第7話  冬休みのお嬢様

 冬休み。なんの気まぐれか、エランジェに呼ばれて公爵領に赴いた。ベルティラも一緒である。


「うわー! 山が真っ白ですよ、ソフィアーナ様!」


「多分、シンクレア伯爵領の方が真っ白よ、ベル」


「あ、そういえばそうですね!」


 頭に真っ白な帽子をかぶった山々を見て、馬車の中からベルティラが嬉しそうに身を乗り出して叫ぶ。それに馬車を守る騎士達が笑っていた。


「ベル。ずっと窓を開けていると寒いわ。凍えてしまいそう」


「本当ですね! 息が真っ白!」


「閉めて欲しいって言ってるの!」


「あ、ごめんなさい! すぐ閉めます!」


 そんなやり取りをしてやっと窓が閉まったと思ったら、十分、二十分もしない内に外の景色を見てまたベルティラが窓を開けて身を乗り出す。


「うわー! ソフィアーナ様! 大きな川です!」


「シュフール川よ。中心はかなり深いみたいで、大型の魔獣が出るから近づかないように」


「そうなんですね! 怖いです!」


「私は寒いわ、ベル」


「あ、すみません!」


 こんな冗談みたいなやり取りをしながら、道中を過ごした。ちなみに馬車の中で火の魔術などは王国の法律で使用が禁止されている為、使うことが許されていない。本来なら火の魔術を封じた魔鉱石ランプで十分暖を取れたはずなのに、ベルティラのせいで全く暖かくならない。快適な旅路のはずが凍えそうな思いをする羽目になった。ベルティラめ。


 寒い寒いと言っていると、やっとベルタン公爵家の城が見えてきた。


 真っ白な美しい城だ。城下町も伯爵領よりも人口が多いだけにかなりの広さである。高い城壁を見上げながら、馬車は門番に止められることなく城門を通過した。


「凄いです、ソフィアーナ様! 美味しそうな匂いがいっぱい! どれを食べますか!?」


「落ち着いて、ベル。まずはエランジェに会いに行きましょう」


「私はあの串に刺さったお肉が気になります!」


「そうね。表面がパリパリに焼けて、中は肉汁たっぷりで美味しいでしょうね」


「……はっ! ヨダレが……」


 窓にしがみ付くようにして外の景色を眺めるベルティラで遊びながら、城までの道のりを楽しむ。


 城に辿り着くと、なんと門の前でエランジェが待っていた。


「遅いですわ!」


 着いて早々に怒られる。私は驚いて停まった馬車から降り、エランジェを見た。


「王都から真っ直ぐに向かってきたのよ? それにしても、外で待っていたの? ずっと?」


「ち、違いますわ! ちょうど、散歩をしていたのですわ! ほら、中にお入りなさいませ! 偶々焼き菓子が出来ましたわ!」


「あら、ありがとう。焼き菓子が一番好きなの」


「た、偶々ですやん!」


 感謝の言葉を告げると、エランジェは照れて変な訛りになりながら返事をする。最近はずっとこういう感じである。


 年齢的にも、素直になれないけど仲良くしたい、という感覚だろうか。


 可愛らしいエランジェの姿に、歳の離れた姉ような気持ちになりながらエランジェの後に続いた。


 城内に入ると周りを警備していた騎士達がいなくなり、私達は三人だけになる。


「ここが貴賓室ですわ。でも、少し広すぎるので別の部屋を用意していますわ」


「そうなの?」


「狭い方が部屋が暖かいのですわ。馬車の移動は寒かったでしょうし」


「まぁ、ありがとう。優しいのね」


「わ、私が寒かったからそう思っただけですわ!」


 素直じゃないけれど、エランジェはよく気がつく良い子であることは伝わる。良い奥さんになることだろう。私が夫ならば可愛くて仕方がない。


 別の部屋は二階の角のようだった。窓が大きく、狭いといっても馬車が二、三台は入る広さだ。そして、暗い色合いの木を使った天井や壁、床は落ち着いた雰囲気だが、テーブルやソファー、食器棚、絨毯といった家具類が豪華だ。木と鉄、金や銀を用いた美しい家具を眺めつつ、窓の方へ向かう。


