第2話 ツンが過ぎる悪役令嬢

「うわぁ、リリアンナお姉様だ!」

 素直なルシフォードは、素直に反応する。ケイティベルも弟と同じように、手に持っていた花冠をぽとりと落とした。

「どうしてお姉様が、わざわざ私達を呼びに来るの?」

「そうだよ!ここはお姉様の部屋から遠いのに」

 見たところ、リリアンナが乗ってきたと思しき馬車は見当たらない。まさかドレスにヒール姿で歩いてやって来たのかと、双子は顔を見合わせる。

 二人の反応を見ても、リリアンナの顔色は寸分も変わらない。どうせいい顔をされないという予想はついていたが、それでも内心は怯えたような視線がグサグサと彼女の心を貫いていた。

「仕方ないわ。たまたま手の空いている者がいなかったから。私は常に忙しい身だけれど、本当に偶然時間が空いていたの」

 彼女が瞬きを繰り返すのは、嘘を吐く時の癖。長く密度の高い睫毛がばさばさと上下に動くだけで、どうしてだか威圧的に見えてしまう。特に、まだ十にもならない子どもにとっては。

「じゃあ、馬車を使っていないのはどうして?」

「それも、偶然よ。近くにいたから、乗る必要がなかっただけ」

 本当はただ、早く二人の顔が見たくて思わず駆け出しただけの話。道すがら「馬車を使った方が早く会えた」と気付いても、引き返すことも躊躇われたので、結局そのまま全力疾走した。


 ――だって、何か口実でもなければ話す機会なんてないんだもの。


 リリアンナは心の中で真実を吐露するが、それは誰にも伝わらない。

「でも、お母様はお屋敷の中にいるよね?偶然声を掛けられたなら、お姉様もそこにいたんじゃないの?」

「確かに、ルーシーの言う通りだわ」

 意外と鋭い推理に、内心冷や汗を掻くリリアンナ。これ以上上手い言い訳が思いつかなかったので、適当に咳払いをしてその場を誤魔化すことにした。

「どこにいようが、私は用を済ませたわ。それが事実なのだから、余計な詮索はやめてちょうだい」

 口にした後、すぐに後悔する。図星を突かれて焦ったからと、冷たい言い草をしてしまったと。案の定二人はびくりと肩を震わせ、口をつぐんで俯く。

 リリアンナの声は女性にしてはハスキーで、それも彼女がキツく感じる一因となっている。身長も高く、手足もすらりと長い。常にまっすぐ伸びた背筋とやや痩せ気味の体は、こと貴族男性からはマイナス要素として捉えられていた。彼女の隣に立つと、大抵の男は引き立て役になってしまうから。

「やっぱり、お姉様って怖いや」

「ルーシー、口に出ちゃってるわよ!」

「えっ、嘘!心の中で言ったつもりだったのに!」

 慌てて口元を押さえる様子が可愛らしく、つい笑いそうになったリリアンナは必死に堪えようと頬に力を入れる。その表情が、ルシフォードにとっては怒っているようにしか見えなかった。

「ごめんなさい、お姉様。ルーシーを怒らないであげて」

「別に謝る必要はないでしょう」

 大きな空色の瞳いっぱいに涙を溜めて、うるうると自分を見つめる妹の可愛さに、リリアンナは内心悶絶している。なんとか気分を紛らわそうと、彼女はケイティベルの耳元に挿されている花に目を止めた。

「それ、萎れているわね。別の花に変えたら?」

「えっ?でもこれは……」

「貴女には相応しくないように見えるわ」

 抑揚のない声色で放ったその台詞の真意は「可愛い貴女にはもっと美しい花が似合う」というものだったが、幼い二人がそれを汲み取れるはずがない。一番目立つ花を自らの手で彼女にプレゼントしたくて堪らなかった。

