四十一 刑部(一)
巽茉梨は前王の妃ということで、現王、王妃、長官、次官などが同席するという異例の取り調べとなった。
朝、刑部へと出向くために
「蓮花様。取り調べの最中にはあくびをしないようにしてくださいよ」
「頑張って我慢するようにするわ」
取り調べがどのようなものかはよくわからないが、被疑者は元妃で貴族の娘だ。それほど厳しいものではないと思われる。官吏が巽妃に対して声を荒らげることはないだろうし、取り調べで巽妃が黙秘したとしても官吏が無理矢理巽妃に語らそうとすることはないはずだ。
もし始終淡々と取り調べが進んだら、眠くならない自信が蓮花にはなかった。
「この二日間ほど、巽妃は獄舎で落ち着いた様子だったと聞いているけれど、どうなのかしら。なにか、話してくれるのかしら」
「さぁ、どうなんでしょうね」
芹那はあまり巽妃には興味がないのか、蓮花が食べ終えた皿を下げながら適当な相づちを打つ。
「蓮花様。髪に挿す
「どれでもいいわよ。それに、わたしは取り調べに行くのだから、あまり華美な装いにしない方が良いのでは?」
「そんなことはないですよ! だって、王妃様として泰和殿で政務に初めて参加されるんですよ!? 王妃様としての威厳を示すためにも、華やかな装いが必要ですよ!」
「でも、泰和殿には婚礼の儀式のときに一度出向いているじゃない」
「あれは花嫁姿としての蓮花様です! 今回は王妃様としての蓮花様です!」
「なにが違うの?」
「公務に参加される王妃様としての装いです! お仕事仕様の王妃様です!」
なにやら芹那は蓮花を着飾らせることに力を注いでいるらしい。
「刑部の皆さんが蓮花様をご覧になって、頼もしく美しく聡明な王妃様のご降臨に感激されるような装いにしなければいけないのです!」
「――――あなたに任せるわ」
面倒になったので、蓮花は芹那に丸投げした。
これまで
幼い頃は親類が桓邸にやってきたときに挨拶をしたり、宴会に顔を出したりしていたが、ここ三年はそのようなことが一切なかったのだ。
自分の容姿は十人並みだと思っている蓮花は、父のおかげで着飾る財力があるため桓家の令嬢は美しいと評判なのだと考えている。化粧や襦裙、装身具には
芹那が父親のように方士になると言い出さなくて良かった、と蓮花は最近になってよく思う。
「そういえば、陛下はどのような格好をなさるのでしょうね。蓮花様だけ華やかすぎるとちょっと浮きますから、陛下にもそれなりの格好をしていただきたいのですが」
「陛下はこの三日間、ほぼ同じような装いをしているようにわたしには見えるけど」
朝議の際はさすがに
昨日、蓮花が芹那と一緒に稜雅の部屋に入り衣裳櫃を確認したところ、庶民と同じような衣服が三枚だけ入っていた。反乱の間はほぼ着の身着のままで過ごしていた彼は、即位してからひとまず古着屋で着られる服を手に入れたらしい。
即位したばかりの王が古着屋で服を買うなど聞いたことがない、と芹那は頭を抱えていたが、混乱している王宮では新王の普段着を数日で何枚も仕立てられるようなお針子はいなかったのだろう。
お針子総出でなんとか準備できたものが、婚礼の儀で稜雅が纏った袍と朝議用の袍だったらしい。
「陛下には、蓮花様の夫である自覚を持っていただき、蓮花様と並ぶ際は蓮花様と遜色ない格好をしていただきたいものです」
「陛下は王なんだから、わたしの方が陛下に合わせるべきではないの?」
「そんなことをしていたら、蓮花様が町娘のような格好をする羽目になるじゃないですか! 蓮花様は桓家のご令嬢なんですよ!?」
「それはわかっているけれど……王とはいえ、質素倹約がいまは求められているから」
「蓮花様が装うのは王妃として周囲に威厳を示すためです。贅沢三昧で奢侈に溺れているわけではないのです。それに、絹だの銀の簪だのといった庶民が手に入れられない物も王妃様が買うから作り手の収益になるんです。王妃様が買わなかったら、貴族のご婦人方は皆遠慮して買わなくなりますから、産業が衰退します」
「それ、前に我が家に絹の帯を売りに来た商人の口上の受け売りよね?」
「あたしはあの商人の売り込み方に感銘を受けました! 貴族は国の経済を支えるために物を買い、庶民に財産を分け与えるために大きな屋敷に暮らして雇用を生み出すのだと!」
「はいはい」
あの商人は口達者だったな、と懐かしく思いながら蓮花が粥を食べているときだった。
朝議から戻った稜雅が部屋に入ってきた。
「おはようございます、陛下」
粥の椀を卓の上に置いた蓮花は、稜雅の表情が険しいことに気づいた。
「どうかされましたか?」
女官たちは稜雅のために椅子を運び、食事を並べる。
朝議は一刻近くかかるので、稜雅は起きてすぐに軽く食事をして朝議に出席し、終わってから部屋に戻って朝餉を摂るようにしていた。
椅子に座った稜雅は「うん――」と生返事をして、しばらく考える素振りをした。
その間、蓮花は黙って粥を食べ続け、茄子の漬物を食べ、根菜汁を完食した。
稜雅が再び口を開いたのは、蓮花が食後の苺を食べ始めたときだった。
「実は……」
しばらく迷った後、稜雅はようやく言葉を発した。
「どうやら――前王の遺体が消えたらしい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます