第6話 夏休み
学院には春、夏、秋、冬の四回休みがある。基本的には二か月学院で過ごしたら一か月休みというサイクルで、一月、四月、七月、十月がひと月休みとなるのだ。
そして、今は夏休みである。学院の同級生達もせっかく王都にいるのだからと近くの海に寄って帰る人も多かった。エルテミス王国の南部が海に面しているのだが、そのほとんどが王直轄領なので、どうしてもそうなってしまう。
しかし、私はすぐに自宅に戻り、優雅に東屋で紅茶などをいただきながら花咲き乱れる美しい庭園を眺めていたりした。
「ソフィアーナ様! 海に行かなくても川遊びなどもありますよ!」
ベルティラが遊びやすそうな軽装のドレスで我が家にやってきたが、私のティータイムはそう簡単には崩せない。風の魔術で本の頁を送り、優雅に紅茶を口に含む。
「ベル。淑女たるもの、大騒ぎをしてはだめよ?」
「えー!? 遊びましょうよ! 夏は泳ぐと昔から決まっています!」
珍しくベルティラが反論してくる。だが、その反論を論破してみせよう。
「何を言っているの、ベル。海や川には強大な魔獣が棲んでいるのよ。普段出なくても、いつ襲われるか分からないんだから」
そう告げると、ベルティラは頬を膨らませて「むー」などと変な声を発した。ふふふ。私の勝ちである。
勝ち誇っていると、ベルティラが腕を振り上げて抗議に出る。
「ソフィアーナ様が泳げないから嫌なだけじゃないですか!」
「なんてことを……!?」
ベルティラの暴言に思わず声が裏返った。
「だ、だだだ、誰が泳げないなんて言ったのかしら……? 私が溺れる姿なんて見せたとでも?」
なんとか動揺を隠し、聞き返す。しかし、ベルティラは引かなかった。
「だって、ソフィアーナ様は泳ぎの授業に出席されないじゃないですか!」
「……さぁ、何の話かしら」
ごく自然な形で記憶を失ったフリをする。しかし、どうにも形勢が悪い。このままでは、泳げないことがバレてしまうかもしれない。
そう思ったその時、二人の男女が笑いながら歩いてきた。父と母である。
「ソフィ。別に泳げずとも皮袋を持っていけば安全に水遊びも出来るのだよ?」
と、父である、レリウス・クルス・シンクレア伯爵が微笑みかけてくる。シンクレアの血筋を象徴する明るい金髪と紫色の瞳の四十歳前後の男性だ。背はあまり高くないが、知的な雰囲気を持っている。
レリウスの隣に立つ華奢な女性が母であるヘレナ・ファウスタ・シンクレアだ。コンラート伯爵家の血を引く銀色の髪と明るい朱色の瞳が特徴的な美女である。年齢は二十歳そこそこに見えるが、実際は三十代後半という驚きの若々しさだ。レリウスは豪華ながらも落ち着いた貴族的な衣装を身にまとい、ヘレナは動きやすそうなドレスを着ている為、下手をしたら娘に見えるかもしれない。
「そうですよ。ベルが可哀そうですから、一緒に泳いできたら? もし良かったらだけど、私も一緒に泳ぎたいですし」
ヘレナは少女のように嬉しそうにそんなことを言ってきた。ベルをだしに一緒に遊ぼうとしているとしか思えない。
「ありがとうございます!」
しかし、そんな裏事情があるなど知りもしないベルティラは大喜びでお礼を言った。
「さぁ、ソフィアーナ様! 一緒に川遊びをしましょう!」
「え、えぇー……」
まさか、ベルティラの要望に両親が乗って来るとは思わなかった。しかも、ベルティラどころかヘレナまで執事に声をかけて水着の準備をさせ始めている。
「ベル。どんな水着が好み?」
「あ、私は動きやすいものが好きです!」
「分かったわ。ソフィアーナも同じで良い?」
二人は勝手に話を進めており、もはや断れる雰囲気ではなくなってしまう。
「……お父様?」
「え? いやいや、そんな目で見ないでくれよ。私はその……うん、ごめんね?」
何とか止めてくれと視線に念を込めて送ったのだが、レリウスは人の良さそうな笑顔で苦笑し、謝ってきた。
周りは敵ばかりだ。
「……では、私は今日は氷菓子を食べに参ります。そういった気持ちで行くので、泳ぐかどうかは不明ですが」
最後の抵抗としてそう言っておいたのだが、結局は川に到着したと同時にヘレナに着替えさせられた。一応着替えておくだけだと言ったくせに、手を握ったまま川に入水したのだ。鬼や悪魔でもしないような所業である。無言で抗議の視線を向けていると、一応ヘレナが氷の魔術で氷菓子を作ってくれた。美味しかった。
ちなみに、ベルティラは運動神経が常人離れしているせいか、泳ぎも達者だった。
川について一時間も経つ頃には死体のように川べりで横になる私と対照的に、水面を川の主のような勢いで飛び跳ねながら泳ぐ怪魚、ベルティラの姿があったのだった。
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