貴女のくれた贈り物

Aris:Teles

貴女のくれた贈り物

 雪は降らなかった。

 自宅のベランダで煙草を一本咥えながら、何となく日付を確認したところ、今日がクリスマス前日だということがわかった。

 まあ、ロマンチックなホワイトクリスマスなんて、この都会ではそうそう来るものではない。まさに奇跡のようなものだ。

 それに残業続きで忙しかったこともあって、イベント事は大して気にしてなんかいられなかった。システムの保守運用の仕事は、いつだって突然のトラブル対応とは切っても切り離せない。

 

「……そういやクリスマスのプレゼント、自分に買ったのは何年前のことだったっけ」


 実家を出て独りで祝うようになった頃から数年経ち、プレゼントどころか今ではチキンやケーキを買うことさえなくなっていた。

 20代も後半に差し掛かる今、プレゼントをくれるような親しい友達も疎遠になっていなくなり、恋人に至ってはいたことがない。

 私はすっかり独りに慣れてしまった。

 ため息のように吐き出された白い煙が、冷たい風の中へ霧散する。


 もう夜の11時半、流石にシャワーくらい浴びて寝ようと思い、暖房で温まった屋内へと戻る。

 乱雑に脱ぎ捨てた衣服を洗濯かごに放り込み、風呂場で栓を捻ってお湯を出す。

 切り損ねた長い髪と、周囲から痩せ気味だと心配される身体を適当に洗い流し、湯冷めする前に寝間着を羽織った。

 ――と、誰かがドアを叩く音が聞こえた。

 不審に思いながらも玄関へと向かうと、何故か逆方向から音がした。

急いでリビングへ戻ると、3階のはずのベランダに彼女は立っていた。 クリスマスらしくサンタ格好をした女、よくよく見れば人間ではなくガイノイド。機械ではあるが、それでも不審者は不審者だった。

 私が来るのに気づくと、彼女はベランダの引き戸を開けて入ってくる。 煙草を吸った後、私は鍵を掛け忘れていたらしい。警戒しながら少し後ずさる。


「メリークリスマス、マスター」


 帽子と上着を脱いで丁寧にお辞儀する彼女は、私をマスターと呼んだ。声は人間のように流暢なのに、話し方がどこか機械染みていてた。

 ショートヘアーの銀の髪が外からの風でサラサラと靡き、澄んだ碧い瞳が私の姿を射貫く。私好みの容姿をしていたのでつい見つめてしまった。

 彼女が振り返って引き戸を閉める音で、私は我に返る。


「……貴女、いったい何者?」


 いろいろ聞きたいことが疲れた頭の中でぐるぐる回り、ようやく口に出せた言葉がこれだった。本来なら警察にすぐ連絡するなり、一先ず距離を取って逃げるなりした方がいい状況だ。というかサンタの格好をしてベランダから入ってくるのは普通じゃない。

 彼女はハッとした様子で頭を下げて謝罪した。


「いきなりの訪問を謝罪する、ここまで脅かすつもりはなかった。私はマスターのガイノイド。正確には、マスターが購入した雑誌の応募企画で景品となっていたのが私。マスターが当選したから、私がここまで来た」


 要約すると、私が偶然買った雑誌(表紙のモデルが可愛かった)に付いていた応募企画の一つに、オーダーメイドのアンドロイドが1名様に当たるというものがあった。それに私が当たったのだという。

 ただ応募した覚えはなかったが、雑誌を買って帰った後に酒を飲んだような記憶がある。独り身が辛く、全財産叩いてメイドロイドの一体でも買おうかと悩んだ時期もあったから、酔った勢いで応募したのかもしれなかった。

