あの日、あなたと出会った時も雪が降っていた

武 頼庵(藤谷 K介)

そして今日も雪が降る




 俺は地方のまた地方に住んでいる持木孝之もぎたかゆき27歳独身。決して彼女が全然できなかったわけではなく、生まれ育ったこの町に戻ってくる前はそれなりにお付き合いしていた女性はいたのだが、俺の生まれた場所や実家の稼業を聞くと途端に離れて行ってしまうばかりで、実家の両親にさえ紹介することがついにできなかった。


 両親の願いと、俺自身の夢のため、大学進学ではなく、調理師の資格を取るために高校卒業後の進路は専門学校一択。いやそれ以外には本当に眼中になかった。今にして思えばその選択は間違いじゃなかったとも思う。


 何しろ俺の実家は町唯一の食堂なのだから。

 山間にある俺の住んでいる街は、車を使わなければどこに行くにも不便極まりない場所にあり、良くテレビやネットの情報などで耳にしたりする『電車が有るからどこへでも行ける日本』というフレーズにちょっと抗議してやろうかと、本気で思った事もある。


 いやいや小さな町とは言え、確かに電車は通っている。通ってはいるがそれは1時間に1本上下線が来る程度で、決して都会の様に数分おきに来るわけじゃない。それに駅が有る場所も実は町の中心地にあるかと言えばそういうわけでもないのが実情だ。


――つまりはお客さんもなかなかきづらい環境って事でもあるんだよな……。

 お昼時間を少し過ぎてようやく一休みできるようになった俺は、入り口に休憩の札を下げて外を歩く人の数を見てため息を吐く。


 

「さて……俺も昼飯にするか……」

 はぁっと吐いたため息がその場で白くなる。そのまま空を見上げるとどんよりとした低い雲が立ち込め始めていた。


「降るかな……?」

 雲行きの怪しさを見ながら、午後の分の仕込みを考え始める。雪が降ると俺が住んでいる小さな町だと、外を出歩こうとする人は少なくなるので、店に立ち寄ってくれる人も限られてくる。それを見越して仕込みをしないと食品にロスが出てしまうので重要なのだ。


 ただ少々のロスは今の俺なら何とかなる範囲ではあるのだけど。




 そうして自分の昼飯を造り、急いで胃袋へと流し込むようにして食べ、食材の確認と仕込みの準備を始めるために厨房へと戻っていく。


からから

ちりりぃ~ん


 閉めているはずの入り口から引き戸の動く音がして、ドアが引かれるとなる鈴が店内に響いた。


――ん? 客か? とはいえちゃんと札は下げたはずなんだけどな……。

 急いで濡れた手を拭きつつ調理場を出て入り口の方へと向かうと、そこに独り佇む人影を確認する。


「あ、あの」

「ヒャ!? ヒャイ!!」

「すみませんが、今はまだ準備中でし……て?」

「…………」

 ようやくその姿を良く見える場所まで来ると、どう見ても地元の人じゃ無い事が一目見てわかった。


「おぉ~……。えぇ~っと……、こういう時はなんて言えば……、そうだ!! め、メイ アイ ヘルプ ユー?」

「…………」

 声を掛けた相手は首を傾げてこちらを見るばかりで、俺の言葉に反応してくれない。


――あれ? 通じてない? 

 見た感じからすると、間違いなく海外の人だと思う。そのすらっとした長身にしっかり防寒されている格好もまたおしゃれな着こなしをしていて、髪は茶色よりのブロンド、長さはニット帽をかぶっているから良く分からないけど、キラキラとしていてとても綺麗だ。瞳も日本人にはまずいないであろうやや深い色味の翠眼。


 そんな女性が俺の事ジッと見ているのだ。


――ど、どうする……? もう少し声を掛けみるか……。

 独りどうしようかと悩んでいると、そんな彼女がいつの間にか俺の目の前にまで迫って来ていた。ビックリして一歩後ずさる。と、彼女もまた一歩前に出る。

 そんなやり取りを数歩分繰り返すと、目の前の彼女がニコリと笑った。



「たかゆき?」

「え?」

「あれ? 違うのかな?」

「えぇ~っと……日本語……?」

 俺の様子を見てくすくすと笑う彼女


「何言ってるの? もちろん日本語だよ?」

「そ、そうですか良かった話しが通じてて……」

 俺はほっと溜息をつくと、また彼女はクスクスと笑う。俺はそんな笑う彼女を見て既視感を覚えた。


「それで」

「え?」

「たかゆき?」

「あ、はい!! 孝之です……けど。えぇ~っと、どちら様でしょうか?」

 ちょっとだけ俺の返事を聞いた彼女が不満げな顔をする。


「ねぇたかゆき、おじさんとおばさんは?」

「え? 父さんと母さんの事……ですか?」

「うん!! おじさんとおばさん!!」

「…………」

 いきなりあったばかりの人にどう答えるべきか迷う。


「たかゆき?」

「いません……」

「え? お出かけ中か何か? どのくらい待ってれば会えるかしら? 旅行中とかだったりしたら直ぐには会えないわよね……う~んどうしようかしら……ぶつぶつ……」

「…………」

 俺の返事をそういう風に解釈したらしい彼女は、一人で考えこんでしまっている。


「……ところで、あなたはどちら様ですか?」

「ほえ? あれ? あなた孝之なんだよね」

「そうですけど」

「わからない?」

「う~ん……?」

 俺の返事があまりにもショックだったらしく、見るからに凄く落ち込んでしまった彼女。しかしどこの誰とも知らない相手に、俺自身の家庭事情をぺらぺらと話すわけにはいかない。


