3-6 虚ろな瞳の少女


「なにが起こったんだ、、、」


そう言ってヴァラキが壁があったはずの場所を見つめる。

壁は扉のように開かれ、中心にあった紅い玉石はひび割れて真っ二つになっていた。


「行こう。」


キールがそう言って前に進む。

ヴァラキとモンタックもキールに続き、3人が遺跡最深部のさらに奥へと歩き出す。


暗い通路をしばらく進むと、正面に部屋のような物が見えてくる。

近付いていくと、徐々に薄暗い部屋の中が見えてくる。


「あれは、、、」


キールが小さく呟き立ち止まる。

そこには、目を閉じ直立する1人の少女の姿があった。


すぐにヴァラキとモンタックも少女の存在に気が付く。

3人は恐る恐る部屋に近づくと、部屋の手前で少女を観察する。


「あれは、、、獣人か、なのか?」


ヴァラキがそう呟いたように、部屋の中心に佇む少女の焦茶色の髪からは狼の耳が生えている。

キールの世界にはかつて獣人と呼ばれる人々がいたとされる。少女の姿はまさに伝承に聞く獣人の姿をしていた。


「そんなことがあるのか、、、?」


モンタックがそう言って少女をまじまじと見つめる。

かつて大陸にいた獣人達は、人間ノーマンとの混血の末に徐々に人間の姿に統一されていったとされる。キールの先祖である初代ガドルド帝国皇帝オドも天狼族と呼ばれる獣人の一族の出身だったとされている。


キールは少し躊躇するが、意を決して部屋の中へ足を踏み入れる。

その瞬間、少女の瞼が開かれる。その瞳は深紅と琥珀のオッドアイだった。


「っ‼」


キールは驚きで声を挙げそうになるが、何とか抑える。

少女の瞳の焦点はあっておらず、ぼんやりと虚空を見つめている。


「はじめまして。」


「、、、」


キールは少女に声を掛けるが、少女に反応はなかった。

ゆっくりと少女に近づくが、少女の視線がキールを見ることはなく、虚ろを見つめるのみだった。


少女の左右には1振りの紫金色の剣と狼の姿をした置物が置かれている。

キールは意を決して少女の手に触れようとする。


キールの手が少女の手に触れた刹那、少女とキールの視線が交錯する。

少女は驚いたような表情を浮かべ、キールもまた同じ表情をする。


“ガシャン”


キールの背後で鈍い音が響く。

キールが慌てて振り返った時には、3人が入ってきた部屋の扉が閉じられていた。


「、、、助けて。」


微かに声がし、キールは再び獣人の少女を見る。

少女はキールを凝視しており、その瞬間、キールは自分達が閉じ込められたことに気が付く。


『その血、その涙、その痛みこそ糧なれば、其方の歩みに実りが訪れん』


少女の詠唱が響き、にわかに少女が輝きを発する。


『王道を行く者よ、そなたの歩みに苦しみを。』


少女の輝きに共鳴するように紫金色の剣と狼の置物も輝き出し、眩い光を発する。


『王道を行く者よ、そなたの歩んだ道に栄光を。』


詠唱が終わり光が徐々に収まる。

キールの前には片手に剣を携える少女と共に1匹の子狼が出現していた。


『何者でもない者よ。来るべき王よ。運命に抗う者よ。試練に挑むがよい。』


少女はキールを見つめてそう言うと、フッと力が抜けたように気絶する。キールは咄嗟に倒れ込む少女を支え、抱きかかえるのだった。


△ ▽ △


「いったい何が起こっているんだ。」


ヴァラキがそう言ってキールを見る。

3人は部屋の中心で少女が目覚めるのを待ちつつ現状の対策を話し合っていた。


キールに膝枕をされている少女の傍には心配そうに子狼が寄り添う。

少女はスヤスヤと寝息をたてており、特段身体に問題があるようには見えなかった。


「整理すると、彼女はこの遺跡の中に封印されていたと言えるだろう。それこそ、獣人がまだこの大陸を闊歩していた遥か昔から。」


モンタックがそう言う。

キールは少女を見下ろし少女にすこし同情する。


自分だけが取り残され、誰が来るともわからない山脈の奥に封印される。

そんな少女の状況を考え、キールは無意識に少女の頭を撫でるのだった。


「先程の詠唱を考えるに、これはキールに与えられた試練だろう。正直、これまでは大陸の伝説や伝承をあまり信じてこなかったが、認めざるを得ない。こんな現象は偶然じゃあ起こりえない。」


