2.アルマリエラの狙い(梓乃視点)




「つまり、要約すると、お前はどこまでいってもバカということか」

「はぁ? なんでそうなるのよっ。てか、バカって言うなぁっ」



 ベッドの上にちょこんと正座させられたエリは、憤慨ふんがいして叫んでいた。



(なんだか、おかしなことになったものね)



 梓乃しのは目の前の光景に頭が痛くなった。

 あれだけ心配していたエリの中の異物が、ラファエラの知り合いだったとは夢にも思わなかった。

 しかも、その異物の元宿主が自分の知っている人物などと、予測できるはずもない。


 梓乃は溜息ためいきを吐いてから、朱里を見つめた。

 彼女は既に光のおりから外へと出されており、梓乃同様、大人しく成り行きを見守っていた。



「とにかく。あたしはイギリスでモデルや女優業をこなしながら、自分の宿主の女性と神霊しんれい本来の仕事をしていたのよ。だけど、あたしは元々、日本文化に興味があったし、お休みを利用して日本に旅行に来ていたの。そしたら、旅行先の京都で車にはねられて、宿主の女性が死んじゃったんだってば!」


「だから、それが間抜けだというのだ。どうして任務を放り出して、日本へ来るのだ。それにだ、なぜ、お前が憑いていながら、車の気配を察知して避けられない」


「だ~か~ら~! 日本旅行は宿主の意向でもあったし、極力、旅行中は表に出ないようにしていたのよ。それに、あたしも旅行を満喫していたしね。ま、まぁ、その結果、死んじゃったのは本当に申し訳なかったと思うし、あの人のことを思い出すと、本当に悔しくて悲しくて、泣きたくなってくるけど……でも起こっちゃったんだから、しょうがないでしょ?」



 唇を尖らせてそっぽを向くエリに、ラファエラは更に文句を言おうとするが、話が先に進まなくなるのを恐れて、梓乃が口を開いていた。



「私もカリスマ美容師などと言われてテレビに出たこともあったから、業界人として、あなたの宿主のことは昔からよく知っていたわ。元スーパーモデルにして、イギリスの大女優。そんな彼女が日本旅行中に亡くなったことも、一時期大騒ぎになっていたわね。でもそれ、随分前のことでしょう? 確か二年前だったはず。それなのに、肉体から解放されたあなたがエリちゃんの中にいるのは辻褄が合わないわ。それほど長い期間、宿主なしの状態で生きられるはずがないもの」

「当然でしょ? だって、まだ話の続きがあるもん」



 エリはふてくされながらも続ける。



「丁度その頃、修学旅行に来ていた女子中学生がいたのよ。で、その子がホント、あたし好みでメチャ可愛い子だったのよぉ。だから、速攻、その子にコンタクト取ったんだけど、なんと、一発OKしてくれちゃったのよぉ。あたし、運命だと思ったわ。この子と出会うために、あたしは日本に来たんだって。でも、それなのに……」



 突然、エリは肩を震わせ始めた。



「あのクソ野郎に! あたしの大切な、大好きな久美くみちゃんが殺されたのよっ」

「殺された……? 待って。久美ちゃん? それってまさか、最近、この街で発見された女子高生の遺体の名前じゃ……」



 先日、公式発表される前に梓乃へ連絡が入った事件がある。

 それが、女子高生惨殺事件であり、その被害者の下の名前がまさにそれだった。



「そうよっ。音無久美おとなしくみ。あたしの神生じんせい最高のパートナーだった女の子よっ。それなのに、あのふにゃちん野郎が急に襲ってきて! あたしは何度も肉体の支配権変わろうって言ったのに、あの子、できるだけ普通の女の子でいたいからって、言うこと聞いてくれなくて! それで結局追いつかれてそのまま……」



 その時のことを思い出したのか、エリ――アルマリエラと呼ばれた神霊は俯き、怒りと悲しみで肩を震わせる。


 その時の光景を脳裏に思い描き、梓乃は憂鬱ゆううつな気分となる。


 亡くなった魂がどこへ還っていくのかはわからない。

 再び魂となって転生してくるのかもわからない。


 しかし、これだけは言える。

 神霊や邪霊じゃれいに喰われた魂が、もう一度、人として生を受けることはないのだと。


 梓乃は亡くなった少女のために軽く瞑目してから、再度、口を開いた。



「それであなたは命からがら脱出して、新たな宿主を探し彷徨っていたところで、エリちゃんを見つけた、と」

「……そうよ。しかも、あのクソ野郎に襲われてる真っ最中とか、どんな偶然なのよっ」

「なるほど。ということは、やはり、あの吸血事件の犯人はタミエルで間違いないということかしら」



 梓乃はラファエラを見る。



「だろうな。だが、解せんな。それならどうして、お前は奴をその場で八つ裂きにしなかった? お前もイギリスを統括する長の一人だろう。タミエルごとき、赤子の手をひねるようなものだと思うが」


