第44話

 楽しかった時間と言うのはあっと言う間に過ぎ去ってしまい、気づいた時には飛行機を降り、解散し帰りの電車に揺られていた。

 お土産や荷物は宅配便で自宅に送ってあるので身軽な帰り道だ。帰りも兄貴が空港まで迎えに来てくれると言っていたのだが、せっかくなのでデートしながら帰るという心の提案でターミナル駅周辺をウィンドウショッピングする予定だ。


「おーい、心。大丈夫か?」


「ん? んぅ〜」


 電車で揺られてるからなのか、昨晩の女子会が盛り上がり過ぎたせいなのか、隣に座る彼女はコクコクと船を漕いでいる。


「眠いならやっぱり直帰するか?」


「ん〜? チョッキ? とぅくんはおじさんみたいな言い方するんだねぇ」


「完全に寝ぼけてるじゃんか」


「んふふふ〜、とぅくんがちかいぃぃ〜。ちゅーできちゃうきょりだぁ」


「電車の中だからやめようね?」


 これは寝ぼけていると見せかけて甘えているだけなんじゃないか?


「ほらっ、もうすぐ着くから準備準備」


 肩に乗る頭を優しくぽんぽんとするともう少しと言わんばかりに頭を差し出してくる。


「家に帰ったらいくらでもするからとりあえず降りる準備」


「は〜い」


 いくらでもという言葉を引き出せたことに満足したような表情の心。やっぱり寝ぼけてる演技をしていたようだ。


 改札を抜け人混みの中を心の手を引き歩くと、すれ違う人が振り返る。今更だが人目を引くというのはいまだに慣れない。まあ、俺の場合は『こんな美少女がどんな男と歩いてるんだ?』という好奇心から見られてるわけなんだが。


 学校でも地元でも注目を集める存在。しかも、デート中ということもあってご機嫌な表情を見せているものだがら振り返る人は見惚れたようにぽーっとしている。


「ねぇ、とぅくん。たまにはドーナツでも食べて行かない?」


 時刻は15時を少し過ぎた頃。人で溢れる金時計のそばにあるドーナツ屋に入り、高校生らしいデートの一幕。


「こんな時間にドーナツなんて食べて大丈夫か?」


「うん。晩御飯は簡単に済ませるつもりだったじゃない? だからたまにはいいかなって。学校帰りだとなかなかできないでしょ?」


 平日だとバイトや練習があったりするので他のやつらのように放課後デートってやつはあまりできない。制服デートってのをしてみたいって心も言っていたが、できても食材やらの買い出しをするくらいでデートらしいことはあまりできない。


「制服じゃないのが残念だったな」


「とぅくん、何気にわたしの制服姿も好きだよね? えっと、週末なら洗濯できるから制服ぷれ———」

「はい、これもおいしいぞ〜」


 なにやら不穏な空気を察したので砂糖のたっぷりとかかったドーナツを彼女の口に放り込む。


「ん〜! んぐっ、もぅ、お口の周りが砂糖だらけになっちゃったよぉ。とぅくん、バツとして綺麗にしてください」


 目をつぶりながらなにかを期待するかのように身を乗り出した彼女の口をペーパーナプキンで綺麗に拭き取った。


「……とぅくん?」


 ジト目を向けられるが街中でバカップルできるほどのメンタルは持ち合わせてない。


「はい、綺麗に……、んぐっ!」


「はい、あ〜ん。食べさせてくれる時は『あ〜ん』ってちゃんと言ってくれなきゃ」


 どう転んでも心にとってはプラスだったようで。


 ドーナツ屋を出て再び金時計を通り過ぎて正面のデパートに入る。

 

 デパートって地元にはないしあまり行く機会ってないのだけど、俺の偏見なのかもしれないが女性が行くところってイメージがある。

 と、言うか化粧品のイメージがでかい。入り口を入るとまずは化粧品のにおいと少し派手目は顔をした店員さんがニコニコしてない? 心も化粧はするけどスキンケアがメインでナチュラルメイクで元々の素材を活かしてる。


 まあ、女は化粧で化けるって言うし、井原なんかはガッツリやってる感はある。ひょっとしたら心だって———はないか。すっぴんだって毎日見てたや。あまり差はないとか言うと怒られそうだけど、個人的にはしなくてもいいんじゃないかって思っている。


「とぅくん? ぼーっとしてどうしたの? まさかと思うけど、化粧品売り場のお姉さんに見惚れてるわけじゃないよね?」


「まさか。心以上の人なんていないよ」


 あくまで俺基準だけどね。


「も、もう。そう言う不意打ちは卑怯だよ? ねぇ、とぅくん。早くお家に帰らない?」


 潤んだ目で見上げてくる彼女。今日の晩飯は遅い時間になりそうだ。

 

 



 

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