【悲報】美少女たちが私の偽装彼女になりたくて修羅場
海野アロイ
第1章 偽装彼女が増殖しました
第1話 成人の儀で彼女を作れって!? やだなぁ、今はとっくに令和だよ?
「ねね子さん、あなたに話があります」
「は、はひぃいい」
私こと、
ここは私のおばあちゃんのクソでか屋敷。
東京港区麻布の某所にあるその屋敷の何十畳もある和室で私は震えていた。
私の祖母はとにかく圧がすごいのだ。
もともとは美人さんだったんだとは思うのだが、その瞳は鷹のように鋭く、その声は威厳に満ちていた。
彼女はきっと、怒っていた。
私が何かをしでかしたからだ。
うぅうう、心当たりがありすぎる。
「あなた、先月の出前代が50万超えてるのはどういうことですか? なんで一日に四回も出前をとってるのかしら」
おばあちゃんはそういうとタブレットを私に見せつける。
そこには私の日々の糧を運んでくれる、親切なサービスの名前が並んでいた。
ウーバーイーツ、出前館などなどズラリである。
「い、いやぁ、そのぉ、学校が想像以上に忙しくて、なかなか自宅で料理ができなくてですねぇ。多めに作っても余ったらもったいないし、いや、そもそも料理がちょっと苦手だと判明したり、えへへへ」
私はできるだけオブラートに包んで事情を説明する。
なぜ、私がここまで沢山の出前を頼んでいるのか、それには理由がある。
私は高校一年生にして一人暮らしをしているのだ。
両親が仕事の都合でアメリカに引っ越してしまったのだが、この猫井澤ねね子だけは日本に残ったのである。
現在は両親の持ってた物件に住んでおり、一人暮らしの解放感もあって、ちょっとだけ堕落してしまったのである。少しだけ。
「ねね子さん、あなたは言いましたよね? 食事は一日に三食作ると」
「は、は、はいぃいい」
もはや消え入りそうな声しか出てこない。
今までの人生で初めての大ピンチだ。
おばあちゃんは昔から怖かったけど、今日ほどそれを感じたことはない。
「先日、合鍵を使って中に入ったら、服は脱ぎ散らかし、靴は脱ぎっぱなし、段ボールの山ではないですか!」
さらにずずいとタブレットを私に見せつける。
そこには私の家の有様が克明に映し出されていた。
これでは記憶違いではないですかとしらばっくれることもできないじゃないか。
うぅう、変な所でデジタル化されてるのが憎い。
もうちょっと、機械の扱いが下手くそだったらいいのに。
「あ、えーと、それは、そのぉ、高校生は新学期始まると荷物が多くてですねぇ。あはは」
苦しい言い訳しか口をついて出てこない。
別にうちの家がゴミ屋敷というわけではないのだ。
ゴミはちゃんと分別だってしている。
だけど、色んなものを買い物しているうちに、段ボールが私の家を占拠した。
それだけなのだ。
私は悪くない。
過剰に段ボールに詰め込んでくるのが悪い。
そもそも過剰包装はエコじゃないし。
いや、悪くないっすよね、アマゾンさん、いつもお世話になっております。
「ねね子さん、あなた、それでも猫井澤家の長男の娘ですか!」
「ひぃいいい、ご、ごめんなさいぃいい」
恐怖のあまり、私は現実逃避をしていたのだが、祖母の一喝に思わず体を丸めてしまう。
強いものには絶対服従してしまう、本能ってやつだ、これは。
「朝ごはんすらまともに作らず、学校に出前を取り、夕食はおろか、夜食まで食べる。デザートも二種類はおろか三種類も食べる! さらには親のカードで買い物三昧! 挙句の果てには部屋がごちゃごちゃ! 堕落するにもほどがありますよっ!」
祖母は私の罪状をつらつらと並べた。
「このままでは先が思いやられます。きっと、酒を浴びるように飲み、女を何人も侍らせ、ギャンブルにドはまりし、身を持ち崩すに決まっています」
「いや、女も酒も賭け事もやらないんですけど、未成年ですし」
「お黙りなさい」
理不尽な言いがかりにも耐え忍ぶ私。
ひぇええ、このまま私、島流しされちゃうとかですか!?
