ソロキャンする武装系令嬢ですが王女になりまして

ルーシャオ

第一部 子爵家令嬢時代

第1話 旅立ちたい、この家から

 私はイグレーヌ。バルドア王国モーリン子爵家の次女であり——位はかなり低いが王位継承権を持っている。


 まあちょっと待って、我が家は厄介なのよ。


 まず、我がバルドア王国の法律では『王位継承権者の子が双子ないし多胎児である場合、最後に生まれた子にのみ王位継承権を付与する』となっている。これは一時期王家で双子が三組生まれて、一気に王位継承権者が増えたことと、争いを少しでも減らすために取られた措置で、今もなお現役の法律であるがゆえに、モーリン子爵家には私の母であるモーリン子爵夫人アンブロシーヌと私という二人の王位継承権者がいることになる。ちなみにだが、私の母は現国王の九番目の妹だ。だから末席ではあるものの王位継承権がある、というわけだ。とはいえ、母は病気療養のため静養先の別荘に籠りきりで、年齢的にも王位は望めないことから実質的にモーリン子爵家の王位継承権者は私だけだ。


 そのせいで、私はとにかく双子の姉に気遣って生きてきた。


 幼いころ、私がおもちゃで遊んでいると姉がやってきてこう言うのだ。


「イグレーヌばっかりいいおもちゃがもらえるのね。王位継承権を持っているからでしょう?」


 これにいちいち反応するのが父モーリン子爵である。


「ああ、違うよアヴリーヌ! イグレーヌ、おもちゃをもらっていいね? アヴリーヌにも遊ばせてやらないと不公平だろう?」


 そうなると、決まって私は姉アヴリーヌへおもちゃを渡さなければならなかった。口答えをする雰囲気ではない、王位継承権をもらえなかったかわいそうな双子の姉のために、となるのだ。


「……はい、お父様。お姉様にあげるわ」


 私はそのたび嫌な気持ちになったが、王位継承権をもらえなかった姉のために嫌な顔一つするわけにはいかない。


 それに、次代の王位を継ぐ可能性のある若い王位継承権者のみお城に呼ばれることもあり、それに対しても姉は文句を言ってきた。


「イグレーヌはお城へ行けるのに、私は行けないのね。ああ、羨ましいわ。お城でどんな楽しいことをしているのかしら」


 何だそれは、と私は不快に思ったが、説明したって姉は話を聞かない。お城では公式の場に出なければならないときのために最低限のフォーマルマナーを教わるだけ、同世代の子どもたちはきちんとしているから無駄口ひとつ叩かない。それに、子爵家の令嬢と話したってしょうがないとばかりの態度で、話しかけたって冷たくあしらわれるだけだから会話もしない。まったく楽しくないところに、王位継承権を持っているからというだけの理由で押し込まれ、どうせ活用するころには忘れているだろうマナーを教えられるだけだ。


 そんな調子で、私は何かをもらってもことごとく姉に取られる。双子の姉アヴリーヌのほうがきらびやかで、高価で、質がよくて、珍しいものを持っていなくてはならない、と母の目の届かないモーリン子爵家屋敷では暗黙の了解ができていた。


 だからと言って——婚約者まで渡さなくてはならなくなるとは。






「イグレーヌ、お前との婚約は破棄する。モーリン子爵に頼んで、アヴリーヌと婚約することにしたよ」


 わざわざ朝からモーリン子爵家屋敷にやってきて、私の婚約者であるラングレ侯爵家次男ランパードはそう宣言した。


 今日は友人たちを招いてのガーデンパーティの日だ。お城のように、とはいかなくて、我が家もそれなりに財産があるため数十人くらいの規模のパーティなら余裕でこなせる。やってくる貴族令嬢たちのために取り寄せた一番摘みの紅茶ファーストフラッシュに、王都でも人気のパティシエに依頼して長テーブルいっぱいに並べられた色とりどりの甘いお菓子、男性陣には生ハムやローストビーフ、焼きたてのパンはどれもふわふわ——そんな浮かれた雰囲気の中なのに、ガーデンパーティの開始前に私の気分を台無しにしたランパードは、屋敷のエントランスで衆人環視の場だというのに私を指差して、とんでもないことを言い放つ。


