墜ちる星、銀雪の勇者

 点だった光が大きくなり、やがてその光は赤く、大地を照らす炎と化した。


 何が起きているかわからない。ただ、空からゆっくりゆっくりとこの街めがけて落下する炎の塊を、俺は呆然と見上げることしかできなくて。


 


 ユメに連れられて、続々と大人たちが飛び出してくる。


 皆一様に天から飛来してきた星に対して叫び、嘆き、逃げ惑うか俺と同じように立ち尽くしている。


 当然だ。こんなもの……どうしろというのか。


 


 だけど俺の父親は、目の前に立ち尽くして震える息子を後ろから必死に抱きしめ、大丈夫、大丈夫と呟いていた。


 強い人だ。自分も逃げたいだろうに、息子である俺が震えているからと最後までこうして親としての務めを果たそうとしてくれている。


 俺は……何もできない。何もできなかった。


 


 


 何が英雄になる、だ。こんなクソッタレな現実ひとつ変えられない癖に。

 どれだけ鍛えたとしても、どれだけ準備を重ねても、こんな理不尽の塊をどうこうできるようになれるとは思えない。


 ……こんな簡単に終わるのか、俺の人生も、みんなの人生も、全部。


 まだやらなきゃいけないことも、やりたいこともたくさんあるというのに、終わってしまうのか。


 


 


「――――嫌だ」


 


 


 そうだ、嫌だ。認めない。認めたくない。こんな結末。こんな幕引きなんて。

 誰か、誰かいないのか。この現実をぶっ壊してくれる人は。

 俺たちの街を……世界を救ってくれる人は、いないのか。


 


 誰か……。


 


「誰か……助けて…………っ」


 


 


 


 



 


 


「うん、いいよー」


 


 


 


「…………は?」



 目の前に、季節外れの銀の雪が降った。

 燃える星と月明かりに照らされながら、一つの影が俺達の前に舞い降りる。


 阿鼻叫喚の中でもはっきりと聞こえる不思議な声に唖然としながら、目の前の存在から視線をそらせない。


 不思議だった。あれだけ墜ちてくる星から目が離せなかったというのに、今はもう、この人しか瞳に映せない。

 仰々しく、見るものを勇気づけるように瑠璃色のマントを翻して……その人はこちらを振り返った。


 


「ごめんね。怖かったよね、けど……もう大丈夫」


 


 白銀の髪に、菫色が鮮やかな瞳。

 端正な顔立ちに、高い声……女の人だ。

 まじまじと見つめてしまう俺に、この人は快活に笑いながらくしゃりと頭を撫でてくれて。


 


「あとはボクに任せて。……よく助けを求められたね。勇気のある子だ」


 


 頭から手が離れる。もう、体は震えていなかった。

 それは父も一緒にようで、ただ一言「勇者様……」と呟いて俺を抱きしめて動かなくなってしまった。


 悲鳴はもう聞こえない。この広場にいる誰もが、突然目の前に現れた銀の雪に魅入られていた。


 燃える星が迫る。思い出したように空を見上げれば、轟音を立てて更に速度を上げて落下を続ける絶望の光景が広がった。


 折れた心が再び軋み上がる。だけど。


 


「おー、これまた大きいのが落ちてきたなー……気合い入れないとだ」


 


 目の前の希望は絶望を見ても一欠片も動揺することなく。

 抜き放った剣は彼女の髪色のように美しい銀の煌きを放っている。


 剣であんなものどうにかできるわけないだろとか、ノリが軽すぎるだろとか、冷静な時だったら言いたいことはたくさんあっただろうけど。


 今はただ、絶対の死が降ってくるという極限状態の中で、俺は。


 

「よぉおおおおっしッ!! いっくぞぉおおおおおッ!!!!」

 


 眩い輝きを放った彼女の後姿を、ただただ見つめていた。



 光が収束する。あの時俺の手のひらに浮かんだような光の粒が、そこら中から現れて全て剣へと吸い込まれていく。まさかあれは、全部スティリア――魔力なのか。


 だとしたら、これだけ集めた一撃は……どんなものになるのか。

 場違いな胸の高まりを感じている間に、勇者の剣は変容していく。



 剣という器に収まりきらなくなった光はごうと音を立てて溢れ出す。ただし、剣の形を保ったままで。


 まるで、剣を一回り大きな光の剣が覆いながら顕現しているかのような。筆舌しがたいモノを振りかぶった勇者は上段へと構えた剣を思い切り――――


 


