龍骨の皇帝~追放された元皇子は、酒呑童子の生まれ変わりでしたっ⁉ かつての記憶とともに少年は英雄へと成長します‼~

梯子田カハシ

追放。そして酒呑童子の記憶

1-1 資質とレガリア


キール・ガドルド。

別名、青い目のキール。


彼は大陸中央部に広大な領土を構えるガドルド帝国に第3王子として誕生した。

母親であるメリナ妃はキールが幼い頃に亡くなってしまったが、それを哀れんだ父親であり同じ青い目を持つガドルド帝国皇帝であるウィリアヌス・ガドルドより2人の異母兄達に比べて格別の寵愛を受けて育てられた。


キールは王族を含めた貴族の子供達に発現するはずの魔力を発現しなかったが、皇帝の寵愛が揺らぐことはなかった。魔力の兆候を示す水晶はいつまでも空白のまま、キールは15歳の誕生日の朝を迎える。


「やはり、駄目か。」


王宮の一室で、水晶に手をかざした少年が呟く。

誕生日を迎えても変わらないか、とキールは自嘲的に微笑むと水晶から手を離す。


「どうだった?」


「いえ、駄目でした。」


水晶の間から出てくるキールをウィリアヌス帝が出迎える。

皇帝はキールの返答に肩を落としつつも、キールの肩を励ますように叩く。


「気にすることはないぞ、キール。魔力の有無など、些細なことに過ぎない。」


ウィリアヌス帝はそう言って前を向く。

キールが見上げた父の顔に悲しげな面影は見られない。


「キールよ。国家を治めるのに必要なのは魔力でも武力でもない。それらは些細なものなのだ。」


「それは、、本心から仰っていますか?」


キールは父の意外な発言に訝しげに聞き返す。

ウィリアヌス帝、又の名を"征服帝"と呼ばれる父は、1代でガドルド帝国の版図を3倍以上に拡げた皇帝である。

彼は、ほぼ毎年遠征をしては闘いの先頭に立ち続ける武人の印象が先立つ、そんな人物である。

彼は、異教徒達から土地を奪い返した唯一の皇帝であり、蛮族達からなる異教徒軍に対抗する教会国の盟主としての立場を自他共に認める、まさに戦争に長けた皇帝だった。


「最善の統治は"徳"によって為される。」


「徳ですか?」


「うむ。具体的に言うならば、深慮・勇気・正義・節制の4つの心掛けだ。これは王者たるものの責務でもある。皇帝や王という恐れるものが存在しない立場であるからこそ、己の利益を気にすることなく民の利益になることを考えて行動することができるのだ。それこそが王の歩むべき道なのだよ。」


ウィリアヌス帝はそう言ってキールを見ると、微笑みを浮かべる。


「お前は、まあ捻くれたところもあるが、だからこそ弱き者の立場を分かってやることができる。お前にも私と同様に打算的なところあるだろうが、その打算は大義の為に使われるべきだ。」


見透かすような父の深く青い瞳に、キールは敵わないと口角を上げる。

ウィリアヌス帝がキールの頭を大きく頑強な手でガシガシと撫でる。


「私は、そんな者に皇帝となってほしいのだ。」


皇帝はそれだけ言うと、執務室の方へと歩き去っていく。

最後の皇帝の発言を聞いていた人物がキールの他にもう1人いたことに気付くものはいなかった。


▽ △ ▽


「あの皇帝め。私から国はおろか国母の栄光すらも奪うつもりなのか。」


皇帝の発言を聞いたもう1人の人物、キールの義母でありウィリアヌス帝の妻クルエルは夫の発言に驚愕し、静かに激怒していた。


キールが皇帝の位に就く、すなわち自分が産んだ子供が皇帝になれないことは彼女にとって許しがたい事態だった。本来であれば長男であるリチャードが皇帝を継ぐが、他人の思惑を容易く超越する現皇帝がそんな慣習を無視することはあり得ない話ではなかった。


「なんとかしなければ。」


クルエルは1人そう呟く。

元々ガドルド帝国の前に教会世界を支配した大国エクセル王国の姫であったクルエルは、政略結婚によってウィリアヌス帝と結婚し、ウィリアヌス帝がエクセル国王を兼ねたことで王国はガドルド帝国に吸収された。

