第16話  帝国の罠

 関所を越えて更に二週間。皇都に到着した。途中に町は一つしかなく、その町もあまり栄えているとは言えなかったが、流石に皇都はかなりの発展をみせている。


 背の高い建物や綺麗に整備された石畳。皇都の中心を走る大通りは店が立ち並び、住民や行商人で溢れかえっていた。


 監視のためにつけられた黒い鎧の騎士達と一緒に活気のある街中を進む。バルド皇国の騎士団とシンクレア伯爵家騎士団、合わせて百五十から二百名での大移動だ。少々鬱陶しいが仕方がない。


「どうぞ、こちらへ」


 皇城へ着くと、門番の騎士にそう言われて中に案内された。城内に案内されたのは最低限の人数と言われたので、私とディルクの二人だけだ。


「一ヶ月もせずに再訪されるとは、もしや戦況に変化がありましたか?」


 廊下を歩きながらそう聞かれて、なんの話かと眉根を寄せてしまった。


「……いえ、戦況に変化は無いはずです」


 副騎士団長がこの場でどう話をしているのか分からない為、曖昧に答える。すると、案内してくれた騎士が微笑んで口を開いた。


「おぉ! あのヴェネト帝国を相手に何度も防衛を果たすとは……! 正直、エルテミス王国をその辺りの小国と同等と思っておりましたが、過小評価が過ぎたようですな!」


 騎士は上機嫌にそう言って笑う。その様子を見て、再び違和感を感じた。だが、軽はずみな言葉は口にできない。


 それから二、三やりとりをして、三階にある大きな両開き扉の前に辿り着いた。黒い金属を下地に金や銀の装飾が施された見事な扉だ。


「開門を」


 騎士がそう口にすると、扉が内側から開かれる。


 廊下も広かったが、扉の向こうはまた豪華な広間だった。天井は高く、それを支える柱は装飾の施された大きな円柱である。左右には色ガラスがはめられていて、平間の中を美しく彩っていた。正面最奥には階段があり、段上には真っ白な椅子と、冠を被った黒い衣服に真っ赤なマントを羽織った人物の姿がある。


 バルド皇。確か、代替わりしたばかりで年齢も四十代前半のはずだ。あまりジロジロと見ないように気をつけつつ、広間の中ほどまで進んで片膝を突いた。この辺りの作法は近隣の国は似たところが多い。


 ディルクも同様に私の斜め後ろで片膝をついて姿勢を低くし、頭を下げる。


「エルテミス王国、シンクレア伯爵家のソフィアーナ・フレイ・シンクレア嬢。同家騎士団、上級騎士ディルク・リースランド殿。陛下の御前である。頭を下げよ」


 もう既に下げているのだが、そこは黙って姿勢をそのままにしておく。儀礼の為の決まり文句だ。


「陛下。謁見希望者二名、揃いました」


「うむ」


 低い男性の返事があった。少し間を空けて、その低い男性の声が再び聞こえてくる。


「二人とも、顔を上げるがよい」


 言われてから、ゆっくり顔を上げる。段上からこちらを見下ろすバルド皇は温和そうな顔立ちだった。


「お目に掛かり光栄です、陛下。私はシンクレア伯爵家の長女、ソフィアーナ・フレイ・シンクレアと申します」


 挨拶をすると、ディルクも後に続く。その後、バルド皇から話を進めてくれた。


「うむ、よくぞ来てくれた。つい先月訪れたビザン殿が勇ましく戦いの様子を教えてくれたが、その後の進捗の報告か?」


 笑顔でそう言われて、思わず戸惑う。ビザンというのは副騎士団長の名前で間違いないが、いったいどんな話をしたというのか。少し不安に思った私は、さり気なく探ることにした。


「はい。その通りです。しかし、どこですれ違ったのか、我々はビザンと顔を合わせることなく皇都まで辿り着いてしまいました……大変申し訳ありませんが、ビザンはどこまでお伝えしておりましたでしょうか?」


 頭を深く下げてそう尋ねると、バルド皇は朗らかに笑った。


「おお、そうであったか! それくらい何も問題ない」


 バルド皇はそう前置きすると、ビザンが話した内容について教えてくれた。


「ビザン殿から聞いたのは、見事にヴェネト帝国の猛攻を軽微な被害で防ぎ切った、というところまでだ。正直、聞けば聞くほど帝国の力は強大で恐ろしいものだというのに、ビザン殿は清々しいまでに勇ましい! いや、エルテミス王国の王が羨ましいくらいだ。まさか、同盟の話を断られるとは思いもしなかった」


 と、バルド皇は言って笑う。


 なんだ、なんの話だ。まさか、我が国の話ではあるまい。戦いの状況を知っている者がそんな選択はしない筈だ。


「ちょ、ちょっと待ってください。陛下……我が国は確かに幾度も帝国の猛攻を防ぎ、いまだに一歩も我が王国の土地を踏ませてはおりません。しかし、徐々に物資に余裕がなくなってきております。私も含めて我が国の使者は各国へ同盟を結ぶ為に訪れているのです。それなのに、ビザンが同盟を断ったというのは……」


 そう告げると、バルド皇は眉根を寄せて表情を変える。そして、考え込むように自らの顎を片手の親指と人差し指で撫で、唸った。


「……どうも、聞いていた話と違うようだ。さて、どちらの言葉が正しいのか。いやいや、普通に考えるならば、聖女を擁する大国が人口二万程度の小国を攻撃しておるのだ。其方の言葉が正しいはずだと理解はしておるよ。しかし、仮にもビザン殿はそちらの国の王家騎士団副騎士団長であろう? その者が、そんな大局を見誤った行動をとるなど……」


 バルド皇はそう呟くと、まるでこちらの反応を待つような態度で沈黙する。


「……もちろん、私もビザンが余程の馬鹿などとは思っておりません。しかし、そうなると、後はビザンが王国を裏切り、帝国が有利になるように動いているとしか……」


 そう言いかけて、思わず呼吸を忘れる。


「その通りだ。今の話を聞いて、それが最も可能性として高いだろう」


 バルド皇は冷静に、そう答えた。

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