「やぁああああぁッ!!」


 


 ――振り下ろす。途端に感じたのは轟音、次に閃光。次に衝撃。


 広場にいる誰もが何かにしがみついていないと吹き飛ばされてしまいそうなほどの極光が、絶望へと到達していた。

 炎の星と、極光の斬撃。それが拮抗していたのは、ほんの一瞬のこと。


 俺は、どれだけ眩しくても、どれだけ吹き飛ばされかけても、目を開いて見続けていた。


 目が離せなかった。この光景は、一瞬たりとも見逃したくなかった。



 だってこれは、こんなものは――本物の英雄譚、御伽噺の一ページに他ならないのだから。


 


 


「…………ふふっ」


 


 


 何故かこちらを振り返り、俺と目が合った勇者は口元に笑みを浮かべる。

 まるで「見ていて」と言っているような、そんな彼女の後姿をその通り瞳に焼き付ける。


 


 ああ、だからどれだけ眩しくても瞼を閉じるな。耳をふさぐな。

 全てを見て、そして学べ。


 


 


 見つけた。見つけた。

 俺が目指すべき人を。到達すべき領域を。 


 再び炎の星と向き直った勇者の裂帛の気合いと共に、ついに視界全てが白に染め上げられてしまう。

 やがて音が止み、目を覆っていた光が収まる。じんわりと視界が戻っていくと、その先には……光があった。。

 


「んー! 結構大変だったー!」


 


 光の粒子が、町中に降り注いでいた。

 きっとこれは、あの燃え盛る岩の残滓なのだ。ただ砕くだけでは被害がでる。

 だから勇者は――勇者様は、あの絶望の化身をこんな小さな粒子になるまで粉々に破砕せしめた。


 終わった終わったと満足げに伸びをする目の前の勇者様は、自分の成し遂げた偉業を誇ることなく笑っている。


 怪我はないか、みんな無事かと広場の全員に問いかけて回っている姿を、這う這うの体で俺は追いかけた。


 父の腕からすり抜け、震えて動かない足をどうにか気合いをつけて前へと。


 何度も転びながらも、何度意識が飛びそうになりながらも、それでも今やらねばと決意の炎を燃料として自らの体を動かしていた。


 


 バタバタと不格好な姿でも、追いかけて、ようやく勇者のマントに指がかかる。


 


 勇者様は振り返り、地面に倒れながら必死に掴みかかる俺を見て首をかしげていた。


 さあ、言え。今言え。じゃないと一生後悔する。


 緊張の糸が切れたせいなのか、声は擦れて上手く出ない――それでも言うんだ。


 


 今はなにもできなくて、泣きべそをかいているだけだけど。


 震えて、怯えて、あなたの影に隠れるだけの子供だけど。


 


 だけど、俺はなりたい。


 


 


「お、れを……あな、たのッ……弟子に、して……ください……っ!!」


 


 


 ――――貴方の隣で、一緒に世界を救える人になりたいんだ。


 


 


 


 涙でのぐしゃぐしゃの顔、震える声に泥だらけの汚い姿。


 どこまでも不格好な俺の願いを聞いた勇者様は、俺の頭をそっと撫でてくれて。


 


 


「君は、――――……」


 


 


 その言葉を最後まで聞く前に、俺の意識は暗闇へと落ちていった。


 


 


 


 



 


 


 ある日、息子がおかしなことをしだした。


 見様見真似の腕立てをしたり、拾ってきた木の棒で素振りをしたり。


 何をしてるのかと聞けば、強くなりたいのだという。


 子供の頃にありがちなものかと思って聞き続けていると、ただの夢想を語っているだけではないことがわかった。


 


 曰く、この世界は動けるものがその時に動かなければ多くの人が家に帰ってこれなくなるから。


 だから自分がその役割を担う、と。おおよそ5つの子供が口に出す言葉ではないと思ったが、自分が予備役としてたまに魔獣討伐に参加していたからだろうか、やけにこの世界の残酷さを理解しているように思えた。


 