そのためクルエルは祖国を奪ったウィリアヌス帝を密かに憎んでいた。

彼女の生きる糧は息子が帝位に就くことでエクセル王家の血統を残せるという期待だけだった。


「フラム!!」


クルエルが呼ぶと、老齢の執事が現れる。

フラムと呼ばれたこの執事はエクセル王国時代からのクルエルの臣下でもある。


「フラム、実は、、、」


老齢の執事と王女は声を潜めて言葉を交わすと、そそくさと歩き出す。

2人は第1王子リチャードと第2王子コールマンの部屋へと向かうのだった。


皇帝が漏らした本音。

小さなほころびから、大きな陰謀が動き出す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


キールの誕生日から2週間後。

王宮ではウィリアヌス帝の在位40周年を祝う宴が開かれていた。


皇帝の在位40年間は遠征と戦争の40年であり、それは教会国の勝利の40年でもあった。

王族や貴族はもちろん、周辺の教会国の王公貴族なども参加する宴では様々な交易品が祝いの品として皇帝に献上される。その中には、クルエルが夫に献上した飲むものの味をまろやかにする金杯も含まれていた。


華やかな宴は3日3晩続き、人々は偉大なる皇帝ウィリアヌスを称えた。

しかし、この日を境に皇帝は体調の不審に悩まされることを、まだ殆どの人間は知らない。


クルエルの献上した金杯には内側に鉛が塗られていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


約半年程で皇帝の体調は徐々に悪化していった。

50歳を超えているとはいえ、これまで幾度となく遠征と戦争を繰り返してきた頑強な身体の持ち主であったとは思えない程に皇帝は明らかに衰弱していった。


妻であるクルエルは湯浴みや食事の手助けなど、床に伏せる夫を熱心に看病した。

クルエルは看病の傍ら神殿に通い詰め、夫の回復を祈った。


人々は王女の献身を褒め称えたが、皇帝の体調が快方に向かうことはなかった。


収穫祭の近づくある朝、キールはウィリアヌス帝の寝室に呼ばれる。

キーンが寝室に入るとベッドに横たわるウィリアヌス帝とクルエルの姿があった。


「キールか、よく来た。」


ウィリアヌス帝はクルエルに助けられながら上半身を起こすとキールを呼ぶ。

キールがベッドの横に座ると、ウィリアヌス帝はクルエルを見る。


「クルエル、下がりなさい。」


「、、、承りました。」


王女は少し驚いたように沈黙するが、立ち上がって部屋から出ていく。

キールは扉の前で父子を一瞥するクルエルと目が合うが、義母は気にせず出ていく。


ウィリアヌス帝はクルエルの足音が遠ざかるのを確認して口を開く。


「キールよ、私の寿命はもう長くない。」


「そんなこと言わないで下さい。必ず良くなります。」


「お前なら勘づいているだろう。いまや私の命は妻次第だ。これは身内を慮らず蔑ろにした夫への罰なのだよ。そして、私はそれを我が生命を持って受け止める。クルエルと義父殿へのせめてもの償いだ。」


「、、、」


父の言葉の意味を悟ったキールは黙ってしまう。

そして、父がこのまま死ぬ気でいることも理解できた。


「父上ほどの御仁が身内の恨みなどで命を落とすなど、馬鹿げています。」


「この歳になると馬鹿げていることに拘るものだ。若い頃は戦場で散ることを望んでいたが、今はこれこそが身の丈に合った最後だと思っているさ。ただ、お前の安全だけが心残りだよ。」


そう言ってウィリアヌス帝はキールの頭を撫でる。

細くか弱くなった父の手にキールの心には義母への怒りが沸々と湧いてくる。


「キール、隙をみて逃げろ。帝国の北方ラヴクラフト公のもとに行くといい。」


「、、はい。」


「私の死を待つ必要はない。お前にはかつて私がそうしたように広い世界を見て欲しい。色々な人と出会い、仲間を見つけ、困難と戦い、時には逃げて。そうして強くなって、勇敢で強かな偉大なる王としてこの地に帰ってくるんだ。」


