鉄治
新之丞は口働きの修行が苦手だった。
それは我慢が利かぬから、何度伝助を張り倒そうと思ったか知れない。悔しくて口の端を噛み切ったことすらある。
ゆえにこの技を磨き抜いた。相手を見て言われたくないことを見つけ出す術。口で先手を取る術を。伝助にぶつけ、兄弟子にぶつけ、師にぶつけ、
「手前ぇ! それ刀っ! クソがっ! やろうってのかっ!!」
よって鉄治のような分かりやすい相手は簡単に分かった。ひと目見て、
だが鉄太は難しい。忍であるならば当然であるが、それにしても
「逃げるなら追わぬぞ?
「はぁっ? っなんでっ! っっっざけっ」
ゆえに狙いは鉄治となった。
水も
そして何よりも大刀である。身の丈よりも長く、抜くことすら困難であろう
派手な拵えは禁制となる昨今でこの鍔。誰に見せることのない山奥でこの輝き。忍でもないだろうに角鍔である。
実が伴わないのに、必要もないのに、自らを大きく見せたがり、人とは違う輝きを求める――それは
もっとも”口働き”で
「鉄冶――ここは」
「ここまで言われて
「――でも、怒られる」
「うるせぇ! 頭を差し出せっつんてんだぞ!」
「ほう、山中が頭なのか? いいぞ、お主見逃してやる」
「あああっっっっ!!!!!! 殺すっ! 手前ぇぶった斬ってやる」
「黙れっ、俺がやる」
「――でも」
「
「でも、二人でやったほうが」
「うるせぇ! 一人でやるってんだよっ! 相手は一人だぞ。複数で寄ってたかって それでも男かよ!」
手伝いを申し出るのは虚勢を張る者にしてはいけないことの一つ。それを知らぬのであれば鉄太も恐るるに足らず。新之丞は最後の仕上げに掛かった。
「なら、お主が使いに行ったほうが良いと思うがな?」
「んだと手前ぇ! どういう意味だぁ!」
「鉄治――話を聞いちゃ駄目だ」
「黙ってろっつったろうが! おい、どういう意味だ? 手前ぇどういう意味で俺が 使いに行けって言ったかって聞いてんだよぉ!」
「私の相手をするならば腕が立つ者が残ったほうがいいと言ったのだ。後ろの男の方 が腕が立つであろう?」
「なら手前ぇの身体に教えてやるよ。俺の
――まさか、そのまま抜けるのか?
背の柄に掛かる手を見て驚きつつも口働きを続けた。
それでも狙いは鉄治。例え抜けたとしても鉄太より下である。
「いいんだぞ無理をしなくても。そんな大刀、お主の
「もういい――殺す」
「でも鉄治っ!」
「うるせぇぇぇっ! 行けってんだ鉄太ぁっ」
「無理せず頼ったほうが良いと思うがなぁ」
「そうだよ鉄治」
「何であいつの言葉にのってんだっ!」
「でも、一人じゃ――」
「うるせぇつってんだ! 次”でも”っつったら手前ぇから殺す! 行けっっっ!! 一人で出来るんだ! 俺は! 一人で殺って来たんだ! 手前ぇより殺してんだ! 頭んとこにだって俺が先に来たんだからよぉっ!」
「うぅぅぅぅ」
「いいか。これは命令だ! 戻って頭に知らせろ! とっとと失せろっ!」
叩き付けるような鉄治の言葉。鉄太は背を向け走る。水桶に足を掛けつんのめって転げるように河原から山へと入っていった。
――あの先に山中がいる。ただそれだけのことに気が昂ぶった。逃げられただとか、合流されるだとか、後で
「おっと、追いかけられると思ってんのか?」
「邪魔だ」
「っざっけんなっ!? 今更なんだ。俺をご指名だろうがっ」
「ああ、それは分かっていたのか」
「当たり前ぇだ!
「――黙れ」
煤宮にないはずの先手を取りに行く自分に驚き。その驚きに身を任せた。
一歩、二歩と前に出る。
まだ遠い、まだ遠いと思いながらも柄に掛かった手は止まらない。
「おおおおっ、来やがれっ!」
更に身体を沈めた勢いそのままに両手を離すと大刀の全身は中空に
大きな
「ほう、見事だな」
「はっ、胆が冷えたか? もう遅せぇぇ!」
身の丈に合わぬ大刀を
したが所詮は曲芸、武芸足り得ない。
幾ら抜いて構えようが得物は大刀。幾ら準備万端待ち構えようが上段に構えれば後は振り下ろすことしか出来ぬ
「ぶっつぶれろぉぉぉ!」
薩摩武士もかくやと言う叫び声。木々を揺らし山々に
やはり見事と言うほかない鋭さではあったが。
やはり”身の丈に合わぬ大刀にしては”という
哀れな虚勢が持たせた大刀が断てるのは新之丞の
深々と突き刺さった大刀。持ち上げられず震える腕。
新之丞が刀を
「あ、ああぁ――」
眉は垂れ下がり目には涙を
だが新之丞の牙は容赦ない。紙一重で避けた大刀の上を滑らせるように刀は走り、斬り上げた先は顔の下。首筋を刃が通り抜けると、鉄治の顔には哀れみも何もかもの一切が映ることはなくなった。
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