第15話  同盟国

 ベルタン公爵領を出て、すぐに私はシンクレア伯爵家に向かいヘレナとディルクに声を掛けた。


「同盟の話が進んでいないようなので、私が一度話を聞きに行ってみようかと思います」


 そう告げると、ヘレナが顔面蒼白で首を左右に振る。


「だ、ダメよ! そんな危険なこと……!」


 ヘレナのその言葉に、ディルクも無言で頷き、口を開く。


「ソフィアーナ様。帝国が大陸東部に攻め込んできている状況です。エルテミス王国内ですら混乱し、治安は悪くなっています」


 ディルクのその言葉に、口の端を上げて上目遣いに顔を見る。


「ディルクが守ってくれるでしょう?」


 そう聞き返すと、ディルクはグッと口を閉じ、再び無言となる。当主代行であるヘレナの手前、勿論とは言えないのだろう。


 しかし、その力強い目には確かに自信が漲っていた。


 黙っていても、ディルクがやる気なのを感じ取り、ヘレナは慌てる。


「ちょ、ちょっと二人とも! 本気で他国に交渉に行くつもりなの!? 完全に越権行為よ! 陛下に怒られるだけじゃ済まないわ! 陛下はきちんと外交の為の人員を最低限の人数で派遣しているの。その人員に私たちは入っていないわ」


 珍しく、ヘレナが声を荒げる。それだけ大変なことなのだ。それは十分に理解しているし、後日どんな厳罰を受けるか分からない。


 だが、もはやそれしかないのだ。たとえ、私が死罪になったとしても、エルテミス王国が残り、皆が無事であるならそれ以上の喜びは無い。


「……私は、意地でも行ってみせるわ。過去の同盟国、バルド皇国に」


「過去は同盟国だったとしても……」


 決意を固めてそう告げると、二人は驚きに目を見開いた。ヘレナが不安そうに呟くが、今はそれすらも気にしている余裕はない。


 シンクレア伯爵領に戻ったばかりだが、今から一週間以内には準備を終えて出立しなくてはならないのだ。





 馬車八台。一時的に無理を言って騎士団と傭兵、合わせて約八十人を引き連れての移動を開始する。切り立った岩肌を眺めながら、深い森と山の切れ目を北へと移動する。


 バルド皇国はエルテミス王国に接する比較的大きな国だ。以前、聖女が生まれたことのある国であり、かつての大国である。しかし、今は勢いを失って衰退の一途を辿っている国だ。


 それまでエルテミス王国はバルド皇国の庇護にあったが、現在は同盟関係が解消されてしまっている。


 しかし、過去には同盟国だったのは間違いないのだ。少しでも可能性があるならば挑戦すべきだろう。


 そう思ってバルド皇国を目指したのだが、国境に設置された関所まで辿り着いた時、予想外のことが起きた。


 バルド皇国ではなく、エルテミス王国の騎士団と遭遇したのである。関所の向こう側から現れたということは、ちょうどバルド皇国の皇都から来たのだろうか。


 もしそうならば、同盟はどうなったのか。そう思って、馬車から降りて関所の前で待った。


 関所は砦のような造りをしており、大きな石造りの建物だ。関所には常に千人以上の皇国騎士団が常駐しており、厳重に国境を守っている。


 その砦の向こう側からこちらに向かって馬に乗って向かってくるエルテミス王国の騎士団は、恐らく僅か二百名ほどだろう。その後ろから更に別の黒い鎧の皇国騎士団が付いてきている。


 関所を通過すると、白銀の鎧を着たエルテミス王国の騎士団はこちらに気がつき、歩みを止めた。


「全体、止まれ!」


 野太い男の声で号令が発され、騎馬の騎士達が整列する。その先頭を進んでいた騎士が、私の乗る馬車に近づいてきた。


 馬車から降りて一礼し、顔を上げる。すると、そこには見知った顔があった。あの副騎士団長である。


「む? まさか、シンクレア伯爵家のご令嬢ではないか」


「騎士の皆様、バルド皇国に交渉に? 結果はどうでしたか?」


 聞き返すと、副騎士団長は険しい顔になって首を左右に振った。


「バルド皇国は全く当てにならん! 臆病風に吹かれたのか、抗う気すらないのだ! 悪いことは言わん。ご令嬢がたも帰られよ。今は、戦う気がある者たちで一致団結すべきだ!」


「……同盟は、ならなかったのですね」


「ふん! 帝国の属国にでもなる気なのだろう。到着して数日も待たせられた挙句に、会談をすればのらりくらりと……!」


「数日……今の状況でそれは困りますね。私達も諦めましょうか」


 そう告げると、副騎士団長は深く頷いて騎士団の列に戻って行った。


 騎士団が去っていく背中を見送っていると、ディルクが歩み寄り口を開く。


「……本当に帰るのですか?」


 その質問に、静かに首を左右に振った。


「帰らないわ。周辺の国全てを味方につけるくらいしないとダメだからね。少しでも可能性があるなら全力を尽くさないと……」


 そう言うと、ディルクは僅かに首を傾げる。


「先程の返事は、違う感じでしたが」


 その言葉に、少し声のトーンを落として答えた。


「……少し、引っかかるところがあってね。あの言い方だと、バルド皇国は最初から帝国と戦うつもりがないという感じだったけど、本当にそうなのか……うん。やっぱり、違和感があるわね」


 そう告げると、ディルクは面白そうに目を細める。


「……ソフィアーナ様が望むなら、お供しましょう」

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