第10話  ソフィアーナの戦略

 皆の視線が集まるのを背中で感じつつ、地図の上をなぞる様に右手の人差し指を動かしていく。


 数で負けている以上、地の利を活かすしかない。


「まず、最も堅実な手は早急に川岸に砦を建築することです。川を渡る間に矢を射ることが出来ます。また、橋を作っても大軍勢の力を発揮出来ないでしょう」


「うむうむ、そうじゃろうな」


 私の言葉にレガリオが顎ひげを撫でながら首肯する。それに頷き返し、他の案を伝える。


「後は、あえてこちらで橋を作り、罠にかける方法。川を渡り切って油断したところで背後を取る方法。わざと町を一つ捨てて火を放つ方法……どれも罠か奇襲しかありませんが、それなりに効果はあるでしょう」


 パッと思いつく限りの戦術を提案していくと、騎士達がざわめいた。


「……我々と同じ結論に辿りつくとは」


「学生であることや年齢を考慮すると、今後騎士団で参謀として学べば軍師にもなれるかと……」


 何やら不穏な会話をしているようだが、そんな要望を聞く気は無い。


「重要なのは初戦です。周囲の国は聖女を有する帝国が圧倒的な力を持っていると思っています。その最初の進撃を見事に食い止めたなら、近隣の小国は大きく気持ちが揺らぎます。帝国が恐ろしい存在だと認識している以上、エルテミス王国が互角の戦いを見せれば同盟を結ぶ国も出てくるでしょう」


 重要なことは、私の平和な生活が壊されないことだ。その為なら聖女の情報や幾つかの戦術の提供など全く問題ない。


「聖女がされて嫌なこともお伝えしましょう。先程言った通り、聖域は聖女がいる場所を中心に発生します。重要な指揮官などが戦場で多く負傷すれば、士気を上げる為に必ず聖女が戦場に出てきます。そうすると、これまで守られていた帝国の領土で魔獣が出ることでしょう。その時に、帝国と敵対する国々に聖女は偽物だと喧伝してください。僅かな綻びでも、必ず帝国内でも動揺する人々が現れるでしょう。特に、奴隷のような扱いを受けている属国の方々は反旗を翻すかもしれません」


 聖女の視点から戦争を見てきたからこそ、敵にやられて嫌なことも理解できる。


 しかし、私のその言葉を聞いても、騎士達は目を瞬かせただけだった。


「……まるで、自分が聖女のように語っているが、その自信は確かなのか?」


「いくら天才と呼ばれている人物だとしても先入観にとらわれている可能性はあります。聖女に目を向け過ぎているのでは?」


 ヒソヒソとそんな会話が聞こえて来る。まぁ、学生が個人で調査した内容を元に国家間の戦争に口を出したところで、まともに相手をしてもらえる筈がないだろう。表立って文句を言われないのは私が伯爵家の令嬢だからだろうか。


 いや、今はどうにかして聖女の情報だけでも信じてもらう必要がある。重要な情報を正確に使用しなくては勝てる見込みなど無いのだから。


 怒られることも覚悟で、説得を試みる。


「……過去にあった、聖女を有する国との戦争の記録を重要な情報だと思っています。多くの国が聖女を殺害するか誘拐するという選択肢をとっていますが、成功した例は殆どありません。また、圧倒的な戦力差がある場合は何かしらの搦め手を用意し、奇襲や罠も必要になります。そして、最も重要なのは他国との同盟です。その為には、帝国が絶対強者であるという認識を変える必要があります」


 言い方を変えて説得を試みる。しかし、騎士団たちの表情は変わらない。この情報を鵜呑みにして良いのか、判断に困る。そういった心地だろう。その雰囲気が伝わったのか、レガリオが困ったように眉をハの字にした。


「副騎士団長。ソフィアーナ君は確かに学生じゃが、その知識は確かなものじゃよ。どう戦うかはともかく、聖女やそれに関する戦争の情報はきちんと持ち帰ってもらうぞい。陛下にも伝えておくのじゃぞ?」


 レガリオがそう言うと、副騎士団長と呼ばれた髭の騎士が深く息を吐いた。


「……学院長。そうは言うが、確証が持てない情報を陛下に伝えるわけにはいかんのだ。今、この国は未曽有の危機に見舞われている。これでもし今聞いた情報に誤りがあって戦争に負けてしまったら、もはや取り返しがつかん」


 副騎士団長がそう言うと、レガリオが何か反論をしようとした。しかし、それよりも先にエランジェが前に出て声を荒げた。


「それは考え方が違うと思いますわ。情報の取捨は陛下が選択されることですわ。それに、ソフィが自信を持って口にする情報に嘘などありませんわ!」


 エランジェが怒ったようにそう告げると、副騎士団長は苦笑しつつ頷いた。


「まぁ、嘘を言っておるとは思っておらん。しかし、必ず正しい情報かどうかは別であろう」


「ソフィが間違ったことを言うわけがありませんわ!」


 すっかり感情的になってしまったエランジェが怒鳴ると、騎士団の面々は不安そうな顔になる。公爵家の令嬢が怒っているのだから当然である。副騎士団長も不服そうながら頷いて答える。


「……分かった。それでは、陛下に全ての情報を届けることにしよう」


 その言葉に、エランジェが腕を組んで鼻を鳴らす。


「当たり前ですわ! シュフール川での防衛戦には公爵家も間違いなく全兵力を持って参戦しますわ! その時にソフィの情報が生かされていなかったら許しませんわ!」


 エランジェはそう言って、騎士団を黙らせた。出来るだけ平静を装っていたが、エランジェのその言葉に密かに泣きそうになってしまったのだった。

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