二十七 赤鴉宮-薄暮(四)

「では、初めて王宮でかいけい殿と会われた際、じゅん様に似ていると感じられました?」

「……いいや」


 れんになにを訊かれているのかわからないといった表情で、りょうは首を横に振った。


「前王に会ったのは、彼の首を斬る直前だったし、まともに顔を見たのは死んだ後だ。游会稽が父親に似ているのかどうかまでは、会ってもわからなかった」

「王宮で会稽殿を知る方はいらっしゃらなかったのですか?」

「いることはいたが、三年ぶりに会ったからかなり変わっていると言っていたな」

かく国に留学されていたんですよね」


 游会稽は三年間ろう国を離れていた。

 それにより、彼は父親の暴政と距離を置いていたが、同時に彼を知る者も少なかった。

 稜雅のように、父の死をきっかけにそくを離れた王族は多い。

 当時の王は子供が多かったこともあり、孫たちすべての面倒を王宮で見ることができなかった。

 稜雅のように、貴族の援助を受ける者も多かったはずだ。

 かんきょうが稜雅を支援したのは、いずれ稜雅が王族として力を持つことを期待したからだったし、稜雅が列侯に名を連ねた際は外戚としてさらなる権力を手にすることまで計算していた。まさか王位に就くとは思っていなかったはずだが、可能性が無いわけではないことは考えていたはずだ。だからこそ、享は隼暉を見放し、稜雅に反乱を起こさせた。


「会稽殿を援助されている貴族はいるのでしょうか」

「いる、とは思う。詳しくは調べていないが、一年ほど前から塙国への学費や生活費は王家からは出ていないはずだ」


 その辺りは享が稜雅に説明したのだろう。

 反乱が起きた後、王は反乱鎮圧のために軍事費を増やしたはずだし、塙国に留学している会稽に送る学費や生活費はほとんど出せなかったはずだ。隼暉が劣勢になると、塙国は会稽に帰国をうながしたに違いない。敗者の息子がいつまでも塙国に留まっていては、塙国の方が都合が悪くなる。

 だとすれば、会稽が帰国するための資金援助をした貴族がいるはずだ。


(多分、めいてんしゅうと繋がっている貴族なんでしょうね)


 いまも束慧に暝天衆が存在しているのかどうかは、ごうに尋ねてみなければわからない。

 だが、かつてきんの父と轟を騙すようにして游隼暉の屋敷へ送り込んだ暝天衆は、会稽が塙国へ留学することを認め、そして隼暉が劣勢となると同時に束慧に呼び戻したと考えられる。


(会稽殿は暝天衆と繋がっているから、隼暉様がなにかに取り憑かれていると言っている可能性が高いわ。そして、それをわざわざわたしに伝えるということは、芹那の父がかつて我が家に出入りしていたことを暝天衆が把握していて、わたしと芹那の父との繋がりを会稽殿に伝えた者がいるということでしょうね)


 芹那の父が桓家に出入りしていたことを知る者は少なくない。

 宰相家に出入りしている方士だからこそ、芹那の父と轟は方士の仕事を依頼される機会が増えたのだ。

 桓家も特に芹那の父との繋がりを否定はしなかった。桓家が方士を雇っていたわけではなく、ただ使用人の家族として出入りを許していただけだが、それでも桓家の後ろ盾があるように見られていたはずだ。

 暝天衆がそのことを知らないはずがない。

 そして、すこし調べれば桓家の娘の遊び相手が方士の娘であることはわかる。

 桓邸から出てこない蓮花や芹那に暝天衆が手出しすることはできない。

 桓家の警備は王宮並みに守り固めており、よほどの兇手でなければ忍び込むことができない。素性が明らかでない者はまず出入りはできないのだ。

 芹那が桓邸の前で泣いていた当時はまだ享が宰相に任じられていなかったため、警備は多少緩く、芹那の素性もすぐには調べなかった。五歳前後の幼子を刺客として送り込む組織はないだろうと考えたのと、あまりにもあからさまに門前で泣いていたので怪しむ要素が少なかったのだ。


(問題は、なぜ会稽殿がわたしに近づこうとしているか、よね。単純に、憐憫の情をもよおしてわたしが会稽殿の肩を持つと思ったのかしら。残念ながら、わたしはそういう情に訴えるような話に共感しにくい性格なのよね)


 会稽が気の毒だ、とはいまだに蓮花は思えずにいた。

 游隼暉がしたことがあまりに酷かったから、ではなく、元から同情する感情が薄いなのだ。

 芹那の父が死んだと轟から聞かされたときは悲しかったが、それは父を亡くした芹那が可哀想という哀れみではなく、単純に自分の知人がもう自分の前に現れることがないという事実が悲しかったのだ。


(だからこそ、わたしは会稽殿に同情しないし、感情に支配されて会稽殿を助けようとも思えないのよね)


 どうすれば会稽と暝天衆の繋がりを調べられるのだろうか、とねいねいを抱きしめたまま蓮花は考え込んだ。


「そんなに、会稽が気になるのか」


 低い声で稜雅が囁いた。


「え?」


 蓮花が視線を目の前に向けると、稜雅の顔は不機嫌に歪んでいる。


「気になると言えば気になりますが、どちらかといえば良くない意味で気になります」


 どうも稜雅は、会稽の話題となると途端に不快そうな態度を見せる。

 これまで王族として親しくもなければ、会ったこともなかった従兄にこれほどの敵愾心を彼が向ける理由が蓮花にはわからなかった。年齢が近いからなのか、游隼暉の息子だからなのか。


「良くない意味?」

「そうです。なんというか、裏があるような人に見えるので」

「裏? それは、君の同情を誘ってたぶらかして俺を退位に追い込み会稽が王になろうとしているということか?」

「…………は?」


 たまに稜雅の考えていることは蓮花の想像とずれている。


(わたしをたぶらかすって、どういうこと?)


 会稽にたぶらかされた覚えはないし、彼の立場にほだされたこともない。

 印象が悪いと思うばかりで、次に甯々が会稽に噛みつくことがあっても助けてやらないだろうと思うくらいだ。


「会稽殿は、王位を狙っているのですか?」

「狙えないこともないだろう」

「王家の血を引いている方ではありますけど、会稽殿を支持する貴族がいますか?」


 まったくいない、とは蓮花も思わなかった。

 王家を支える貴族は一枚岩ではないし、隼暉を支持していた貴族だってそれなりにいた。

 王宮の最大派閥であった宰相一派が隼暉不支持に舵を切ったので、稜雅の反乱が成功しただけだ。

 暝天衆がどれくらいの貴族と繋がりを持っているかは不明だが、会稽と暝天衆の間になんらかの関係があれば、会稽を支持する貴族もいるだろう。

 ただ、表だって会稽を支持する者は少ないはずだ。


「君はどうなんだ」

「わたし、ですか?」


 稜雅の質問に蓮花は目を丸くした。


「良くも悪くも気になるのだろう?」

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