「お前よりアヴリーヌのほうがお淑やかで、可愛らしくて……何よりお前にずっといじめられてきたそうじゃないか」

「は? どういうこと?」

「そうやってとぼけるということは、事実なんだな。王位継承権を持っていることを笠に着て、家ではやりたい放題。そう聞いたぞ」


 まるで招待客たちにも周知させるかのように、ランパードは私の正体を暴いているのだ、とばかりの正義感たっぷりの言葉だ。


 ——ランパード、ここまで馬鹿だったんだ。


 私は激しく落胆した。ランパードは侯爵家次男坊という恵まれた生まれ育ちで、顔だって美人のお母上譲りの——それにしては中の上くらいだが——そこそこの美男子だというのに、残念ながら甘やかされた結果、きわめて思い込みが激しく何でも自分の思い通りにしたがる厄介な性格をしていた。政略結婚だから私も目を瞑っていたが、まさかランパードから婚約を破棄してくるとは思いもよらなかった。それをしたかったのは私だ。私のほうがずっと我慢していた。絶対。


 ざわつく若い招待客たちも、驚く使用人たちも、状況が呑み込めていないらしく誰も割り入ってこない。つまり、私はこの馬鹿げた茶番劇に自分で対処しなくてはならないのだが、正直なところ嫌いな男との婚約の破棄を子どものように手放しで喜ぶわけにはいかない。


 何せ、貴族同士の結婚はおおむね政略結婚だ。結婚する当人たちの意思ではなく、家そのものや家長たる当主の意思によって決定されるものだ。そこには数多の損得勘定があり、決してわがままで覆していいものではなく、婚約に関する契約書だってきちんと数十枚以上の規定事項を記した文量を誇るのだから、どれだけ重大な話かなどそれこそ子どもでも分かる。


 とはいえ、ランパードは私の父であるモーリン子爵に頼むとまで言った。婚約する両家の当主たちが同意するなら、確かに婚約破棄も可能だ。何事もなく同意するなら、だが。


「はあ。ランパード、一応聞くけど……ラングレ侯爵もご承知のことなの?」


 ここでランパードは目を泳がせ、痛いところを突かれたことをあからさまに隠せていなかった。


「ま、まあな。父上はお忙しいから詳しくは話せていないが、話せばきっと分かってくれるだろうさ」


 何という杜撰な婚約破棄の計画だろうか。せめて自分の父親の承諾くらい得てから、婚約破棄を宣言するべきである。


 だが——私もランパードほど馬鹿ではない。この話の裏に、元凶がいることは直感的に察知していた。


 その元凶と思しき人物が、エントランスの階段を降りてきた。


「ランパード、こんなところにいたのね。あら、イグレーヌも」


 舌っ足らずな声は、たおやかそうに聞こえる。金髪の巻き毛は私よりもふわっふわにカールさせて、絹のツーピースドレスはお姫様のようだ。


 私の双子の姉、アヴリーヌがハイヒールをゆっくり鳴らしながらやってくる。相変わらずお姫様のような格好でお姫様のように振る舞うことが好きで、屋外活動したりリネンやツイードの服を好む私とはまったく異なる。双子なのにね。


 ランパードは助けが来たと喜びをあらわに、私を押し除けてアヴリーヌの前へ身を乗り出した。


「やあ、アヴリーヌ。待たせたね。君との婚約について説明していたんだ」

「そうなのね。イグレーヌ、いいわよね?」


 ——ああ、やっぱり。


 私は無表情になり、すぐに諦めた。


 私の婚約者ランパードを、姉アヴリーヌが欲しがっている。それならば、父のモーリン子爵は断らないだろう。ラングレ侯爵を説得し、双子の姉妹だからどちらでも問題ないとでも言うのかもしれない。


