夢の宮殿

鰹節の会



 かなり寒い。


今年初めて着たダウンジャケットを首に寄せて、僕はそう思った。

ふと、ポケットの中に固いものを感じる。


 取り出してみると、やや黒ずんだ帽子付きのドングリだった。

どうやら去年からポケットに眠っていたらしい。捨てるのも忍びないから、そっとポケットの中に戻した。長丸いどんぐりは、角度のついた掌からポケットの中へと転がり落ちた。


 こうしてはいられない、何か用事があったのだった。


祖父の墓参りに行くために、花束を買いに行くのだ。

花屋は最寄駅の目の前にある。ここから歩いて十五分ほどだろう。少し遠いが、家族から頼まれたのだから仕方がない。帰りがけにコンビニで何か買おう。


 見慣れた道を踏み締めれば、さぞ冷たいであろうコンクリートの大地が足の芯に響く。

あまりの寒さに、思わずポッケへ手を突っ込む。どんぐりの固い表面が指先に当たった。



 祖父が死んだのはちょうど一年前だ。

あんなに元気だった祖父が死んだのが、今も信じられない。


 脳溢血で倒れたと聞いた時、僕の人生は大学受験に差し掛かっていた。

葬式にも行けず、ついぞ今の今まで、祖父の死に対する直感というか、納得が済んではいなかった。ただ、大変な時期だからと頭から追いやり、それを取り戻すことができなくなってしまった。


 それも、今日の午後には解消するはずだ。

祖父の墓に花を添えて、手を合わせればいい。



 カリッと指先で音がした、取り出してみると、どんぐりの帽子が取れていた。

一度、帽子を元の位置に嵌め込んで様子を見たが、元通りになるはずもなく、僕は再びどんぐりをポケットに戻して前を向いた。


 冬の寒い空気のせいか、何だか息苦しかった。



 駅は無人だった。


そんなはずはないのに、それが自然なような気もした。

ここには僕しかいないのだ。


 花屋は開いていた。

いつものように、音楽がかかっていた。


 そこで花束を買った。

墓参りの花に規定の種類があるのか分からなかったので、祖父が好きそうな花を買った。名前はわからないが、紫色で綺麗だった。


 店員がいなかったので、代金はテーブルの上に置いておいた。

何だか眩暈がしていた。


 顔にかかる鬱陶しい花束のビニールの匂いを嗅ぎながら、紫色がぼやける。

胸が苦しくて、気分が悪い。


 誰もいなかった。


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