第1話 放蕩王子VSクソ雑魚ナメクジ





 15歳の成人まであと少し。

 何も功績も能力もないなら廃嫡も免れないギリギリ崖っぷちな俺だったが、だからこそ残された時間を怠惰に過ごそうと決めた。


 なので、朝遅くまで寝坊。

 起きたら飯を食って酒も飲んで昼寝。

 夕方に目を覚ましてまた飯を食って酒を飲んで酔っ払って寝る。

 

 うん、三日で飽きました。


 この世界の俺の身体は14歳。成長期真っ盛りなわけで体力がありあまっているわけよ。

 それを一日動かないで喰っちゃねしたところで、疲れるわけがない。

 酒の力を借りて眠るのも限界でして、だったら他の所で体力を消費すればいい?


 残念!

 俺ことアクセルくん、いままでさんざんメイドたちにセクシャルハラスメントをかましてはいたけれど、セクシャルな実技にまでは至っていない。

 

 すなわち童貞である。清い身体である。

 成人まで性交渉をしてはならないなんて決まりはない。むしろ、貴族としては盛大に血族を作る義務すらあるから、家風によってはウエルカムである。


 実際に屋敷のメイドたちも親元からそう言い含められて奉公に出て来ているみたいだし、貴族の御手付きになってワンチャンってのは平民の数少ないドリームチケットだ。本来なら、もっとガツガツしてきてもいいはずなのだが、俺は相も変わらずメイドたちに遠巻きにされている。


 まあ、こんな廃嫡されるかも知れん無能の御手付きになったところで旨味は少ないか。

 だいたい俺自体、性格も生活態度も最悪だしね。

 そして何よりアクセルくん、どうも性教育全般を受けてないらいしい。


 本当であれば先達とか身内がそれとなく指導してくれるんだろうけど、その身内から放擲されたアクセルくんは人望も皆無でっす。

 かといってメイドたちを手籠めにするほどの度胸もないアクセルくんが、脱・童貞! を目指して出向いたのか過日の娼館。

 そこで筆おろしをしてもらおうとして番頭と揉めた挙句、出禁ですよ。残念ながら当然かなって。


 とまあ、普通なら性欲を持て余しそうな14歳の思春期ボディなのだが、なんということでしょう、前世の俺の記憶と融合した結果、見事に枯れ果てています。

 仮にムラムラしても、いまさらメイドたちに手を出す気にはなれなかった。

 そういう下地があれば分からんかったけどね。


 前世の激務に晒された日々―――思い出すだけで吐きそう―――において、俺の唯一の楽しみは、超過勤を終えて自宅に戻り、食事を摂りながら撮りためた録画やオンデマンドの動画を見ることだけ。

 疲労のあまりすぐに寝落ちしてたけどね。

 ちなみに、酒を飲むとさらに寝落ちしやすくなるから、ほとんど飲まなかった。

 せいぜい、翌日が休みの時くらい? ……翌日が休みの日ことなんてあったかなあ。



 というわけで、この世界でこそ、かつての楽しみを満喫しようと頑張ってみた。

 

 食べるものも、無駄に凝ったものを作らせてみたり。

 ステーキの上にステーキを載せたものとか。

 

 酒は……ビールは庶民のもので、王族や貴族は飲まないんだってさ。本当ぉ?

 仕方なく、雑味の多いワインを水で割ったり蜂蜜を入れたりしてがぶ飲み。

  

 館のバルコニーにテーブルとソファーを準備して、そとの景色を見ながら食事を楽しむ。

 料理も美味いしグランピングみたいで楽しー!と思ったけれど、そんなのは本当に最初だけ。


 こっちの世界にテレビなんてものはない。

 基本的に、娯楽が少ないのだ。

 

 ってことで、最先端の余興ってことで、街から吟遊詩人や歌姫を召喚。

 俺だけのために楽器を弾いて歌を唄ってもらう。


 優越感は素晴らしかったけど、内容あんまり面白くなかった。歌声も綺麗なんだけどね…。

 一緒に控えていたメイドたちは感激していたけど。中には感極まって泣いていた子もいたけど。


「お耳汚しを…」


 って演奏が終わった途端、吟遊詩人が土下座ですよ。

 俺が詰まらなそうな顔をしていたからですかね?