もしくは一日五千円で生活しろとかですか!?
「ねね子さん、猫井澤家の人間は戦国時代から続く由緒正しい家柄なのですよ? 幕末、戦後の激動期にはその人脈を使って時代を裏から支えてきました。かつてのリーマンショックの際には逆張り投資で大儲け……」
怯える私の間でおばあちゃんは溜息一つ。
それから何やら意味深なことを言い出した。
いや、このこと自体は子供のころから聞いている。
しかし、何ゆえそんなことをこの場で言うのだろうか。
「は、ははぁ、ご先祖様はスゴイデスネー」
首をかしげたいところであるが、私はとりあえず作り笑いで乗り切ることにした。
だって、怖いんだもの!
「つまり、猫井澤家にとって人は宝! そして、人と人とをつなぐ出会いこそ宝なのです!」
おばあちゃんは拳を握ってさらなる演説。
なんだかよくわかんないけど、気分がよくなってそうなのでここは黙っておく。
よぉし、このまま気持ちよくお説教をしてもらえれば、乗り切れるかもしれん。
だが、彼女の口から飛び出してきた言葉に私は首をかしげてしまう。
「というわけで、猫井澤家の『成人の儀』をねね子さんにも受けてもらいます」
「せ、成人の儀? なんすかそれ」
成人の儀。やけに時代がかった言葉である。時代劇か、はたまたファンタジーか。
うちの家にそんな儀式があったなんて聞いたことがない。
パパもママも普段はのんびりしてるし、「成人の儀です、キリッ」なんて冗談でもやらない。
「それは16歳の誕生日までに、あなたの恋人と一緒に何かを成し遂げること!」
「こ、恋人!?」
どこからともなく、どどん、と和太鼓の音。誰が叩いてんだ。
驚いた私は正座の姿勢のまま5センチほど宙に浮く。
もっとも、一番驚いたのはおばあちゃんの言う試練の存在についてだけど。
何かを成し遂げるってずいぶん、ふわふわしてるぞ。
「やだなぁ、おばあちゃん。今の日本では成人って18歳だよぉ? うふふ、時代は令和だよぉ? れ、い、わ! しょ、う、わ、じゃなくて!」
変な試練に取り組みたくない私はおばあちゃんに反論してみる。
そう、日本の法律では成人は18歳と決まっているのだ。
16歳ではない。
ぬははは、いかに石頭なおばあちゃんでも日本国憲法が相手ではどうしようもあるまいよ!
時代は令和!
昭和はとっくに終わったんだよ、おばあちゃん!
論破しきったと思った私は心の中でガッツポーズを決める。
ひへへへ、これでまたいつもののんべんだらり生活に舞い戻れる。
いや、少しは自制するよ、少しはね。おやつは一日千円以内に収めるさ。飲み物は別だけど。
「だまらっしゃい、この小娘が!」
「こ、こむすめっ!?」
「だれがいつ成人するかどうかは私が決めます。ちなみに私の時は14歳でした。ねね子の根性も14歳のときに叩き直せたら良かったんですが」
「いやぁ、あはははー、私は十六歳でラッキーでしたねぇ」
おばあちゃんは私の反論を一切許さず、その場で斬り捨て御免である。
突然、小娘なんて言われたらそりゃあ凍ってしまうものだ。
これが昭和に名高い「俺がルールブックだ」なのだろうか。
いくら猫井澤家を統括している会長だからって専制君主が過ぎると思う。
あぁやだやだ、これだから昭和の女は。
「それでは、ねね子さん、まずはあなたの恋人を私の前に連れてきなさい。いいですね?」
「あ、あのぉ、恋人は今のところいなくてもいいかなと思ってるんですが。それに日本国憲法には恋愛の自由って言うのがあってですね、他人から恋愛にどうこう指図されるいわれは」
「あぁ?」
「な、なんでもないですぅうう」
この人、怖い。
祖母が成人の儀を受ける方向で勝手に話を進めるのを何とか阻止しようとする私。
だが、見事に返り討ちに遭う。
「あぁ」の「あ」には濁点が入っていてドスが効いているのだ。怖すぎて漏らすかと思った。頑張れ、私の膀胱。