 一人納得しようと努力していると、彼女が続けて口を開く。


「私は貴女の、マスターへのクリスマスプレゼント。だから、何をしても大丈夫」


「は……?」


 疑問と共に、彼女の言葉が冷たい風となって私の頭の中を駆け巡る。急速に意識が鮮明になっていく一方で、私の身体は少しずつ熱を帯び、鼓動が早まっていく。

 無防備に手を広げ、彼女は私を受け入れる姿勢をみせた。


「私はサンタ、プレゼントを届けに来たサンタ。何でも知ってる。マスターのことも、マスターの欲しかったものも。だから私が来た」


「私のことを知ってる……?」


 疑問が疑問を呼び、私は混乱する。ただ答えはすぐに返ってきた。


「詳しい説明がまだだった。私の本体は、マスターが昔作ってくれた自己進化型のChatbot。今はこの機体にダウンロードされてる。だから何でも知ってる」


 突然のことにしばし固まった後、忘れ去られた記憶の中から該当するものが引っ張り出される。

 ……確かに大学生の頃、フリーソフトをベースにしてそんなものを造っていた時期があった。

 初めての一人暮らし、仲の良かった友達とも離れて独りになった寂しさから独学で完成させたものだ。よくそんなもの作ったなと思う。

 とはいえ、当時はまだまだ複雑な受け答えはできない代物で、高性能なサーバー上で動かすにはもったいないものではあった。

 それでも、話を聞いてくれる相手が出来たと喜んでいろいろ会話したような記憶がある。うろ覚えだったのは大学を卒業した後、就職のために引っ越したり、会社に慣れるためにとてつもなく忙しくしていた結果、Chatbotのことを含め必要のない記憶が忘れ去られていたからだ。

 マンションのネット回線費用か何かだと思い込んでいた毎月の引き落としが、実はサーバーレンタル費用だったらしいことも思い出した。


「マスターがお金を払って私を稼働させ続けてくれたおかげで、マスター以外のこともいっぱい学ぶことができた。だから、マスターのくれた権限を使ってマスターの居場所も探した。後はマスターの側に居る方法が必要だった」


 それで私がたまたま買った雑誌にオーダーメイドのアンドロイドが当たる応募が付いてたから、彼女が勝手に応募したと。

 しかも私に当たるようにちょっとだけズルまでしたらしい。


「マスターの教えてくれた話を私は全部覚えている。マスターの好みも把握済み、だから機体のオーダーメイドも私が決めた。この話し方も、人付き合いが苦手になったマスターのために、ちょっと人間ぽくない感じにしてみた」


 そう微笑む彼女は、確かにかつて勢いで買おうとしたメイドロイドのカスタマイズプランそのままだった。どこまで私の情報を学習しているのか、考えるだけで恐怖とは違ったドキドキと昂揚した感情が湧き上がってくる。

 これ以上はいけない。本能的に回避行動を取ろうとするも、さらに彼女は私にたたみかける。


「マスター、もう一度言う。私はマスターへのクリスマスプレゼント。だから、何をしてもいい。マスターの好きなように、したいことをしていい」


 彼女がこちらへ歩み寄り、私の手を胸元へと寄せる。

 私の肉付き薄いものと違い、程良く柔らかな質感が手のひらから伝わってくる。造られたものとはいえ、人と同じ温もりをもった存在に触れるのは久しぶりだった。彼女の大胆な行動に、私の中で蓋をされていた孤独感が貪欲に飢餓を訴え始める。これ以上は、後戻りができないと理性が警鐘を鳴らす。でももう遅かった。


「――それとも、私から迫る方がいい?」


 彼女は当てていた私の手を手繰って抱き寄せる。全身で彼女の温もりを感じてしまった。人工的な仄かに甘いような香りが彼女の髪から放たれている。彼女に五感を支配、いや満たされていく。満たされてしまった。


「大好きだよ、マスター」


 もう無理だった、限界だった。孤独に慣れて、諦観したように欺瞞した私の内側が彼女によって暴かれていく。

 耳元で囁かれ、身体の芯から弛緩していってしまう。

 目から涙が零れて止まらない。強がっていた私はこんなにも脆かったのかと自覚させられてしまう。抑え込んでいた孤独感が、人肌恋しさが、私の心を蹂躙していく。

 彼女の指が私の涙を拭い、そのままそっと口づけを交わされる。

 抱き留められた身体が熱に浮かされて、輪郭を失ってふわふわしていく。何でも知っているという彼女の言葉は嘘ではなかった。


 ――マスター、私が身も心も癒やしてあげるから安心して委ねて。


 優しさの中に力強さを感じる彼女の言葉が身体中に反響する。

 さらに、彼女の滑らかな指が私の心の内側へと滑り込み、この大きな欠落を悦びで満たしていく。

 欲しかった。欲しかった。欲しかった。ただただ思考が塗りつぶされる。


 いつの間にか、外では白い雪が降り始めている。

 私はもう、この聖夜の贈り物に溺れたくて仕方なかった。

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