3-3 山脈での修行と遭遇


キールは早朝の森で水浴びをしていた。

既にキールが山脈に入って2週間程が経過している。


水浴びを終えると、そのまま近くにある滝に向かう。

キールはそこで滝の真下に入ると、激流を身体に浴びながら瞑想を始める。激流が降り注ぐ中でキールは黙々とその場に鎮座する。


「こんなものかな」


約1時間程の滝行を終えたキールは、服を脱いで拠点である洞窟へと戻っていく。濡れた服を干して新たな服に着替えたキールは今度は山の中を走り始める。


裸足のままキールは山を駆け、木々を跳び移り、崖を登る。小高い崖の頂上に登る頃には日が真上まで昇っていた。


「うん。いい景色だ。」


キールは満足気にそう言うと、見晴らしの良い崖の上で再び瞑想を始める。


目を閉じて座っていると、風が木々を揺らす音や上空で吹き荒れ雲を動かす気流の音が聞こえてくる。


―“自然の音をよく聞き、自分の意識を無にするんだ。それは自分が小さな存在であるという事と共に、自身が自然というとても大きな存在の一部であるという事を教えてくれる。”


かつての記憶で師匠であった人物の言葉を思い出し、キールは瞑想に励む。

その瞳は閉じられているが、瞳を開けている時以上に山脈の状況が分かるような気がした。


感覚はどこまでも鋭くなり広がっていくが、自意識はどこまでも削ぎ落されていく。

そんな中、キールはふと違和感を覚える。


「ん?」


瞳を開けたキールが、目を凝らすと森から煙が上がっているのが見えた。

他の山脈に籠っている者達によるものだろうか。キールは少し微笑むと、再び目を閉じるのだった。



瞑想を終える頃には日が傾きはじめていた。

キールは立ち上がって伸びをすると、来た道を帰っていく。


洞窟に戻るとキールは木刀を持って再び洞窟を出る。


「それじゃあ、始めるか。」


外に出たキールはその場で素振りを始めた。

キールの行う剣の素振りは、素振りというよりは、むしろ剣舞に近かった。とはいえ、それは舞と言うよりは剣の型に近いものであった。


型の種類は9種と少なく、その全てに構え、接近、技、構え、という一連の流れが含まれる

演舞よりも実践向きな側面があるため大袈裟な動きは少なく、基本的には摺するような足遣いと低い重心そして剣の素振りが中心になっている。


「フッ!!」


キールも型の動作に従い見えない敵に向かって剣を振り下ろす。

この動きは謂わば剣の稽古の前の地固めのようなものであり剣の扱いや振り方、呼吸や足遣いを学ぶという側面が大きい。


「スゥー」


キールは再び息を吸い、切ったであろう仮想の敵に向かい気を抜かずに剣を構える。

型自体は9種で終わりだが、最初の構えと最後の構えが同じものになっており剣舞が繋がって一周するようになっている。


何周もこれを繰り返して、キールの意識は最初は一つ一つの動作に向いていたが、段々と型全体の流れに、そして剣舞を通した帰結に意識が向くようになる。


―“己の心を忘れて自然に身を溶け込ます。そうすれば自然は己の心の中にあるものへ気付きを与えてくれる。剣舞とは自分自身の身体と精神を調和させる、そういうものだ。”


