二人の宝箱

月鮫優花

二人の宝箱

 私がお嬢様と運命の出会いを果たしたのは、19年前のことです。私は終業寸前の玩具店の薄暗いショウウインドウからお嬢様に連れ出して頂いたのです。

 それからはもう、夢のような日々でございました。お嬢様は私のことを毎日抱き上げて、色々なお話をしてくださいました。嬉しかったことも、悲しかったことも、それらを語るときの愛らしい表情の移ろいごと、全てのお話を抱き返したいと思いました。

 お嬢様が私を購入してくださってしばらくしたあと、お嬢様は私を“宝箱”といわれる箱にしまわれました。宝石を模した飾りが幾つか施された赤い箱でした。お嬢様はその特別な箱の中に、私以外に、まず、玉座のミニチュアを入れられました。それは私の身体の大きさに合ったものでした。それから、小さな指輪やガラス細工の薔薇などを入れられました。全てお嬢様の大切なものに違いありませんでしたが、お嬢様は私だけをその玉座に座らせてくださるので、私はもう、私こそが一番お嬢様に愛されているのだ、という妄想に取り憑かれ、勝手に誇らしく感じてしまうのでした。

 私はお嬢様が大好き。

 世界で一番幸せな人形というのは、私のことでございます。

 さて、これは数ヶ月前からのことなのですが、お嬢様が外で活動なさっているお昼頃に、宝箱に“腕”が入ってくるようになりました。お嬢様のものとは違う、ハリがなく、年齢を感じさせる腕。そしてその腕は、宝箱の中のものを取り出して去っていくのでした。

 夜になると、お嬢様がお帰りになって、寂しくなった宝箱をご覧になりました。そのお顔の口は強く結ばれていて、瞳は闇をそのまま閉じ込めてしまったように黒く、怒りも悲しみも映してはくださいませんでした。

 しばらくお嬢様はそうして箱と向き合っていらっしゃいました。

 そして、部屋を退出なさって、少し離れたところで大きな声を出されました。

 「お母さん。」

 「あら、どうしたの?……ええ、あれを捨ててあげたのは私よ。だってあなた、いつまでも人形、人形って、その歳になってまで恥ずかしいでしょう。こうやって少しずつ減らしていけば、いつか人形がなくなっても耐えられる日が来るわ。大丈夫。一緒に頑張りましょうね。」

 もういい、とにかくお人形さんには手を出さないで。そう言ってお嬢様は部屋に戻って来てくださいました。

 お嬢様に抱き上げられながら、ああ、あれらはもう、奴に捨てられてしまったのだ、ということを理解して、心の中で黒い渦を起こしました。

 そんな夜が何回か訪れて、いつしか、宝箱の中の生き残りは私だけになってしまいました。

 そしてとうとう、私もあの忌々しい存在に乱暴にビニール袋に入れられて、ゴミ捨て場に連れられてしまう日が来ました。

 とても嫌な感じのする場所でした。不衛生で、本当にひどい景色。ゴミの臭いが蠢いて、絡み合って、気分が悪くなりました。

 けれど、私はお嬢様が迎えに来てくださることを確信していました。

 実際、その予想は当たり、夜更けにはお嬢様は私の方に駆けていらっしゃって、ビニール袋を破られました。そして、少し冷えてしまった私を、臭いもかまわず抱きしめてくださいました。お嬢様は泣いていらっしゃって、私はそんなお嬢様に、叶うならば、ずっとそばに居たい、とお伝えしたいと思いました。

 家に着くとあの女が玄関にいました。

 「あなた、なんてことをしているの。私が捨てておいてあげたのに。みっともない。」

 お嬢様はそれを聞くと、返事も聞かずつかつかと自室に入られました。

 「ねえ、聞いているの?いい加減になさい。せっかく孤児だったあなたを引き取ってあげたのに。これ以上何を求める権利があなたにあるっていうのかしら。」

 お嬢様はドアの向こうから聞こえてくる鳴き声も気になさらず、私を机の上において手紙を書き始めました。

 そして、手紙を書き終えなさると、もう一度私にしっかりとハグをして、手紙と私を宝箱に入れて、ビニール袋を被せました。

 そのまま引き出しから刃物を取り出して、お嬢様はとてもお上手に自らの手首を宝箱の中に切除なさいました。ああ、私を何度も撫でてくださった優しい手が!でもきっと、お嬢様が選択なさったことならば、それがきっと一番素晴らしいことなのでしょう。

 それに————他の人のものなんて知りようもないけれども————お嬢様の鮮血は、誰のものよりも美しい。

 うっとりしていると、部屋の中に誰かが入ってきて、酷く錯乱して、それから数日経ってしまって、私はとうとう鼻に詰め物をしたお嬢様と一緒の宝箱で眠りにつけることとなりました。本当に光栄なことです。

 

 親愛なるお人形さんへ。

 私とずっと一緒にいてくれてありがとう。

 君の知っている通り、私はお母さんの言いなりになって、医者として働いています。私にとっては、とても嫌な感じの仕事で、特に解剖手術なんていうのは、見たくないものを見なければいけないし、気分の悪くなるような臭いがします。

 でも、君が家で待ってさえいてくれれば、辛いことも耐えられました。

 本当にありがとう。

 大好きです。

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