3-7-② 黄金のクマと勇気の部屋


「次はどの部屋にする?」


そう言ってヴァラキがキールを見る。

キールは少し考えるそぶりを見せるが、意を決したように顔を上げる。


「あそこにしよう。」


そう言ってキールが視線を向ける先には、黄色い扉がある。

“勇気”という文字の下にある、その扉に4人が近づく。


「準備はいいか?」


キールの問いかけに他の3人が頷く。

それを見たキールは、ゆっくりと扉を開けて次なる試練へ足を踏み入れるのだった。


▽ △ ▽


扉の先には先程と同様に開けた空間が出現する。

1つ違ったのは、既に相手となるモンスターが待ち構えていた事だった。


≪Gyaaaaaaaaaaaaa‼≫


空間の中央に鎮座する黄金の熊が咆哮を挙げる。

その四肢は大きく、山脈の中にいる熊とは明らかにサイズも存在感も異質だった。


「来るぞっ‼」


ヴァラキが言うよりも先に4人は四方に散らばる。

黄金の熊は岩石を自身の周囲に出現させると、それを投げつけてくる。


最初にターゲットされたのはモンタックだった。

モンタックは大盾で岩石を受け止めるが、次の瞬間には熊の一撃により盾ごと吹き飛ばされる。


「なんだありゃ」


ヴァラキがそう言って驚きの声を上げる。

黄金の熊は圧倒的な速度で接敵すると、容赦なく相手を殴りつける。


熊は岩石を投げつけることで相手を怯ませ、その隙に接敵、強襲するという攻撃を繰り返す。

攻撃方法は最初の青いフクロウに似ているが、黄金の熊は圧倒的に速く、圧倒的に重く、圧倒的に強かった。


「これはまずいな。」


キールがそう言って歯噛みする。

正直なところ、黄金の熊の圧倒的な力を前に4人は攻撃を回避するので精一杯だった。


攻撃しようにも熊の動きが速すぎて接近もままならない。

魔法攻撃も容易く躱され、たとえ接近できても軽く薙ぎ払われて殆どダメージを与えられない。


防戦一方なままジリジリと時間が過ぎ、4人の体力はどんどん奪われていく。

現状の打開策が見付けられないまま、キール達は熊の攻撃から逃げ続けるしかなかった。


「胸だ‼」


そんな時、ヴァラキが声を上げる。


「奴の胸元に黄色い魔石が見えた。あそこが弱点だ‼」


「何故弱点と言い切れるんだ?」


ヴァラキの叫びにモンタックが叫び返す。


「さっきのフクロウに止めを刺したときがそうだったんだ。槍の穂先に固い物が当たった感覚がした瞬間にフクロウが霧散したんだ。間違いない。」


ヴァラキはそう言ってキールに目を向ける。

キールは視線に答えて頷き、熊の胸元を凝視する。


そこには確かに魔石のような物が輝いていた。


「しかし、攻撃すらできないんだ。どうやってあそこに攻撃を通す?」


モンタックがそう叫ぶ。

その間にも熊は投げた岩石と共にキールの迫っている。


「相変わらず速い‼」


苦し気に呟きつつ、キールは岩石とすぐさま迫る熊の爪を躱して距離を取る。

熊は追いすがるようにキールに腕を伸ばすが、諦めて別のターゲットを探す。


次の攻撃対象はヴァラキになり、今度はヴァラキに岩石と熊が迫る。

岩石を避けたヴァラキに対して熊が腕を振り上げて殴りかかろうとする。


「今の瞬間だ‼ 攻撃の為に腕を振り上げた瞬間が、胸元がガラ空きになる隙だ‼」


「そんな隙、一瞬過ぎて危険すぎる。それに岩石を避けていたら、そんな間もないぞ‼」


キールが叫び、モンタックが叫び返す。

モンタックの叫びにキールは頷いて、それを肯定する。


「そうだ。だから、岩石を避けちゃいけないんだ。」