「ご苦労」


 俺はそう言って銀貨の入った袋を渡してやる。 

 もちろん俺が直接ではなく、テレレ経由だ。


「そ、な、こんなに…?」


 吟遊詩人が青ざめているけれど、相場なんて良くわからん。銀貨自体テレレにお任せして準備してもらったものだもの。

 俺はニカっと笑う。


「もう夜も遅い。帰り道には気を付けろよ。なんなら泊まっていくか?」

「い、いえ! お言葉だけありがたく頂戴しておきますぅ!」


 涙目のまま吟遊詩人は後ずさる。


 そんな彼の頭上には、『23』という数字が浮かんでいた。


「ときに、貴様の齢は幾つだ?」

「は? え、あ、はい、20と2でございます」


 ふむ。思ったより若いな。

 俺は下がれとばかりに手を振る。

 すると、吟遊詩人は弾かれたようにテレレとオリヴィエの間を抜けて去って行く。

 兎族の前を脱兎とはこれいかに。


 ダジャレ染みた思考はともかく、俺はどうやら俺にだけしか見えていない数字の意味を理解し始めていた。

 後ろに控えているメイドたちを見る。みんなして12~14の数字が浮かんでいた。


「おい、モニカ」

「は、はひッ!」


 もはや顔なじみというか、一番目にする機会の多いメイドが彼女だ。


「おまえ、齢は幾つ?」

「じゅ、14でありましゅッ!」


 いちいち噛むのがあざとい。もとい可愛い。

 それはともかく、俺の見えている数値は、どうやら年齢を現しているようだ。+1くらいは誤差でさ。

 

 …なーんて単純にそう思った俺だけど、テレレとオリヴィエ兄妹を見て認識を改めました。


 テレレ『81』 

 オリヴィエ『84』


「あー、テレレ。おまえたちはいま何歳? ってゆーか、兎族って寿命が長かったりする?」


 そんな風に訊ねた俺に、テレレは不思議そう。


「私たちは17歳です。我々兎族も寿命は只人と変わりませんよ」


 やっぱ俺より年上か。

 って、実年齢と数字が一致してなくね?

 じゃあなんなんだよ、この数字は。


 そんな疑問は、手持無沙汰で館をウロウロと歩き回り、中庭兼鍛錬場に来た時に発覚した。


「どれ。少し稽古でもするか」


 俺も剣の心得がないわけじゃない。伯父さんが失望するくらい圧倒的に才に欠けるだけで。


「いいか。おまえの腕を見せてみろ。護衛としての実力を知りたい」

「よろしいのですか?」


 応じるオリヴィエの目から虚無の光が消えていた。


「お、おう。でも軽くだぞ、軽く!」


 お互いに木剣を持って対峙した鍛錬場。

 いや、初手で分身からの三連撃は反則でしょ?


 どうにか一撃を捌いたと思ったら続く一撃で木刀を叩き落され、三撃目で喉元に切っ先を突き付けられてフィニッシュ。


「…強いんだな、オリヴィエは」


 俺が素直に感嘆していると、


「兄は、村でも一番の腕っこきですから」


 テレレが凄く嬉しそう。

 オリヴィエもどこか恥ずかし気に木剣をしごいている。

 いや、そんな目で見られても、これ以上の稽古はノーセンキューよ?


 ともあれ、仮説に至る材料を得た俺は、更に補強すべく町へと繰り出すことに。

 もちろん馬車に乗ってお貴族様ムーヴ全開である。


 護衛の二人はともかく、メイドたちの代表としてモニカも乗っている。なんかもう顔は真っ青で泣きそう。そんなに俺と一緒に行くのは嫌か。

 まあ、今までの記憶を思い返す限り、ロクなことしてねえな俺。


 ついで、元の俺なのだが、ひねくれ過ぎて半ば自暴自棄になっていたらしく、街の様子とかほとんど覚えてねえでやんの。

 だから今日のお出かけは、それらの情報収集や補強の目的もある。

 街中に美味そうな屋台とかあったら最高じゃね? 変わった酒もあればゲットしたいし。

 他にも店や人の数もカウントしておきたい。

 まあ、そこらは代官所へ訊ねれば一発かも知れないけど。

 

 だけど外の空気を吸うのはいいなあ。 

 

 ポッカポッカと馬の足音が響く。

 意外としっかり舗装されてるのな、道。

 

 館を出て15分くらいすると中心街らしき場所へ差し掛かる。

 露天商が軒を並べ、人通りで混みあっていた。


 商人、町人、衛兵。物々しい格好をしているのは冒険者か傭兵か?

