲まれて、ケイティベルもルシフォードも楽しそうにはしゃぐ。そうしてつつがなく一日が終わるはずだったのに、ある人物が高らかに宣言した一言によりその場の空気が一瞬にして凍りついた。
「お二人の晴れの日にこのような混乱を招いてしまい、心より謝罪いたします。ですが、一人でも多くの方に証人として立ち会っていただきたかったのです」
それは、ケイティベルの婚約者となるはずだったトレンヴェルド王国第二王子、エドモンド・レスティン・トレンヴェルド本人の声明。噂通りの屈強な美丈夫で、この国では珍しい銀の髪とブラックダイヤの瞳がシャンデリアの煌びやかな灯りに負けないくらいの輝きを放っていた。
そんな麗しの王子様の傍には、絶世の美女リリアンナ。普段公の場では地味な装いを選ぶことの多かった彼女だが、今日鮮やかなベルベットのドレスを選んだのはこの為だった。エドモンドに見劣りしないよう、リリアンナは妖艶な悪役令嬢を演じてみせる。内心では、愛しい弟妹に嫌われる恐怖に襲われながら。
「一体何が起こっているんだ!エドモンド殿下の婚約者は、妹のケイティベル様では⁉︎」
「そうだったのか⁉︎確かに風の噂で、生誕パーティーで重大な発表をすると聞いたが……」
ケイティベルの婚約発表はサプライズとして秘密裏に進められていたが、エトワナ公爵家と懇意にしている貴族達は遠回しに自慢されていた為、なんとなく勘づいていた。
ベルシアとアーノルドは顔面蒼白で、そわそわと落ち着かない様子で居心地が悪そうに立っている。それもそのはず、彼らもパーティー序盤ではこの件についてまったく知らず、つい先ほど知らされたばかりなのだから。
参列者の騒めきの声は止まらず、さまざまな憶測が飛び交う。エドモンド殿下とケイティベルの婚約内定を知らない者たちも、リリアンナが既にこの国の第二王子と婚約をしていることは当然ながら知っている。
現在第一王子の妃が出産を控えており、それが無事済んだ後に二人の結婚式が催される予定であったのに、まさかこのような事態がおこるなんて。
悪役令嬢と呼ばれる彼女が今度は一体何をしでかしたのかと、興味津々で目を輝かせていた。
「ねぇ、ベル!何がどうなってるの!」
「私にもさっぱりよ!だって今日、パーティーの終わりに婚約発表するってお母様は言ってたもの!」
「でも、婚約者はお姉様だって言ってるよ!?」
本日の主役であるルシフォードは、口いっぱいにクッキーを頬張りながら渦中の人々を指差す。口元にケーキのクリームをちょんとつけたケイティベルも、目を白黒させながら目の前を見つめた。
「というか、あの方がエドモンド王子なのね」
「えっ、最初に挨拶してくれたじゃないか!誕生日おめでとうって」
「あんまり顔を見ないようにしてたの。いくらなんでも、本人の前で泣いちゃだめだから」
ケイティベルの好みは、弟のルシフォードみたいに優しくて穏やかな男性。どう見てもそこから外れているエドモンドは、ぽっちゃりした自分とは不釣り合い過ぎると彼女は思う。今隣に並んでいる姉の方が、よっぽど華やかでお似合いだと。
「私からも説明させていただこう」
「あ、あれはレオニル殿下……!」
なんとそこへ、リリアンナの現婚約者であるレオニル・ダ・ウェントワース第二王子殿下が現れたものだから、会場内はさらに混乱を極めた。麗人だが表情が乏しく、リリアンナとは完全なる政略結婚。度々エトワナの屋敷へ訪れることはあっても、婚約者同士が歓談している姿など誰も見たことがない。
ケイティベルとルシフォードももちろん面識はあるが、何を考えているのか分からない怖い人というイメージしかなかった。
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