かつての師匠の言葉が再びキールの頭を掠める。


ひたすら素振りを続けていくと、最後には剣舞にすら意識がいかなくなり力が抜けるような感覚を覚える。キールはやがて自然と身体が動いているような感覚に陥る。


少しは型の神髄に触れられたのかな、そんなことを思いながらキールの剣舞は続くのだった。



木刀の素振りを終えたキールは汗を拭うと川へと向かう。

川に着いたキールは水浴びをして汗を流し、その後に朝仕掛けた罠を確認する。


「よし、掛ってるな。」


罠には3匹の魚が掛かっており、キールは嬉しそうに罠を引き上げる。キールは魚を水の入った壺に入れると、そのまま洞窟へと戻っていくのだった。


キールは洞窟に戻ると火を起こし、捕まえた魚を炙る。

移動中に採集した山菜を洗い焼いた魚に添えて塩をかけると、キールは満足げに頷く。


食事を終えると外は既に暗くなっていた。

キールは火を消すと、深い眠りに落ちるのだった。


こうしてキールの1日が終わる。

日が昇れば今日と同じ1日が始まる。


キールの修行の日々はそんな日々の繰り返しによって、質素に、力強く、そして濃密に過ぎていくのだった。


▽ △ ▽


キールが山脈に籠ってから約半年が経った。

もともと小さく細かったキールの身体はこの半年間で成長し引き締まったものになっていた。

山脈を駆けまわった足腰や素振りをしている肩や腕には健康的な筋肉が付き、ひとまわり肩幅も大きくなっている。


「あのチビ、、」


槍を持った大柄な青年が遠くからキールを見て小さく呟く。

約半年前に見かけた小柄な少年の面影はすっかり変わっており、青年は驚いていた。


「っ‼」


その時、青年はキールと目が合う。

青年はキールが笑っているのを確認し、ニヤリと笑い返す。


互いを認識した2人はじわじわと距離を縮める。

森の中の開けたところで2人は邂逅する。


「素振り用のなまくらだから安心してくれ。」


青年がそう言って槍を構える。

それに合わせてキールも木刀を構える。


「分かってるじゃねえか」


キールが地面を蹴り青年へと突進する。

2人の運命が交わり、戦闘が始まる。


一気に青年の懐に入ったキールは木刀を横薙ぎに振るう。

硬い手ごたえがし、木刀は槍の柄で受け止められる。


「いいねえ。これは滾るぜ」


木刀を受け止めた青年はそう言って笑うと一気に槍を振り上げる。

その瞬間にキールは青年の胸を蹴り上げて距離を取る。


「逃がさないぜ‼」


すかさず槍で青年がキールを突くが、キールは横に受け流してそれを躱す。

青年もすぐさま槍の穂先でキールを追うが、今度は跳び上がって避けられる。


「ちっ‼」


青年は舌打ちをして槍を構えなおす。

キールは跳び上がりつつ、背後にある木を蹴って再び青年に接近する。

木刀を振り上げたキールを見て青年は槍で受け止める態勢に入る。


「それはさっきも見たぜ‼」


しかし、キールが木刀を振ることはなく、勢いそのままに青年の持つ槍に蹴りを入れる。

鈍い音と共に槍の柄にひびが入り、青年は驚きの表情を浮かべる。


キールはそのまま木刀を振るうが、青年も上半身を逸らしてそれを躱す。

視線が交錯し、両者が笑顔を浮かべる。


今度は青年がキールを蹴り飛ばし、距離を開ける。


「こりゃ楽しいわ。」


青年は嬉しそうにそう言うと、槍を折って両手で構える。

互いに地面を蹴って接近する。


両者がすれ違うように交錯し、鈍い音が響く。

束の間の沈黙。そして、青年が声を出して笑う。


「ハハハ。俺の負けだ。」


青年の鍛えられた腹筋に、横向きに赤い跡が出来ていた。

特に痛がるような様子はなく、青年は爽やかな笑顔を浮かべている。


「真剣だったら今頃真っ二つだったな。」


そう言って青年はキールに手を差し出す。

キールも笑顔でそれに応え、両者は握手を交わす。


「俺はヴァラキという。16歳の“来訪者ヴァイキング”だ。よろしく。」


「キールと申します。お手合わせ、ありがとうございます。」


「それにしても、あんた強いな。まさか負けるとは思わなかった。」


そう言って自分を見る大柄な青年を、キールはかつての自分に重ねていた。

キールと酒呑童子の大きな違いの1つが体格であり、目の前の青年の体格は酒呑童子のそれとよく似ていた。


「ありがとうございます。ヴァラキさんも十分お強いですよ。」


「負けた相手にそれを言われちゃあ立つ瀬がないんだが、、、」


そう言って青年が苦笑いを浮かべる。

そんな表情もかつての自分にそっくりで、キールは何となくこの青年との出会いに運命じみたものを感じ始める。


「何かして欲しい事とかあるか? なんでもいいんだが、掟があってな。」


青年がそう言ってキールを見る。

青年の言葉の意図が理解できず、キールが首を傾げる。


「負けたら、勝った者のいう事に従う。それが“来訪者ヴァイキング”の掟だ。」


青年はそう補足する。

キールはかつての自分と向き合っている感覚に陥る。


まだ越後の山から出たことのない、若く、自身に満ち、正義感に溢れていたあの頃の自分と。


「なら、僕の臣下になって欲しい。」


キールが自分でも考えていなかった言葉が口をついて出てくる。

キール同様に青年も少し驚いたような表情を浮かべる。


その瞬間、キールは理解する。

キールは目の前に立つ青年を通して、かつての自分に同情していた。

同時に、このままではこの青年がかつての自分と同じような道を歩むのではないかという予感がしていた。だからこそ、キールは今、かつての自分に手を差し伸べようとしている。


あの頃、自身が欲した寛大で偉大なる王権に自身がなるという決意と共に。


「、、、」


2人は目を合わせて沈黙する。

風で木々が揺れる音が大きく聞こえ、一瞬が永遠のように感じられる。


「分かったよ。キール。お前に従おう。」


青年がそう言ってニヤリと笑う。


「少なくともアンタはただ物じゃなさそうだ。それに、そっちの方が面白そうだ。」


キールが少し安堵したように息を吐く。


「ただ、そのためには師匠に会って貰わないとな。ここから一緒に来てもらえるか?」


「その必要はないぞ、ヴァラキ。」


ヴァラキがそう言うと、遠くから別の声が響く。

2人が声のした方向を見ると、そこには1人のドワーフが佇んでいた。


その人物はオストル・オリヴィエ、その人だった。

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