「そしたら岩石に吹き飛ばされて終わりだ。」


「そのうえで、一瞬の隙を突いて魔石を攻撃するしかない。」


「攻撃が失敗すれば、致命傷は確実だぞ‼」


キールの叫びに返すようにモンタックも叫ぶ。

モンタックの発言は、至極当たり前の正論だが、今の4人にはそれしか熊を倒す方法はなかった。


「ヴァラキ‼」


キールが叫んでヴァラキに視線を送る。

視線を受けてヴァラキもキールを見る。


「俺が岩石に体当たりして、方向を逸らす。君が熊の胸を突いてくれ。」


「危険すぎる‼」


キールの発言にモンタックが口を挟む。


「、、、分かった。」


「ヴァラキ‼」


モンタックが止めるようにヴァラキの名前を呼ぶが、ヴァラキはそれを無視する。

キールとヴァラキは頷き合い、2人は徐々に距離を詰める。


その時、熊がヴァラキに向かって岩石を投じる。

キールが地面を蹴ってヴァラキの方に向けて駆けだす。


岩石がみるみるうちにヴァラキに接近する。

ヴァラキは動じることなく、ただ手に持つ槍を固く握りしめている。


キールが飛び出し、岩石を逸らす為に身体ごと岩にぶつかりに行く。

刹那、2人の視線が交錯する。2人は、笑っていた。


ヴァラキは燃えていた。

自身を信頼して攻撃を任せてくれた、自分を犠牲にして機会を与えてくれたキールに、ヴァラキは感謝をしていた。だからこそ、キールを疑うことなく、迫ってくる熊の動きだけに集中する。


ヴァラキの目の前から岩が逸れていく。

そして、自身に向けて腕を振り上げる黄金の熊と対峙する。


指先が震えているのが分かる。

成功か、死か。そんな状況に身体が強張るのを感じる。


「止まらねえよ。俺はこんなんで死ぬタマじゃねえだろ‼」


それは自分自身に向けた言葉だった。

槍が突き出される。ヴァラキは自然と雄叫びを挙げていた。


槍の穂先が熊の胸に近づく。


その瞬間、ヴァラキは笑っていた。

黄金の光の粒となって霧散する輝きの中で、ヴァラキは確かに笑っていた。


▽ △ ▽


部屋に戻った4人を再び狼が迎える。

その姿は、もはや子狼ではなく、大人の狼程のサイズになっていた。


「気のせえじゃねえ。やっぱデカくなってる。」


ヴァラキがそう言って狼を撫でる。

狼は唸り声をあげるが、熊と対峙したヴァラキにとっては屁でもないようだった。


「キール、魔石だ。」


そう言ってヴァラキが黄色い魔石を投げ渡してくる。

キールはそれを受け取ると、閉じられた扉の溝に魔石を嵌めこむ。


先程と同様に黄色い魔石が輝きを放ち、反対側の壁に1編の文章を浮かび上がらせる。


「勇気の根源には利己心も自己陶酔もない。利他心と克己心の先にこそ真の勇気がある。」


4人が無言で文章を眺めていると、誰かのお腹が鳴る音が聞こえた。

キールが音のした方を見ると、エッツェルが顔を赤くしてお腹を抑えていた。


「2回も戦ったんだ。腹が減って当然だな‼」


モンタックがそう言って豪快に笑う。

ヴァラキとキールもエッツェルに微笑みかける。


「飯にしよう。数日分の食料は持ってきている。」


キールがそう言って、エッツェルの頭を撫でる。

ヴァラキも同意するように頷き、4人は食事をとることにした。


遺跡の中は暗く、外の時間がどれ位経っているのかは分からなかった。

食事を終えたエッツェルが少し眠たそうにしているのを見たキール達は、残り2つの赤と緑の扉の攻略の前に休息を取る事にしたのだった。

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