 そしてなにより、この子は生来より体が驚くほど頑健だ。


 赤ん坊の時ベッドから落下した時も、馬上から落ちて頭を強打した時もケロっとしていた。


 そういう特異な体質を持つ者は、この世界にはごまんといる。まさかただの農夫の子供からそれが生まれるとは思わなかったが、力の使い方について傲慢にならず世の為に使おうとする姿勢は何より息子として誇らしい。


 


 


「ねえリシュリ……あの子を本当に鍛えるの?」


「ああ、ただ力を誇示したいと言うのであればげんこつの一発でもくれてやっておしおきだったが……お前も聞いてただろう? あの子は、生まれ持った力を正しく使おうとしている」


「それはわかってる……けどまだ5つなのよ? 鍛えるには早すぎるわ。まだ……子供らしいことだって満足にしてないのに」


「そこは勿論考えてるさ。あの子にも友達がいて、遊ぶ時は遊んでいるようだしな。時間を見つけて、きちんとした鍛錬をつけてやる。それだけだ……心配するなアレイラ。すぐに戦場に行くわけじゃない」


 


 今後についての話し合いを終えた夜。妻は不安を吐き出した。


 あの時は確かに納得はしていたのだろう。息子の瞳を見て、諦めたように息をついて許しを出してしまった。


 けれど、時がたつにつれて駆られる感情を否定はできない。


 何より、あの子はまだ幼い。成人まで十年もある幼子だ。


 母としては、もっと子供らしくいてほしいのだろう。


 

「そう、そうよね。魔獣の被害は年々増えてる。正しいのは……きっとあの子の方」



「……きっとあの子なら将来この街を守れるくらい強くなるさ。俺達は、それまで見守ってあげよう」


 


 肩を抱き寄せ、誓い合う。あくまで願うのは我が子の幸せ。

 しかし、あの子はそんな私たちの予想すらいい方向に裏切ってくれた。


 


 


「――……づっ!?」


「うわ、父さん大丈夫? 怪我してない!?」


 


 夕暮れ時、最後の一仕事として木剣を握らせ、軽く手合わせをするのが日課になった頃。

 当初はただ剣に振られ、ふらふらと覚束ない足取りを見せていた息子は瞬く間に技術を吸い取り目覚ましい速度で成長を続けていく。

 今日、私は木剣を弾き飛ばされた。稽古を取り始めてから、わずか半年の出来事だ。


 ……有り得るのか? まだ剣をとって半年の、それも幼い子供が大の大人に一本取るなんて。


 


 


 それからしばらくして、私は自分の息子が想像の遥か上を歩んでいたことに気づかされることとなる。


 この頃、やけに傷の治りが早いとは思っていたのだ。

 普段は家業である農作業を手伝い、その後木剣を交えた稽古をつける。

 そんな生活をすれば手はマメだらけになるし、傷は絶えないはずだ。


 にもかかわらず小さな怪我など翌日にはなかったかのように振る舞い、潰れた掌のマメは固くなった皮膚を除いて綺麗に完治している。


 理由はすぐにわかった。珍しく興奮した様子で帰宅した息子は目の前で披露してみせたのだ。


 


 


「父さん、母さん! 見てみて、ほら! できたよ魔術! まだ体からぽわっと光を出すだけだけど……これで冒険者名乗れるかなぁっ!」



「…………リシュリ」

「…………ああ、どうやら夢じゃないらしい。は、はははっ……!」

 


 使いこなせるものは一流の冒険者であると言われる、世界に溢れるスティリアを行使する魔術を。


 


 ああ、天におわす大樹の神よ。

 私たちの息子は、あなたからの贈り物なのだろうか。




 


 



 



 


 一目見た時の感想は……眩しい、だった。


 自分でも認める程の引っ込み思案、周りの子たちと歩幅を合わせられず、かといって主張もできない。

 私は、大勢の中に混じっても誰からも気にされないその他大勢のうちのひとりだった。


 


 そんな私が、客席からただ見ていただけだった私が舞台に引き上げられたのは、きっとあの時。


 


 


「……? ん、んんん……? なあ、みんなちょっと先行っててくれー!」


 


 