「猫井澤の人間なら、恋人の一人や二人、すぐに作れるはずです。ねね子は頭はアレですが、顔も体もそつなく育ちました。……いや、体はちょっと育ちすぎかもしれませんが、自信をもってやりなさい」
「自信なんてないですよぅ」
恋人を作れなどとは完全なる無茶ぶりである。
私は生まれてこの方、誰ともつき合ったことがないのだ。
そもそも、今いる高校は中高一貫の女子高である。女子しかいない。
異性との出会いなんて皆無なのだ。
そんな状況で簡単に恋人ができてたまるかっての。
私はそもそも恋愛に疎く、誰かと付き合いたいと思ったこともないし。
「あ、あのぉ、試練に失敗した時はどうなんですかね? 延長とか、もう一度チャレンジできたり? ひへへ」
内心の混乱を抑えながら、恐る恐る聞いてみる。
できれば来年、再チャレンジできたらいいかなーなんて思いながら。
「そんなの無理に決まっています。十六にもなって恋人ができない人間など猫井澤家にはふさわしくありません。あの物件から追い出し、私が直々にこの家で再教育いたします。まぁ、試練関係なしに再教育の必要はありそうですけどねぇ?」
「ひぃいいいい!?」
とんでもない返事が返ってきた。
まじかそれ。
今のぬくぬく一人暮らしが終わり、おばあちゃんとの厳しい生活が始まってしまう。
再教育とか言っても、実際はスパルタ式でびしばしやられるに違いない。
ご飯もおやつも粗食になるに違いない。
コーラもフラペチーノもカレーも飲めなくなる。
やだ、そんなの。
やだよぉおおおおお!
首都を火の海にしたガッズィーラみたいに心の中で吠え狂う私。
「やるんですか? やらないんですか? ねね子さん、今が決断の時ですよ」
祖母の瞳がギラリと光る。
恐怖で身がすくむが、ここで震えているわけにはいかない。
だって、やらなかったら即、失楽園なのである。
歴史とは常に弱者が強者に抗うことで切り開かれてきた。
つまり、私は抗議すべきなのだ。
めちゃくちゃ怖いが、私はおばあちゃんをきっと睨みつける。あ、やっぱり無理だ、怖い。
「が、頑張らせていただきますぅううう! 生活も改めますぅうう!」
真っ正面から相対するのは不可能と判断し、土下座の姿勢で、私はおばあちゃんに懇願する。
私はやればできる子なのである。
高校生になってちょっとだけ浮かれただけなのだ。
中学生までは一日のおやつ代は3千円だった、それぐらいには落とせるはず。
ひへへへ、今度こそは上手くやりますっ!
「考えてることが透けて見えるようですが、まぁいいでしょう。誕生日まで、あと二か月あります。まずは恋人を連れてくること。……ろくでもないのを連れてきたら、その時点で終了ですよ、いいかい?」
「が、頑張りましゅぅうううう」
再び、土下座する私。
私の覚悟を試すかのように、和太鼓の音がどどんと響いた。誰が叩いてんだ。
そんなこんなで私はこの場を切り抜けたのである。
心の臓が凍り付くかと思った次第である。
「さ、最悪だぞ、これ」
夕暮れの街を眺めながら、私はつぶやく。
恋人をつくって試練とやらをクリアしなきゃいけないだなんて。
詰んでるっぽくない?
いや、ネガティブになっていてもしょうがない。
まずするべきは恋人探しだ。
彼氏、彼氏、私には彼氏が必要なのであるっ!
今まで恋人なんてできたこともないし、正直、興味もないんだけど、とにかくやるしかないっ!
おばあちゃんの家からの帰りがけ、私はひょんなところにあった神社に手を合わせる。
神様、お願いしますっ!
私にさくっと恋人を授けてくださいっ!
できれば、見目麗しい感じの人物をっ!
しかし、この時の私は知らなかった。
この神頼みは全くもって違うベクトルで叶ってしまうということを。
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