 連中の頭上には、例によってもれなく数字が浮かんでいるわけだが、だいたい数字と当人の関連性が見えてきた。

 

 まず、基本的に数字と本人の年齢は連動してる。

 本人が7歳なら浮かぶ数字も7だ。


 だけど、それは一般人の話。

 何かしらの経験や技術を身に着けた人間の場合、その数字が上昇修正されるようだ。

 

 根拠はオリヴィエの異常な戦闘力。

 ちなみに街中の冒険者とかの強面の連中を眺めても、オリヴィエより高い数値は見られなかった。

 …意外と強いのねチミ。


 中には50を超えている人もいたけれど、なんかヨボヨボの爺さんみたい。

 ひょっとしたらこの数値、年齢と連動はしているけれども、ピークを過ぎれば降下するんじゃなかろうか。


 その考察は追々するとして。

 なんで俺にだけそんな数字が見えるんだ?


 ちなみにこの世界には魔法がある。

 館の書斎にある本に記してあった。

 けれど回復魔法といった甘えたものは存在しない。

 なかなかにスパルタンな世界である。


 攻撃魔法や身体強化などどいったバフ魔法は花形らしいが、どうも俺のように数字が見える魔法は存在しないようだ。

 

 となれば、俺固有のスキルなのか。いわゆる転生特典とかってやつ?

 けれど、数字が見えるだけってなんの役に立つっていうんだ。


 救いがあるとすれば意識しないと見えないことだな。始終見えていたら鬱陶しいことこの上ない。

 

 気づけばぐるりと中心街の周辺を一周したようだ。

 

「戻られますか? 馬車を留めて降りてみますか?」


 訊いてくるテレレに、俺はちょっと考え込む。

 このまま街で買い物や食事もいいが、その前に見てみたいものがあった。


「いや。このまま郊外へとやってくれ」

「畏まりました」


 街の中心から外周へ。

 進むにつれ、どんどん建物がまばらになっていく。

 替わりに切り開かれた農地が広がって、その間にポツリポツリと集まっている粗末な建物は農家かな?

 

 集落から少し離れた場所には鬱蒼とした森。

 よくよく見れば、手前に道らしきものが出来ている。道の横には丸太や整地のための道具が積まれていた。

 森の中に道を通すための工事中か。

 今日は休みか知らないが、工事現場で働いている人間はいなかった。

 替わりに、ガキンチョどもが棒切れ片手に奮闘している。


「おい、テレレ。あれは何をやっているんだ?」

「…見たところ、魔物を狩っているようですが」

「魔物?」

 

 目を凝らす。子供たちの足元には、クソでかいナメクジみたいな怪物が…って、ナメクジだろあれ。


「ジャイアントスラッグですね」


 まんまやん。

 内心でツッコミつつ、俺は目を凝らす。ジャイアントスラッグとやらの頭上らへんに浮かぶ数字は3。

 対するガキどもは6~8で、こっちもまんま年齢に準じているっぽい。


「停めろ」


 命令して馬車を停止させる。

 そこから颯爽と降り立った俺は、棒切れを持ったガキの群れへと割って入った。


「そこのけ子供たち! 我が怪物を退治してやるわ!」


 ブーツに包まれた足を上げて、思い切り振り下ろす。

 ぐちゃ! っとナメクジが飛び散り、同時に俺は足首を押さえて蹲った。


「ど、どうされました!?」


 慌てて駆けつけてくるテレレに、ガキどもは全く容赦がなかった。


「だっせー! あの兄ちゃん、ナメクジ踏みつぶして足挫いてやんの!」


 パーフェクトすぎる指摘だった。

 だが、俺は痛みをねじ伏せるように大地に立ったまま、にこやかな笑顔で命じる。


「モニカ。塩持ってきて」

「は、はい!?」

「いいからさっさと持ってこい!」

「は、はひぃいい!?」


 モニカがどこかへ走っていく。

 しばらく待つと、なにやら壺みたいなものを持って戻ってきた。


「いいか、見てろ、ガキども!」


 受け取った俺は、壺の中の塩を、まだウヨウヨいるジャイアントスラッグの群れへとぶちまけた。

 すると、案の定、しおしおに小さくなっていくクソナメクジたち。


「おおおおッ」


 みんなが目を見張る中、俺は得意満面だった。



 間もなく俺の悪評に、『貴重な塩をナメクジにぶちまけたアホ貴族』というモノが加わるのだが、その時は知る由もなかった。




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