モンタックがそう言ってキールを見つめる。

その視線には熱がこもっており、モンタックの興奮が伝わってきた。


「その“試練”に2人も巻き込まれたんだ。僕の仲間として。」


キールはそう言ってニヤリと笑う。

そんな表情にヴァラキも嬉しそうに笑う。


「やっぱり、キールに付いていったのは間違いじゃなかった。兄弟子、俺達は伝説になるぞ。キールの仲間として、師匠や剛腕のローランみたいに。」


そう言うヴァラキの瞳は輝いている。


「うむ。これまで鍛えてきた甲斐があったもんだ。」


モンタックもそう言って頷く。

そんな2人の様子にキールはかつての仲間達を思い出していた。


-茨木童子と大江山四天王。あの日、大江山で共に散った仲間達もヴァラキと同じ瞳をしていた。


「今回は死なさないようにしなければな。」


キールは誰にも聞こえない声でそう呟くのだった。

その拳はキールの穏やかな表情とは裏腹に固く握り締められている。


その時、膝元の少女の頭が微かに動き、耳がピクピクと動く。


「、、んん。」


そんな声と共に少女の瞳が開かれる。

覗き込んだキールの視線と少女の視線が再び交差する。


「おはよう。」


キールが優しく微笑む。

少女は少し視線を揺らすと、自分の状況を把握し急いで起き上がる。


「失礼しました。」


少女がそう言ってキールに頭を下げる。

キールは気にした素振りもなく、少女に微笑みかけた。


「はじめまして。僕はキールです。よろしく。」


「俺がヴァラキで、こっちがモンタックさんだ。」


キールの自己紹介に続けてヴァラキも少女に声を掛ける。

少女はキール達の態度に安心したのか、ホッと安堵の表情を浮かべる。


「エッツェルと申します。よろしくお願いいたします。」


エッツェルと名乗った少女がペコリと頭を下げる。

子狼もそんなエッツェルの様子を見てキール達への警戒を解いたようだった。



「それじゃあ、嬢ちゃんも起きたことだし、脱出をどうするかを考えなければな。」


モンタックはそう言って閉じられた扉を眺める。


「まあ、方法は分かり切っているよな。」


モンタックに合わせてヴァラキもそう発言する。

確かに部屋からの脱出方法は火を見るより明らかだった。



「そうだね。」


キールも2人に同意すると、部屋の四方を見つめる。

部屋の四方にはそれぞれ別々の色をした扉が設置されている。


それぞれの扉の上にはそれに続く部屋を示すように表札のような物が掲げられている。

青い扉の上には「深慮」、黄色い扉の上には「勇気」、赤い扉の上には「正義」、そして、緑の扉の上には「節制」。これらはかつてウィリアヌスがキールに求めた皇帝としての徳と一致していた。


「これを見てくれ。」


モンタックがそう言ってキール達を閉じ込めた扉を指さす。

閉じられた扉には、その隙間に何かを嵌め込むためにあるような窪みがあった。


「それぞれの部屋からここに嵌める鍵のような物を取ってくる必要がありそうだ。」


モンタックがそう言ってキールを見る。

キールは頷くと、横にいるエッツェルに目を向ける。


「君はどうする?」


キールの問いかけに、少女は身体を震わせる。

オッドアイの瞳が伏せられ、少女は少し考えるそぶりを見せるが、やがて頷く。


「私も戦います。少しはお役に立てるはずです。」


そう言って少女は紫金色の剣を握りしめる。

そんな少女の様子にヴァラキは少し驚いたような表情を浮かべる。


「嬢ちゃん、本当に大丈夫か?」


「大丈夫です。」


少女はそう言ってヴァラキに視線を返す。

そんな2人の会話を見て、キールは扉の先で戦闘が発生することを確信する。


「なら4人で戦おう。念のため炉で作成した直剣を持ってきてよかった。」


キールはそれだけ言って剣を取り出す。

ヴァラキとモンタックも各々の武器を取り出して準備をする。


「では、行こう。」


キールは青い扉に手をかけ、ゆっくりと扉を開く。

遺跡の試練、もとい4人の脱出劇が始まった。

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