 窓からは城内の中庭が一望でき、雪が木々や垣根を白く染めていた。


「綺麗ね。それに、どこか落ち着くわ」


 そう呟くと、エランジェが胸を張って中庭に向かって手を伸ばした。


「そうでしょう? なにせ、あのベンチの周りはこの私が手入れをしたのですわ。庭師からも才能があると褒められましたわ」


 嬉しそうにそんなことを言うエランジェの頭を撫でてみる。


「偉いわ、エラ。お手伝いもしているのね」


「ちょ……な、なん、なんなんですわ!? おぐ、お髪が乱れ……!」


 新しいおもちゃを見つけた気持ちでエランジェの頭を撫で回していると、部屋の扉が外から開かれた。


「おぉ! ソフィアーナ嬢! 久しぶりですね!」


 男性の声で名を呼ばれて振り返ると、部屋の入り口に青い髪の男性と茶色髪の女性が立っていた。


 エランジェの両親であるロテールとミネルウィナだ。


「楽しそうですね」


「仲良くしてやってくださいね」


 二人にそう言われて、丁寧にお辞儀を返す。


「お久しぶりです。ロテール様、ミネルウィナ様。お邪魔しております」


 挨拶をすると、二人は上機嫌に笑いながら部屋に入り、ベルティラに気がつく。


「おぉ! なんと我が娘にもう一人友人が……!?」


「なんて素晴らしいことでしょう。お名前を教えていただいても良いかしら?」


「べ、ベルティラと申します!」


 城の中に入ってから緊張しっぱなしのベルティラが直立不動で自己紹介をする。その様子苦笑しつつ、足りない情報を補足することにした。


「彼女はベルティラ・デイ・ボレット。ボレット男爵家の子女です。学院でいつもエランジェさんと仲良く会話する仲ですよ」


 そう答えると二人は大喜びでベルティラの下へ向かう。


「なんとなんと……!」


「それは嬉しいですわ! さぁ、ベルティラさん? お菓子を食べますか? それとも果実水などはいかがかしら?」


 二人に捕まって慌てるベルティラ。そろそろ目が回ってしまうのではないかと眺めていると、エランジェが不機嫌そうに口を開いた。


「誰が仲の良い関係ですわ。ベルティラさんとは何故かいつも変な会話になってしまって困っているくらいですわ」


 ふんと鼻を鳴らしてそんなことを言うエランジェ。それに笑いつつ、今日あったことを話してみる。


「今日は寒かったでしょう? 普通なら、毛皮を着込んで暖を取るのに、ベルったら外に面白いものを見つける度に窓を開けて大騒ぎするの。すっかり凍えて鼻が出そうになったわ」


「ふふ、ベルらしいですわ。素直な性格だから」


「素直だからって許したらダメよ。雪山だって騒いで、嬉しそうに息が白いです、なんて言うの。何時間前から息が白かったと思ってるの」


「ぶふっ! ちょ、ちょっとやめるのですわ! 笑わさないで欲しいですわ!」


「笑い話じゃないわよ。最後にはベルが窓を開けないように毛皮を体に巻き付けて二人で椅子に座ってたのよ? それでも気になるものを見つける度に窓に顔をぶつけにいくの。大変だったのよ?」


「あっはははは! とても楽しそうですわ! ソフィが困ったところを私も見たかったですわー!」


 そう言って、エランジェは年頃の少女らしくケラケラと楽しそうに笑った。ほら、やっぱりベルティラが大好きだ。笑ってはいるが、ベルティラに親愛の情を持っていることはとても伝わってくる。


 エランジェが楽しそうに笑っている様子を、ローテル達も優しい眼差しで見ているのだった。

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