3-2 旅人に捧げる宴


「遂に着いたか。」


ラグクラフト公領を出て2週間半、キールはメリュジーヌ山脈に辿り着いた。

幾つかの国家を通り過ぎひたすら東へ、街道の終点にその場所はあった。


「あれは、、、」


キールの視線の先には小さな集落がある。

街道の終点はまた、ちょうど山脈への入口となっている場所でもあった。


「越後の村に似ているな。」


キールはそう呟き、集落へと足を進める。

その表情はどこか期待に満ちており、視線は遥かにそびえる山々へと向けられていた。


▽ △ ▽


集落に入ると、子供達がキールに声を掛けてくる。


「にいちゃんも山脈に向かうの?」


「そうだよ。修行するために来たんだ。」


「そうなんだー‼ ちょっと待っててね‼」


子供達の1人がそう言って走り去っていくと、1人の老人を連れて戻ってくる。

老人はキールと目が合うと、深々とキールに頭を下げる。


「よくぞ、いらっしゃいました。青き瞳の高貴な方よ。」


「いえ、私はそのような者ではございません。」


「その瞳を見れば、謂われずとも分かります。山脈へ籠られるのですね。」


老人はキールを見上げて優し気に微笑む。

キールはいきなりの歓迎ムードに疑惑を覚えつつも、笑顔で老人に応える。


わたくしはこの集落の長をしておりますシュルケと申します。幾人もの山脈へと向かう旅人たちを向かい入れ、送り出してきました。その中には貴方様と同じ色の瞳をした聖騎士様もいらっしゃいました。」


老人はそう言ってキールを眺める。

まるで、かつて出会った人物の記憶とキールを重ね合わせるように。


「今宵の宿は集落にある宿屋をお使いください。我々は山脈へと旅立つ人を宴を持って招き入れ、送り出します。これは全ての旅人への祝福の儀式です。良ければご参加ください。」


「ありがとうございます。ぜひ参加させていただきます。」


キールは少しの疑念を抱えつつもシュルケの提案を受け入れる。

移動の間、野宿が続いたため宿を借りられるだけでも十分嬉しかった。


▽ △ ▽


宴は集落の中央の広場で行われるようだった。

集落の人々はいそいそと準備をしている。


「ありがたいとは言え、少し申し訳ないな。」


キールはそう呟くと、近くにいた女性に宴の準備を買って出る。


「なにか手伝いましょうか?」


「いやいや、旅人は休んでな‼」


「しかし、僕の為に、申し訳ないです。」


「そんなこと気にしないでいいよ。これは儀式みたいなもんだし、それに、山脈に籠ろうとしに来た旅人なんて3,4年振りだからね。私達も楽しんでるんだ。」


キールは女性に手伝いを断られてしまい、渋々宴の準備を眺める。

広場の中央には木組みが高く組まれ、中には炭と薪が入れられている。


「獲ってきたぞー‼」


集落の入口から狩りに出ていた男性たちの声が聞こえ、子供たちが走っていく。

中央の広場には新たに猪や鹿が並び、男性たちによって捌かれていく。


あっという間に時間が過ぎ、陽が沈み始める。

それと共に、中央の木組には火がつけられ、やがてそれは大きな炎となる。


宴が始まる。


▽ △ ▽


広場の中心で炎が高く燃え盛る。

辺りは暗くなり、炎の明るさが際立つ。


キールは炎の正面にシュルケと共に座る。

集落の人々も皆集まり、炎を中心に輪になって座る。


全員に飲み物と料理が行き渡った所でシュルケが立ち上がる。


「遥か遠方より来る旅人がいた。彼の者は偉大なるメリュジーヌに征くと言う。ならば、今宵、我らは彼の勇敢なる旅人を向かい入れよう。この宴を持って、我らは仲間となろう。そして、また日が昇った時に、彼の者を家族として送り出そう。偉大なるメリュジーヌよ、そこに棲まう2頭の龍よ、勇敢なる旅人に祝福を。」


そう言ってシュルケは手に持った盃を掲げる。


「「「勇敢なる旅人に祝福を‼」」」


集落の人々がシュルケの言葉に応じて盃を掲げる。

キールはその景色に圧倒されつつも、自身の鼓動が高まるのを感じる。



集落の人々は楽し気に歓談する。

キールもまた、色々な集落の人々た話す。


美味い酒に、沢山の焼けた肉。

やがて、子供たちは走り回ってはしゃぎ、大人たちは歌いだす。


若者達は炎を囲んで踊り、老人達はそれを嬉しそうに眺める。

キールの横にはシュルケが座っていた。


「そう言えば、山脈にはいくつかの伝説があると伺いました。」


キールがシュルケに問いかける。

問われたシュルケは嬉しそうにキールを見る。


「よくぞ聞いて頂きました。そのうち1つは貴方様とも関わりがある話ですぞ。」


そこからシュルケは幾つかの山脈に関する伝説を教えてくれた。


メリュジーヌ山脈には、かつて“赤のドラゴン”と“緑のドラゴン”の2頭のドラゴンが棲んでおり、“赤のドラゴン”が暴走し集落が脅かされた際に、若き日のウィリアヌスが集落に現れ山脈へと入り“赤のドラゴン”を撃退したという伝説がある。その際に山脈からウィリアヌスと共に現れたのがドラゴンの一族の末裔であるメリナだったそうだ。


その他の伝説では、山脈の先は“来訪者ヴァイキング”の土地があり、その先には凍てつく大地に聳え立つ巨大な火山があるという物があった。さらに凍てつく火山を超えると神々が住むと言われる楽園島があるという事だった。


シュルケは楽しそうに伝説を語る。

キールは宴の雰囲気と共に、広場の中央で燃え盛る炎を眺めながら伝説を聴くのだった。


夜が更けると宴は終わり、キールは宿へと戻る。

ふいに外に出ると、一面の星空で周囲は意外と明るく、真っ黒な山脈の影が見える。


「楽しみだな。」


キールの口からそんな言葉が漏れる。


夜は深まり、星々は巡る。

山脈は静かに、悠然と、少年の訪れを待っている。


▽ △ ▽


翌朝、キールは集落の人々に見送られ山脈へと足を踏み入れる。

少しばかりの衣服と1週間分の食料、短剣とナイフを持って。


「懐かしいな。いつか見たような、そんな景色だ。」


そう言ってキールは目を細める。


山脈では木々が騒めき、足元は湿り、薄っすらと暗かった。

それは幼い酒呑童子が修行した越後の山にどこか似ていた。


「山に土足で入るなど失礼だな。」


キールは靴を脱ぎ捨て裸足になる。

ひんやりとした感覚が足を通って全身に伝わる。


キールはいつの間にか笑顔になっていた。

その笑顔は、かつての酒呑童子が浮かべたそれに、とても似ていた。


「まずは洞窟を探さなければな。」


キールはそう言って、山脈の奥へと足を進めるのだった。

修行の日々が始まる。


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山脈へと足を踏み入れる少年の姿を、青年が観察している。

青年は片手に槍を携えて、少年を凝視する。


「集落で宴があったから来てみたが、あんなちっこい奴が大丈夫か?」


青年はそう言うと、来た道を戻っていく。


「一応、師匠に報告しておくかあ」


青年は小さく呟くのだった。

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