第14話 限界の防衛戦
馬に乗って先を進むディルクの背を見る。馬が可哀想なくらいの大きな背中だ。
馬車を扱える子女十数名が交代で五台の馬車を走らせ、公爵領に物資を届ける。それだけのはずなのに、皆不安で寝込んでしまいそうだった。
口々に不安を訴えるが、意外にもベルティラが皆を励まし、ディルクの剣は山でもなんでも切ってしまうんだ等と言って場を明るくしてくれた。
途中で一度だけ盗賊集団に襲われたが、ディルクとギゼル達が難なく追い払ってくれた。
そして、公爵領に着く。
公爵領の公爵家居城には以前来たことがあったが、その変わりように息を呑む結果となった。
城は怪我人で溢れ、運び込まれた物資が乱雑に積まれている。門番に案内される形でその中を進み、広間へと通された。
そこには大きな机が幾つか並べてあり、周囲に多くの見知った顔があった。
「ソフィ!?」
一番にこちらに気がついて名を呼んだのはルクテリだった。
「お兄様、お久しぶり」
挨拶をすると、皆がこちらに向かって歩いてくる。
「ソフィ、元気そうだね」
すっかりやつれてしまったレリウスにそう言われ、胸が痛くなった。あの元気だった父の姿を思い出して切なくなる。そして、誰よりも目を引いた人がいた。
「お久しぶりですわね、ソフィ」
落ち着いた声で名を呼ばれて、泣きそうになるのを堪えながら頷く。
「……お久しぶりね、エラ」
そう言ってエランジェを見ると、微笑みを浮かべて頷いた。エランジェは別人のように痩せてしまっていた。綺麗なドレスを着て身ぎれいにはしているが、そんなことでは誤魔化せないほどの痩せ方である。
「大丈夫?」
端的に尋ねると、エランジェは強く頷く。
「大丈夫ですわ。むしろ、以前より運動するようになって体の調子が良いくらいですわ!」
そう言って、エランジェはお嬢様らしい笑い方で笑ってみせる。それに微笑み、頷く。
「そうね。エラは誰よりも強くて美しい女性だもの。私が思っていた通りだったわ」
「ええ、そうですわ。私は誰にも負けませんわ」
二人でそんなことを言って、笑い合う。ベルティラは一歩離れたところで涙を浮かべて口元を両手で隠していた。
それを見ていたのか、奥から白髪の老人が歩いてくる。学院長のレガリオだ。
「おお、ソフィアーナ君……いや、元気そうで安心したぞい」
「学院長。ご無沙汰しております」
ベラティラと一緒に頭を下げると、レガリオは楽しそうに笑った。
「ほっほっほ! いやいや、久しぶりに会えて嬉しいぞい。本当なら、ここで色々と話をしたいところなのじゃが、実は困ったことになっておるのじゃ」
「困ったこと?」
聞き返すと、レガリオの言葉に皆が表情を変えた。
「聖女が戦場に現れてから、明らかに相手の動きが変わっておる。もしや、聖女には癒しの魔術以外にも特殊な魔術を使えるなんてことはないかの?」
「特殊な魔術? いえ、それはないかと思いますが……」
答えつつ、頭を働かせる。
聖女が現れて動きが変わったというのは、単純に指揮官が変わって戦い方が変わったということではないのか。
いや、それならば聖女を疑うのはおかしい。やはり、身体能力か何かが変わったと考えるべきだろうか。
そこまで考えて、二百年ほど前の聖女の話にそんなものがあったことを思い出した。しかし、その話は私にとっては疑わしいものだったのだ。
「……そういえば、過去の話に聖女を擁する国は騎士の力が大きく向上するという話がありましたが、それはその国だけで起きたことで、聖女との関連性は見られませんでした。個人的にも、他の聖女の資料とは全く違う逸話だった為、信用すべき資料ではないと判断しましたが……」
そう告げると、レガリオは腕を組んで唸る。
「ふぅむ……なるほど。それについては陛下に報告しておこう。どちらにしても、対岸に聖女が現れたことで帝国軍の士気は高まった。一方、味方陣営は混乱が広がっておる。これをどうにかせねばならんじゃろう」
レガリオがそう呟き、レリウスも首肯する。
「今、帝国は被害を出したくないから少しずつこちらを追い詰めて降参させようとしている。その方が、殆ど無傷のエルテミス王国の領土が手に入るからね。でも、もし方針を変えて総力戦を仕掛けてきたら……」
レリウスの言葉に、場の空気が沈む。そこに、エランジェが胸を張って笑い、否定の言葉を発する。
「何を仰っているんですの? 我がエルテミス王国はこれまで一度も帝国軍の渡河を許しておりませんわ! これが後一か月も続けば、近隣諸国も味方になってくれるかもしれませんですわ! いえ、もうすでに動き出してくれているかもしれませんもの! もう少しの辛抱ですわ!」
力強くそう言ってから、声を出して笑う。その様子を見て、レガリオとレリウスも元気づけられたのか頬を緩めていた。そして、ルクテリがこちらにそっと歩み寄り、小さな声で話しかけてきた。
「……エランジェ嬢は、皆が落ち込む度にああやって励ましているんだ。ソフィの言っていた同盟国を募って勝利するという道を諦めていないんだよ」
「……そうですか」
ルクテリの言葉に静かに頷く。エランジェの気持ちを支えているのは、私が提案した同盟による防衛だ。しかし、あまりにも同盟の話が進まな過ぎる。何か、理由がある筈だ。
「……私も、ちょっと動いてみましょう」
そう告げると、ルクテリは目を瞬かせてこちらを振り返ったのだった。
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