第13話 敗戦の気配
それからというもの、毎週入ってくる情報は良い情報ばかりだった。
この日も、ギゼルは旅慣れした商人や女を引き連れて街に戻ってきた。長期間にわたって人口が増えている為、王都や伯爵領から物資を補給している為だ。
その時に、同時に戦いの状況や被害について確認している。
「ソフィアーナ様。今回も帝国の軍勢を退けることが出来ました。しかし、物資はどんどん足りなくなってきています。また、怪我人も多く、砦の増築も進めていますが、修復もある為、思うようには……」
ギゼルの報告を聞き、厳しい状況ながら何とか防衛が出来ていることに安心する。
それと同時に、大きな違和感もあった。
「……地の利があるとはいえ、防衛をこれだけ成功していることが奇跡よ。それにしても、聖女がこれだけ一箇所に留まっているのに、どうして魔獣の被害が出ないのか。それが分からないわ」
そう呟くと、ギゼルは首を傾げる。
「魔獣の被害ですか」
あまりピンときていないようだ。戦場でそういった話は出ていないのだろうか。
疑問に思いつつも、ギゼルに尋ねる。
「聖女がベルタン公爵領のすぐそばまできている。そうすると、聖女の聖域の範囲に入って公爵領と王都、後はこのシンクレア伯爵領の半分くらいは魔獣の被害が減ると思うわ。でも、反対に聖域の外側は西から追い立てられた魔獣達が暴れ、被害を生む筈……」
「え? そうなんですか?」
と、ギゼルは驚く。つまり、私の予想に驚くぐらい魔獣の被害が出ていないということか。
聖女の聖域の恐ろしさは本来はそこなのだ。聖女を有する国と争うと、戦場と反対側に魔獣が現れて被害を受ける。そうなると戦力を分散せざるを得ない。
だが、今のところ我が伯爵領では全く魔獣の被害が出ていない。普通なら小さな被害や中型の魔獣の目撃情報などがあるが、それすらも一切無いのだ。
「……まさか、それだけ今代の聖女の力が強いということ? そんなはずはないのだけど……」
小さく、口の中で呟く。しかし、聖女の力が強くなっている以外に理由がつかない。竜のように余程大型で強大な魔獣が近くにいるなどの理由がない限り、聖女によって追いやられた魔獣達は必ず近隣のどこかに現れる。
それも、街道や草原といった普段は出てこない場所だ。本来棲む山や森といった暮らしやすい場所は元々そこに棲む魔獣たちがいる為、縄張り争いのような状況になるせいである。
そういった話が少なくとも伯爵領内で出ないということは、本来なら更に北部にある山に強大な魔獣が棲んでいると推測するところだが、それは無いはずだ。
「ソフィアーナ様?」
名を呼ばれて考え込みすぎていたことに気がつく。考えても仕方がない。聖女の力が思っていたものと違ったとしても、すでに戦いは始まっているのだ。
気を取り直して、ギゼルには今後必要になるであろう物資と調達先を伝えておいた。母のヘレナが伯爵家の当主代行になっている為、一応その辺りも進言しておこう。
ギゼルには別れを伝えて、ヘレナのいる執務室へと向かった。部屋に入ると、ヘレナはいつになく真面目な顔で書類を見つめている。
「あ! 良かったー! ソフィ、ちょっと教えて欲しいの!」
ヘレナは私に気がつき、嬉しそうにそんなことを言う。
「何についてですか?」
執務机に近づきながら聞き返すと、ヘレナは眉をハの字にして書類を差し出してきた。
「これなんだけど、どうにも余裕がなくて……」
そう言って渡された書類には、全体的な物資の動きや予算の流れが書かれてあった。
「……お金に関しては仕方ないとして、物資が厳しい。これでは、後一ヶ月も戦っていれば何も送れなくなってしまいます」
「そうなの……一番重要な武器や食料も無くなるし、何よりも薬の在庫が完全に底をつくわ」
「……同盟はどうしたのでしょう? これだけ互角に戦ってみせたのに、同盟の話は全く進んでいないのですか?」
書類から視線を外してヘレナを見た。同盟について尋ねると、首を左右に振られてしまう。
「それが、同盟に関してはやはり聖女と相対する形になることで躊躇ってしまうみたいなのよ」
その言葉に思わず腹が立った。
「帝国が攻めてくれば同じことでしょう? 何を悠長なことを……」
以前は聖女として、敵対する国の動きを見ていた。だから、その感覚の違いが出たのかもしれない。しかし、それにしても他国の動きが悪い。エルテミス王国の周りには二つの国があるが、領土を拡大した帝国は大小合わせて四つの国に隣接した状況だ。それだけの国があって、どの国も帝国の奴隷になることを選ぶのか。
こうなったら、売れる物は全て売ってしまうしかない。だが、それでも一ヶ月。よくて二ヶ月の延命にしかならないだろうが……。
「……もう、私財だけでなく、城でも何でも売る他ありません。得た金銭で他国から物資を補給しましょう」
「で、でも、ソフィ。物資が入っても人が足りないわ。もう動ける男は皆戦場に行ってしまったのよ?」
「私が運びます。馬車を動かすくらい問題ありません。ベルティラや他の子女と一緒に参りましょう」
「ダメよ。危ないわ。今、公爵領はかなり治安が……」
若い女性だけで向かうと知り、ヘレナは顔面蒼白になって止めた。
「ならば、物資を準備している間にギゼルが来たら、護衛をお願いしましょう。ディルク兵士長達は防衛の為に外すことは出来ませんから」
「……いえ、大変かもしれませんが、二週間で往復するなら大丈夫よ。ディルクと後五人、騎士を連れて行きなさい」
「良いのですか? 同盟の話に同意しない以上、下手をしたら帝国に味方をして少しでも優位な属国の立場を得ようとする国が現れるかも……」
反対に心配になってそう尋ねると、ヘレナは苦笑して首を左右に振る。
「その時はもうどうしようもないわよ。良いから、騎士を連れて行きなさい」
「……ありがとうございます」
母の言葉に感謝すると同時に、何も出来ない自分に悔しい気持ちになる。
私が今世も聖女であったなら……。
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