 遠くから誰かの声がして、次第に足音が近づいてきたのが分かった。

 影になっている場所に座り込んで、じっと息をひそめていた私の方へ、誰かが来る。

 でもきっと気のせいだろう。だって私は他のみんなみたいに明るくない。

 いつもおどおどしてて、はっきり喋れなくて、だからのけ者にされてしまう。

 だから、気のせい。私に手が差し伸べられているのも、声をかけられているのも、気のせい――


 


 


「――いや、気のせいなんかじゃないし。お前に話しかけてるし。てゆーか無視すんなよな」


 


「…………ぇ?」


 


 


 俯いていた顔をあげる。眩しい、それが最初に抱いた感想。

 何度目をこすっても、何度頬をつねっても、目の前の気のせいは消えてくれなくて。


 


 


「わ、わたし……? えっと、なんで、わたしに、声……えっと……」


「そんなとこで座っててもなんも面白くないだろ? こっちきてあそぼーぜ! 探検すんだよこれから!」


 


 


 私はきっと、生涯忘れないだろう。

 無意識のうちに伸ばした手を、引き上げられた瞬間の胸の高鳴りを。

 観客だった私を舞台に引き上げてくれた、この人のことを。



 これが私、ユーメルファ・リメリアの原点だ。


 


 


 


「なあ、いい加減魔術の使い方教えてくれよー。なんだよぶーんってしてびゅーんって、意味わからん」

「う、うーん……でも、そうとしかいえなくって……ほんとにぶーんってしてびゅーんってするんだよ?」


 


 ……この人は、いつからかよく怪我をしてくるようになった。


 最初はただ見ていられなくて咄嗟にしてしまった、大人にも使えることを内緒にしていた治癒魔術。

 けれどいくら治しても治してもすぐに同じような怪我をしてくる。

 魔術を教えてくれという頼みを引き受けたのも、彼自身が治癒をできるようになれば嬉しいなと思ったからだ。


 


 ――……私の名前を覚えていないと知った時は、ちょっとショックだったけど。

 けど、いい。その代わりとびっきりの宝物を貰った。『ユメ』という、唯一無二の宝物を。


 


「うーん、さっぱりだ……ま、その内わかるか。んじゃ今日の分の稽古やろうぜ」


「あ、うん……よろしくお願い、します……!」


 


 最初は一方的に魔術を教えるだけだったけれど、いつからか彼は私に剣術を教えてくれるようになった。


 彼が語る世界を平和にするというとてつもない目標に憧れたのもある。けれどそれ以上に、私は追いつきたかった。


 綺麗で、素振りをしているだけでも惚れ惚れしてしまう彼の剣。それを覚えれば、いつか一緒に旅ができるのではないかという淡い願望を抱いてしまったから。


 


 魔術は、自分で言うのもなんだけど得意だ。しかし剣はからっきし。一流の冒険者になるためには魔術と剣、どちらも極めなければいけない。


 彼が魔術を修得しようとしたように、私は剣を修得するべく一緒に修行の日々が続いた。


 日陰に隠れて、誰からも目立たないようにしてきた日々は実際よりも遥か遠く昔の出来事のようで。


 


 私がしたちょっとしたお手伝いがきっかけで魔術が使えることがお父さんたちにバレてしまってからは、もっと忙しくなってしまった。


 天才だと大人のひとたちは褒めてくれたけれど、全然私はそうは思わない。


 だっていつまで経っても剣の腕は上達しないし、未だに彼から一本をとれたことすらない。


 


 彼はもう魔術を修得し始めたと言うのに、彼に比べれば私の才能は非凡だなあと常日頃から思っている。

 だから研鑽を続けよう。魔術も、剣の腕も。


 


 


 彼の隣に並べるように、胸を張って一緒に旅がしたいと言えるように。


 頑張ろう。いつも傷だらけになるこの人を守れるくらい、強くなろう。




「ふふっ…………うん、ゆっくり寝てて。私がしたくてやってるだけだから」


 




 大丈夫。私が絶対、あなたを守るから。


 


 



 


 


「……わお、あんなおっきいの初めて見たな」

 


 その日は運がよかった。宿を探しにたまたま近寄っていた街の上空に、突如として飛来した隕石。

 ボクが目視でしか探知できなかったということは、あれは自然に落下してきたモノではない。

 少なくとも、何らかの意図をもってやってきたことはわかる。



 というか、最近この手の嫌がらせが多い。まったくどこの誰の仕業なのだか。


 