 ルシフォードはそんなリリアンナの言葉に傷付き、ぎゅっと唇を噛み締める。萎れていると分かっていてあの花を選んだのは、元気がなくて可哀想だと思ったから。

 彼は彼なりに、ちゃんとした想いがあってのことだったのだが、今しがた姿を現したばかりのリリアンナがそれを知るはずもない。

 今にも泣き出しそうなルシフォードに気付いた彼女は、長い睫毛をばさばさと上下させながら大いに動揺した。


「これはルーシーが私にくれたの、だからそんな言い方しないで!」

 ふくふくした短い両手をいっぱいに伸ばして、大好きな弟を庇うように抱き締める。リリアンナを睨みつける瞳に傷付いたのは事実だが、それよりも「私も抱き締められたい」と羨む気持ちの方が遥かに勝っていた。

「そう、分かったわ」

「お、怒ってる……?」

「いいえ」

 可愛い弟妹に怒りが湧くはずない。けれど不器用で恥ずかしがり屋で、意外と卑屈で臆病なリリアンナは、いつも素直な思いを伝えられずにいる。自分が両親から好かれていないと知っているから、仲良くすることで愛する二人に迷惑が掛かるのではないかと、そんな風に考えていたのだ。

「先に戻っているわ」

 ブラックドレスの裾をひらりと翻しながら、リリアンナは視線だけを向ける。ルシフォードとケイティベルは顔を見合わせながら、あからさまにほっとした表情を浮かべた。

 彼女が足を踏み出した拍子に、ケイティベルが落としていた花冠を誤って踏んでしまった。それはぐしゃりと崩れて、もう頭に被せることは出来ない。

「ごめんさい、ケイティベル。わざとではないの」

「そんなの分からないじゃない、お姉様のいじわる!」

 彼女が編んだそれは、お世辞にも出来がいいとは言えなかった。先ほど萎れた花に言及したリリアベルは、きっと不出来な花冠が気に入らなかったのだと、そんなふうに思ってしまったのだ。

「待って、ベル!」

 ルシフォードは、大粒の涙を流しながら駆け出す双子の姉を見て、すぐにその背中を追う。自身が泣きそうだったことなどすっかり頭から抜け落ちていた。

「……私が来ない方が、あの二人を傷付けずに済んだわね」

 ひとりぼっちになったリリアベルの嘆きは、涼やかな時津風に流されて消える。どうしていつもこうなのだろうと、情けなくて泣きたくなった。




 リリアンナと双子の母であるベルシアは、それは美しい女性だった。しかし根っからの貴族令嬢でプライドが高く、他者から非難されるのが大嫌い。リリアンナを産んだ時女児であることを夫に責められた瞬間、もうその子を可愛いと思えなくなってしまった。その後双子を出産するまでの八年間も決して順風満帆とはいかず、夫が妾を作るたびに虐めたおして追い出した。

 やっと授かった第二子が男女の双子という事実は彼女を助け、同時に自尊心も満たしてくれた。ふくふくとした白い肌と、ころころと変わる表情。甘やかな香りを漂わせながら、母親を求めて可愛らしい声で泣く。

 ベルシアの中にはもともと自分の手で子育てをするという選択肢がない為、もちろん双子の世話も乳母の役目。それでも顔を合わせている間はめいいっぱい愛の言葉を伝え、たくさんのプレゼントも贈った。

 二人は両親を心から愛しているが、もしも乳母が人格者ではなかったならもっと横暴で意地悪に育っていたかもしれない。リリアンナは双子と違い、周囲に恵まれなかったのだ。

「お母様のお話って、私の婚約者のことだったのね」

「僕たちの誕生日パーティーで、皆にも発表するって言ってたね」

 屋敷に戻った二人は、母ベルシアと共にパーラーでお茶とお菓子を楽しみながら、間近に迫った十歳の誕生日についての話を聞かされた。そして、ケイティベルの婚約相手がようやく決まったということも。

 なかなかベルシアのお眼鏡に叶う相手が見つからなかったのだが、国王から推薦された他国の第二王子を可愛い娘の婚約相手に決めた。

 名前はエドモンド・レスティン・トレンヴェルド。ケイティベルの五つ上で、剣の才能に恵まれた豪傑な美丈夫。英明果敢な兄の補佐役として、将来を有望視される素敵な青年だった。

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