会ってくれない王弟殿下へのご機嫌伺い
「はあ・・・」
大きな鏡に映る自分を見つめて溜息をつく。
ここは王城内の父の執務室にある個室で、私は専属メイドのアイシャに化粧直しをされている。
「カノン様、口紅をひきますから、動かないでくださいね」
「はいはい」
私の名はカノン・ローゼット・ハウアー。
ハウアー伯爵家の長女である。
そしてこの国の王弟であるベルナルド様の婚約者候補の令嬢でもある。
これからベルナルド様の執務室にご機嫌伺いに向かうための準備をしているところだ。
と言っても。私が執務室に行ったところで今日もベルナルド様にお会いすることは叶わず、追い帰されるのだろうけれど。
私がベルナルド様の婚約者候補になって早5年。
もうすぐ18歳になる。それは所謂「適齢期を迎える」ということだ。
ベルナルド様は現国王の年の離れた弟君で、男性の適齢期である23歳になるのにまだ結婚する気はなさそうに見える。
おかげで私は周囲から婚姻を求められているのにも関わらず、結婚どころか、婚約者候補のままで婚約者にすらなれていない。
元々ベルナルド様には相思相愛の婚約者様がいらっしゃったのだけれど、5年前に事故で亡くなられてしまった。ベルナルド様は未だその婚約者様の事を愛している上、亡くなられてすぐに婚約者候補になった私の事を嫌っているから会ってもくれない。まあ人の不幸に乗っかるような令嬢はごめんこうむりたいのはよくわかる。
私だって、ベルナルド様に恋い焦がれているわけでもない。
確かに背が高く美形で細マッチョだから令嬢達からの人気はものすごいよ。でも、忙しいとか不在だとか言って全く会おうとしないベルナルド様に対して、どうしたら恋心を抱けるというのだ。無理にきまってる。
それに本来、ハウアー家の子供は私だけだったので、私はどこかの次男か三男あたりと結婚して婿をとってハウアー家を継ぐようにと幼い頃から教育を受けてきたのよ。それなのに、お父様とお義母様との間に男児、つまり弟が生まれたので私は政略結婚の駒に成り下がったのだ。
その駒が嫁ぐのに最優良物件がベルナルド様というわけ。
私は伯爵令嬢だもの。政略結婚して当然だわ。お婿さんを貰うのがお嫁に行くに代わっただけ。貴族の結婚なんてそんなものだ。
それでも頑なに拒否するんですもの。溜め息だってでちゃうわよ。
今日だって、王城で文官としてお父様の執務のお手伝いをした後に、ベルナルド様の所へご機嫌伺いに伺って、門前払いを食らって帰宅するのが目に見えるわ。
「はあ・・・」
虚しい・・・虚しいなあ・・・。
「カノン様、さっきから溜息がすごいですよ」
「うううう」
分かってるわよ!だって出ちゃうんだもの!
「殿下のもとに行かれるのにそのように暗い顔をなさって。せっかくのお美しいお顔がもったいないですわよ。ほら、それに猫背になっていますわ」
「はああ・・・わかったわよ」
更に深い溜息を一つついて姿勢を正した。
「アイシャ、おかしなところはないかしら?」
全身鏡越しに専属メイドのアイシャに問うた。
映った自分を見つめる。
少し上がった猫目の大きな目にくっきりとした二重。長い睫はくるんとカールされ、グリーンの瞳はキラキラと輝く。すっとした鼻筋。柔らかいピンクの紅がさされた小さな唇。
腰まである金髪は仕事中にしていた三つ編みを解けば、綺麗にウェーブがかかっている。
耳の上で止められた繊細な銀細工の髪飾りに、春らしい菫色のふんわりとしつつも動きやすいドレスがよく似合っている・・・たぶん。
私は父の執務を手伝って文官業をしているので、ゴテゴテしたドレスより、シンプルで動きやすいドレスを好む。だから色だけでもかわいらしい令嬢らしく淡い色のドレスにしているんだけど。
「はい、カノン様。今日もお美しゅうございますわ」
と言ってくれているのだから似合っているのだろう。
アイシャは髪飾りを直し、鏡越しに私に微笑みかけた。
そうなのよ。自分で言うのもどうかとも思うけれど、私って美人だと思うのよね。まあ、
愛想はないけれど。
私は両手の人差し指をぴんと立てて、自分の頬をむにっと上へ突いた。
こうして無理やり口角をあげて顔の筋肉を固定したら作り笑顔の完成。
「では、参りましょうか」
執務室の奥にある休憩室のドアをあけてもらう。
「お父様、行ってまいりますわ」
執務机に座る父のハウアー侯爵に挨拶をする。お父様は手を止め私に微笑みかける。
「カノン、気を付けて行くのだぞ。ベルナルド殿下にしっかりアピールしてくるのだぞ」
毎日のことだけれど、圧がすごいな。
「はい、頑張ってまいりますね」
どうせ会ってくれないんだけどねと心の中でぼやく。
「それでは皆様、お先に失礼いたします。ごきげんよう」
作ったばかりの笑顔を崩さず、文官たちに声を掛けて父の執務室からベルナルド様の執務室に移動する。
付いてくるのはアイシャだけ。
ここは王城内。至る所に警備兵たちがいるので護衛は不要なのだ。
さて、さっさとベルナルド様の執務室に伺って来よう。
今日も「今忙しいそうです」と文官に言われて終わりなのだろうと思うとだんだん足取りが重くなってくる。
毎日来る懲りない令嬢という立ち位置として厄介者あつかいされているのだから、本当は行きたくない。けれど、仕事で王城に毎日来ているのだから、ベルナルド様にご挨拶もなしに帰るなんて粗相は決してしてはならないわけで・・・こうやって毎日通っている。
「ベルナルド様に会うために仕事もしてもいないのに父親の執務室に来ている」などという噂を耳にすると悲しい気持ちにもなるけれど、それも伯爵家令嬢として家の為に婚約者になるには気にしている場合ではない。
よしっ、頑張ろう!
小さく気合を入れて俯きかけた背筋を伸ばした。
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