 姉アヴリーヌが私のものを欲しがるのは、今に始まったことではない。昔からずっとだ。手に入らなければいじらしいことを口にし、父にする。そして私は、王位継承権以外はどんなに大事なものであっても、姉のために欲しがられたものはつつがなく譲り渡すと決まっていた。


 こうなれば、私が抵抗する意味はない。お馬鹿なランパードや姉アヴリーヌ相手に真っ当な道理を説くなんて無駄なことはしない。


 私は、諦めの境地に達しているので特に怒りも悲しみもなく、欲しがりやの姉へ譲る。


「どうぞ、お好きになさって。私には分不相応な男性でしたから」


 くるっと踵を返し、私はエントランスから外へ出る。ここから屋敷内を通ってまっすぐ自分の部屋に帰るのもしゃくだから、ガーデンパーティ会場でお菓子をつまみ食いして、遠回りして戻ろうと決めた。


 ちょうど庭園の門をくぐったところで、私は腕を掴まれ、引き止められた。


「ちょっと、イグレーヌ! あなた、本気で婚約破棄なんか受け入れるの!?」


 私よりもずっと悔しそうに、婚約破棄に憤慨してくれている同年代の友達、マリアンだった。赤みがかった金髪は夕日を浴びているかのように美しく、いつもバーガンディのシックなドレスを隙なく着こなす彼女は私の従姉妹でもあり、ちょっとだけ正義感が強いが誰かを思いやることのできる貴族には希少な人格者だ。


 マリアンは興奮のあまり、私の返答次第ではランパードと姉アヴリーヌへ突撃しかねないほどだ。それはそれで困る、私はどうどうとマリアンを落ち着かせる。


「しょうがないじゃない。お姉様は言い出したら聞かないもの。それに、私のことすっかり悪く言ってるみたいだし、もういいわ。もういい、私、お母様のところに行く。しばらく帰らないわ」


 あんなにはっきりと皆の前で謂れもない私の悪口を言った以上、私がそうでなかったとしたらランパードは大恥をかく。ひいては姉アヴリーヌも泣き出し、事態は混沌を極めることになるだろう。であれば、私はさっさと身を引いて、ほとぼりが冷めるまで雲隠れするほうがいい。あの場にいた人間は大体分かっているだろう、ランパードによる私への悪口が真実であってもでまかせであっても『外野は様子見したほうがいい』案件だと。


 マリアンはそういう打算を抜きにして、私の気持ちを確かめに追いかけてきてくれたのだから、これから私がどうするかくらいは伝えるべきだ——まあ、これが初めてというわけでもないし、マリアンは妙に納得して私の腕を離した。


「あー……、一人旅?」


 私はこくんと頷く。母の住む療養地はここ王都からずっと北西にあり、行ってくつろいで時期を見て帰ればちょうどいい塩梅だ。帰ってくるころにはランパードも姉アヴリーヌも私のことなんか眼中になくなっているだろう。


 ただ、マリアンが口にしたように、私は『一人旅』をする。


「うん。大丈夫、ちゃんと騎士領を通っていくから安全よ。お父様だってお姉様にかかりきりで私のことなんか放ったらかしだもの」

「もう、思い切りよすぎない? とりあえず、あなたの風評については私に任せて。できるかぎりのことはしておくから」

「ありがとう、マリアン。表向きは私は傷心で引きこもったってことにしておいて」

「それはそうよ」


 マリアンは神妙に、両腕を組んでぼそっとこう言った。


「王位継承権持ちの貴族令嬢が武器とキャンプ道具一式持って野営しながら旅するなんて、誰も信じてくれないでしょ……」


 そのとおりではあるが、そう面と向かって言われると何だか照れる。


 私はモーリン子爵家次女イグレーヌ。バルドア王国王位継承権を持つ貴族令嬢で——一人旅ソロキャン大好き女子なのだ。

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