 まあ、なにはともあれ放置はできない。落っこちてしまえばどれだけ被害が出るかは想像に難しくないから。


 

「ちょっと飛ばそうっと」


 


 普段より少しだけ力を入れた走りで、地面をはねる様に疾駆する。


 閉ざされた門を力づくで開けるのは行儀が悪いので、外壁ギリギリで地面を踏みしめ、飛び上がるようにして飛び越えた。50メイルくらいならこの通り、ひょいと軽く超えられる。


 さてどこかやりやすいひらけた場所は……と落下しながら考えているとふと耳に届く、かすかな声。


『誰か……助けて…………っ』

 


 助けを求める声。『勇者』として生を受け、絶えず受け止めてきたその言葉をボクは絶対に聞き逃さない。

 声のする方へ、空気を一時的に圧縮して足場を生み出しそれを蹴って辿り着く。

 ちょうどそこはひらけた広場で、降り立って仕事をするにはちょうどいい場所だった。


 


「うん、いいよー」


 


 仰々しい勇者っぽい口調はボクにはあまり似合わないから、こうして気軽な返事をしながらの登場。

 大体みんな面を喰らうのだけど、声を上げた子はボクをじっと見つめていた。


 こんなに熱っぽい視線を送られたのは初めてだ、と柄にもなく照れてしまったそれを隠す為に頭をくしゃりと撫で回して誤魔化すことにする。


 恐怖に呑まれても、絶望せず、自棄にならず、助けを求める。それがどんなに難しいかを知っているボクの口からは、自然と勇気をほめたたえる言葉がこぼれていた。


 


 さて、気を取り直していつも通り世界を救うとしますかと気合いの雄たけびをあげる。

 勇者としての使命を果たす為、ボクは天へと向けてスティリアを剣へ収束させて銀色の奔流として叩きつけた。


 


 


 


 


 


「君は――……あれ? 気絶しちゃってる?」


 


 


 隕石を粉砕した後、広場で怖い思いを下であろう人々をケアしていた時のこと。

 外套を引かれたような気がして振り返ったらさっきの助けを求めた子供が縋りついていた。


 ……この子は本当に勇気がある。きっと怖い思いをしただろうに、小さいながらもしっかり自意識を保っていた。ボクが隕石をぶっ壊す時も、背中から強い視線を感じて振り返ったら『全部瞳に焼き付ける』とはっきり顔に書いてあるくらいマジマジと見つめられてしまったし。


 


 今だって腰がぬけて歩けないだろうに、ここまで体を引きずってきたのだろう。

 ああ、見込みあるなあ。なんて考えながらしゃがみこんで問を投げようとしたところ、彼の意識が落ちていることに気が付いた。


 


 よくここまでもったほうだ。大人ですら恐怖で気絶しているのが大半なのだし。

 


 それにしても……弟子、弟子ね。



 考えたことはあるにはある。けれど、最初についてこようとした何人かが耐えられず脱落したところで自分から弟子をとろうとは考えなくなっていた。


 強くなりたいだけの人は、きっとボクにはついてこれない。

 だからこそ、この子が意識を落とす間際に言い放った言葉にはちょっと惹かれた。


 世界を救える人になりたい、か。うん……うんうん、いいじゃないか。

 少しだけ興味が湧いてきた。この子とは、ちゃんと話をしてみたい。



 ほどほどに広場にいる人を落ち着かせて、気絶したこの子を背負う。

 さて、キミの家はどこだろうね?


 


 


「あぁ勇者様! 息子が大変失礼を……お、おろしていただいて結構ですので!」


「ん? やあ、この子のお父様かな? 別に構わない……というか、ちょこっとお話したいから、お家まで行っていいですか?」


「……へ?」


「もしよろしければ、案内をよろしくお願いします」

「………………は、はい! もも、もちろん!」


 


 


 ふかぶかと頭を下げたらお許しをいただけたので、早速ご自宅訪問となった。


 背中ではすうすうと安らか寝息が聞こえてくる。

 


「……ふふふ、救ってよかった」




 勇者として旅を初めてはや数年。代わり映えのしない日々であったが、ようやく何かが変わる気がする。


 しっかりとした重さを背中に感じて、ボクは速足で歩いていくこの子のお父さんを追いかけえっほえっほと歩くのだった。

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