「あんた、相変わらずね。よくも悪くも、何も変わらないわ。霊体のまま攻撃できるわけないでしょうが。そんなことしたら、最悪、タミエルはおろか、エリちゃんごと、この街が吹っ飛ぶわよ。そんなことできるはずないでしょうがっ。しかも、ガブリエラ様の匂いがエリちゃんの中から漂ってたら、なおのことよ。だからあたしは時機を窺っていたのよ。そしたら、朱里しゅりちゃんたちが殴り込んできたじゃない? あたし、チャンスだって思ったわよ。混乱に乗じて、誰にも気取られずに中に入り込めたんだからね。でも、いざ契約しようと思ったら、エリちゃん――貴弘君の魂がどこにも見当たらないじゃない! それで仕方なく、ずっと体中を探してたら、なんか変な霊力スポットみたいなところがあって、そこに引っ込んじゃってんのよ。まるですべてから逃げるようにね。まぁ、魂の状態も大分すり切れてたし、仕方ないんだろうけど」


「霊力スポット……なるほど。そういうことか。だから、検査では異常が見られなかったと」



 そう反応したラファエラの口元が、なぜか笑みを浮かべていた。

 そのことにいち早く気がついた梓乃だったが、口は挟まなかった。



「そうね。あんなおかしな状態、あんたが使った装置ではそこまで検査できないでしょうしね。まぁ、とにかく、そんな状態だから、このまま放置したら確実にこの身体は死んじゃうわよ。魂が肉体を放棄してるようなものだしね」

「それってつまり、どういうことでしょうか?」



 それまで成り行きを見守るだけだった朱里が、真っ青な顔をして口を挟んでいた。


 梓乃とラファエラは既に答えを得ているが、何も語らない。

 ラファエラはひたすら無表情で。

 梓乃はただ沈鬱ちんうつな顔色で。


 アルマリエラはとどめの一撃を口にする。



貴弘たかひろ君は、霊体的にも、内面的にも傷つきすぎて、死にたがっている」

「そんなこと、あり得ません!」



 静かに告げたアルマリエラに対して、間髪入れず、朱里は叫んでいた。



「あっていいはずがないんです。お嬢様が、貴弘様が自ら死を選ぶだなんて、そんなこと、絶対にあり得ない! あっていいはずが……だって……そんなこと……」



 俯き震える朱里に、アルマリエラは表情を曇らせる。



「気持ちはわかるわ。でも、しょうがないじゃない。貴弘君、すべてに背を向けて、肉体を放棄しちゃってるんだから。一応、部分的に肉体とは繋がっているけど、身体を動かす気が一切ないから、このまま放置したら、栄養不足で肉体が腐っちゃうわ。だけど、それを防ぐ唯一の方法があるのよ」

「――お前がエリの身体を支配し、代わりに動かすということか」



 無表情で静かに言うラファエラに、アルマリエラは指をパチンと鳴らすと、先程の暗い顔もどこ吹く風、渾身の笑顔を見せる。



「ご名答~。幸い、支配するのに邪魔になる受動体じゅどうたいは壊れているから、気にする必要ないしね。だから、あたしは簡単に肉体を支配できたんだけどね。まぁ、仮の支配だから、その気になればいつでも外に出られるけど~」


「なるほど、だから、お前はエリの身体から出ないということか」

「そゆこと~」


「ふむ。一応筋は通っているが、一つ、肝心なことを忘れていないか? 我々神霊は宿主の魂と霊体の一部を繋ぎ、それを通じて霊力を分けてもらっているから生きていくことができるのだ。だが、お前は宿主の魂と契約という形で繋がっていない。それはつまり、肉体を支配したとしても栄養補給ができないことを意味する。宿主は摂食行為をすることで栄養を肉体に蓄積させ、その一部を魂へと還元するが、我々にそれはできないのだからな。何が言いたいかわかるか?」


ち神や邪霊憑じゃれいつきと一緒って言いたいんでしょ?」

「そうだ。仮にエリを延命させられたとしても、今のお前では長く保つまい」



 冷たい響きを伴うラファエラの言葉だったが、アルマリエラは残念がるどころか、大きな瞳をキラキラ輝かせながら、ベッドの上で、はねるように立ち上がった。



「だからこそよっ。だ・か・ら、そこで必要となってくるのがズバリ、朱里ちゃんなのぉ」



 胸の前で両手を組んで、くねくねし始めるアルマリエラ。

 浮かない顔をしている朱里は、話の矛先が自分に向けられたことに戸惑った様子を見せる。

 しかし、ベッドの上の少女は気にせず、にかっと笑う。



「朱里ちゃんと毎日毎日、愛を語らい合えば、問題のすべては解決するの。ほら、あたしって男は大嫌いだけど、女の子はだいこ――大好きじゃない? だ~か~ら~♪ 朱里ちゃんと未来永劫、メイクラブしてその度にちょこ~と、霊力分けてもらえたら、オールOKってわけ。名案だと思わない?」


「却下だ」

「なんでよっ!」


「そんないかがわしい真似、断じてさせるわけにはいかないな。それに、人の魂を喰らうことは勿論だが、契約者以外の人間から霊力を吸うことも禁止されていることを忘れたわけではあるまい?」


「だけど、今は非常事態だからしょうがないじゃない! それとも、エリちゃんや貴弘君が死んだっていいって言うの? ガブリエラ様の霊体の一部が消滅しても構わないってわけ? あたし、なんとなくだけど、あんたやガブリエラ様が何を考えているか、わかってるんだけどぉ? あんたたちがエリちゃんを失いたくない理由って、違うわよね? 貴弘君が大事だからじゃないわよね? ガブリエラ様のことが――」



 アルマリエラが面白そうに何事か言おうとした時だった。

 ノックもせず、一人の女性が駆け込んできた。

 部屋の外で警護の任に就いていた研究員の女性だった。



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