かつて、レプトケファルス

今福シノ

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 学年が上がると生活空間が二人部屋へと変わる。それがこの場所での決まりだった。


「ここが、今日からあなたの部屋になります」


 寮監は廊下の途中にある扉の前で止まると、後に続く少女に言う。年齢の割には声に張りがあり、ぴんと糸を張ったような背筋もまた一切乱れがない。


 少女にとって寮の四階は初めて足を踏み入れる場所だった。ここにあるのは全て二人部屋で、今まで生活していた十人単位の大部屋は一つもない。ゆえに、少女は別の意味で背筋を強張らせていた。


「50n、聞いていますか?」


「へ、はい!」


 寮監が少女の番号・・を呼ぶ。『50n』と呼ばれた少女は声が裏返っていた。


「すでに聞いているでしょうが、共同生活を送る相手は最上級生、年生です。色々と学ぶこともあるでしょう」

「はい」

「なにより彼女は――ここで最も高いスコア・・・を持っています」


 言われて50nは自身の左手首に装着された端末を見る。画面には『50』の数字。彼女のスコアだ。


「入りますよ」と寮監は言って生体認証式の扉を開けた。スライド式なので音はほとんどない。寮監に促され、50nもまた部屋へと足を踏み入れる。


「新しく同室になる生徒を連れてきました」


 部屋は八畳ほどの広さだった。無機質な内装で両側の壁にはそれぞれベッド、奥には机と椅子が並んでいる。

 その椅子の片方に、ひとりの女の子が座っていた。


「こんにちは」


 少女はこちらに笑顔を向ける。切れ長の目に薄桃色の頬。肩まである髪は少しウェーブがかかっている。


「では、後は頼みましたよ」


 寮監が部屋を出ていく。扉は閉じ、初対面の少女二人だけが部屋に残された。

 先に沈黙を破ったのは、先輩にあたる方の少女だった。


「この春から八年生よね? 名前は?」

「あ、その、今日から同室になります『50n』です。よろしくお願いします」

「…………」

「あ、あの……?」


 なにかまずいことを言っただろうか。そんな不安が50nにまとわりつく。


「ねえ、せっかくだから二人でいる時は名前で呼び合わない?」

「名前、ですか」


 彼女の提案に、50nは首をかしげるしかなかった。ここで暮らす彼女たちにとっては与えられた番号こそが名前で、それ以外の呼称など存在しないからだ。


「うん。ルームメイトになるのに、番号で呼び合うなんで味気ないじゃない?」

「はあ……」


 50nの生返事を特に気にする様子もなく、少女は話を進める。


「そうね、番号にちなんで50nフィオン、なんてどうかな?」

「フィオン……」


 番号以外の、初めての呼ばれ方。だが50nは、どこかパズルのピースがはまったようなしっくりくる感覚だった。


「気に入ってもらえてよかったわ。じゃあ今日から」

「あ、あの。じゃあ私の方は、なんて呼べばいいでしょうか?」


 50n改めフィオンはく。すると少女は「そうだった、自己紹介がまだだったね」と小さく笑って、


「私は――40rシオリ。気軽にシオリって呼んでくれていいよ」

「はい。えと、シオリ……先輩」

「うんうん、先輩かあ。いい響きだよー」


 シオリは満足げにうなずくと、ウェーブのかかった髪をかき上げる。すると、彼女の右手首に巻かれた端末の画面がフィオンの目に映る。

 表示された数字は、『96』。スコアの最大値が100なので、彼女のはほぼ満点ということになる。寮監の言葉を、フィオンは今になって思い出した。


「それじゃあ、これからよろしくね。フィオン」


 そう言うとシオリは――少女たち『レプトケファルス』の頂点に君臨する彼女は、柔らかに笑いかけた。

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