「偉大なる王として。」


キールが父の言葉を噛み締めるように繰り返す。


「そうだ。強かで打算的、勇敢で残虐なる者。志が高く清濁併せ吞み、それでも全ての国民を救おうともがき苦しむ者。王としての責務を全うできる者として。」


キールの拳が固く握られる。

ウィリアヌス帝は息子の表情に満足気に頷くと、壁にかけてある肖像画を指差す。

その肖像画には初代ガドルド帝国皇帝オド・ガドルドの姿が描かれている。


「キール、その肖像画の皇帝と向かい合って立つといい。」


キールは父の指示の意味がわからなかったが、素直に従って肖像画と正対する。

じっと観察していると、絵の中で皇帝の持つ剣の柄飾りの丸い部分がほんの少しだけ凹んでいることに気付いた。キールはゆっくりと絵に近づくと、ゆっくりと丸い凹みを指で押し込む。


ガチャン


金属音がし、絵画の右下5cm四方が扉のように開く。

キールが覗くと、そこには長方形の箱が入っていた。


「それをこちらに。」


ウィリアヌス帝に言われてキールが箱を持っていく。

ウィリアヌス帝が箱を開けると、そこには1本のシーリングスタンプと蠟が入っていた。


「これは、、、」


キールは"それ"が何かを察する。

アルテミスと戴冠する狼」の蝋封は皇帝位の象徴であり、初代オド帝から脈々と歴代皇帝に引き継がれてきた正当かつ最古のレガリアである。


「これを、こうして、、、」


ウィリアヌス帝がシーリングスタンプをカチャカチャと弄ると、スタンプ部分と持ち手部分が分離する。

持ち手部分の中からスタンプ部分と繋がった金属の鎖が出てくる。


「ペンダント、ですか?」


「そうだ。先帝達もよく考えたものだ。」


ウィリアヌス帝はペンダントとなった蝋封をキールに手渡し、今度は近くにあった燭台の火で蠟を溶かす。


「王冠を継ぐものはクルエルに決めさせてやろう。真の皇帝位までは渡してやらんがな。」


皇帝はニヤリと笑うと、ゆっくりと蠟を傾けて溶かしていく。


「ここに皇帝としての私は死んだ。その神性は聖油を額に受けた者の精神に復活する。」


ウィリアヌス帝は溶けた蠟を指に漬けると、キールの額に蠟を軽く塗る。


「神よ、この若き、新たなる皇帝を導き給え。ここに古き皇帝は死んだ。新皇帝万歳。」


熱さがキールの額を襲い、キールは目を閉じる。


再び目を開くと、父の優しい視線がキールを見つめていた。

キールはペンダントを首に掛けると皇帝の目を見て頷く。


2人は悪友のように笑い合う。


ウィリアヌス帝は箱にシーリングスタンプの持ち手部分のみしまうと、

キールに箱を元あった場所に戻させる。


「キールよ。私とメリナの唯一の息子よ。そして来たるべき偉大なる皇帝よ。これで別れだ。」


青い目の父子はがっしりと手を組みあう。


「"王道を征け"」


それが父と交わした最後の言葉だった。

キールはウィリアヌスの部屋を出ていく。


部屋を出るとクルエルが少し離れたところに立っていた。

キールを見ると少し微笑みを浮かべるが、その瞳はどこまでも冷たかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


キールが部屋に戻った直後、リチャードとコールマンの2人の異母兄が部屋を訪れる。


「キール、狩りに行かないか?」


「狩り、ですか?」


「そうだ。父上の体調回復のために鹿や兎を狩ってこようじゃないか。キールお前も来るだろう?」


リチャードはそう言ってキールを見下ろす。

キールは長兄のその見下すような視線が嫌いだった。


「承りました。狩りならば王宮の南や西にしましょうか?東の草原も良いですね。狩り場なら王宮の近くにもありますし、たくさんの獲物が取れそうですね。」


「いや、行くならば北だ。王宮から少し離れた場所にしよう。コールマン、お前もそれでいいだろう?」


「わかったよ、リチャード兄さん。」


キールは知っている。

兄が決して自分の言ったことに従わないことを。


「それでは1時間後に王宮北門前だ。」


リチャードはそれだけ言うとコールマンを連れて部屋を出ていく。

ふと目が合ったコールマンはキールに憐れむような視線を向けていた。


「逃げよう。」


キールは小さく呟くのだった。

目指すはラヴクラフト公領。キールの決意は既に固まっていた。

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