 しかし彼女の「わからない?」という言葉は間違いなく、俺が彼女と会った事が有る事を示している。思い出そうとしてそこまで容量の無い脳内メモリーを漁るが、さっぱり目の前の女性に通じるような存在自体が浮かび上がってこない。


 ちょっとした沈黙の時間が過ぎる。


「あ……また雪……」

「え?」

 彼女が耐えきれなくなったのか、一向に答えの出ない俺に呆れたのか、外を見ながらぼそりとこぼす。


「あぁ~……こりゃ積もりそうだな……」

「えぇ~!! この雪積もるの? ど、どどどどそうしよう……」

 突然きょどりだした彼女。


「ねぇ、ねぇ!! おじさんとおばさんいつ帰ってくるの? それが分かればまた来るから教えてくれない? 私からお願いしたいことが有ってきたのに会えないで帰るのは嫌なの」

「……教えてもいいけど……、その前にあなたが誰なのか聞いてからじゃないと……」

「えぇ~!? 孝之には思い出して欲しいんだけど……。うぅ~ん、しょうがないか!!」

 そういうと被っていたニット帽をおもむろに外す。その中に隠れていた髪がキラキラと光をまき散らすようにと流れ出てくると、にこっと笑いかける。


「レイよ」

「え? れい?」

「そう!! 北見レイ」

 俺の記憶の中にこのような姿をした北見レイなる人物の記憶が無い。


「残念ですけど、誰かとお間違いじゃないですか? 俺の記憶の中にはそんな子は――」

に住んでいた時は川上レイ」

「川上……レイ?」

「そ!!」

 ニコッと微笑む彼女。


 


 彼女が発した人物の名前にはかなりの思い出が有る。

 初めての出会いが、いま店の外の様子と同じように、大粒の雪が隙間もなく折り重なるようにしながら降っていた日曜日の朝の事。


 当時小学生になったばかりの俺が、どの位積もったのか確認しようと自宅兼店舗の自宅側玄関から出た所、隣りの家の前でジッとしている同じ歳くらいの子を発見した。

 その恰好がまた雪が降っている時にするようなものじゃ無く、どう見ても雪の無い地域でしか着ないような防寒着ともいえない薄手のジャンパーを羽織っているだけで、手には手袋もせず、更に雪が積もっているのに運動靴のまま。

 何より驚いたのが、その子の体調がどう見てもよさそうに見えなかった事。顔色が青いを通り越し白くなっていて、体はブルブルと震えており、唇は紫色になっていた。


 びっくりした俺は直ぐに父さんと母さんに報告しに店側に行き、二人に事情を話すと一緒に自宅側玄関へとやってきて、その子に事情を聴くと自分だけ一人とりのこされ、母親は何処かへ行ってしまったらしい。家に入ろうにも鍵を持たされていないのでどうにもならず、家の前で待つことにしたらしい。


 隣に住んでいる人達の事はちょっとだけ聞いたことが有る程度で、あまり気にしていなかった。冬休みに入っていたという事もあるし、学校であっていたわけでもない。冬休みになってから少したって隣に引っ越しをしてきたのだと言っていたけど、実は俺の両親二人も母親とは話をした事が1,2度ほどあるだけで、詳しい事は何一つ聞いてないと言っていた。


 その後は家でその子を保護し、母親が帰宅するのを待ってその子の事を保護していた事情を話す事に決め、何日か一緒に過ごす事になった。


 母親が帰ってくるまでの間、俺達は本当に家族の様に仲良く暮らした。一緒にあそぶのはもちろん、枝葉を見つけてきて雪だるまや、雪兎、かまくらや雪合戦など濡れてしまうのも構わずに遊びまくって、おかげで俺の母親に一緒に怒られもした。


 その子と仲良くなって知ったのだけど、生まれた所が日本ではない場所で、雪も全く降らない地域だったことから、冬が寒く雪で遊ぶことなど初めてなのだとはしゃいでいた。


 でもそれが本当に見ているだけでも楽しかったのだ。


 

 それから1週間後、ようやく母親が帰ってきている事を知り、その子を俺の両親と母親の元へと送り届けたのだけど、そこに居たのは『母親』という皮を被った『バケモノ』でしかなかった。


 しかし、それでも母親であることは間違いないので、一度はしっかりと親元へと送り届けねばならない。

 暫くは俺も両親も不安でいっぱいだったので、飲食店の伝手を使い色々な方面へ話をしておいた。


 そのあと何日間かは何事もなく過ごせている様で、その子も元気な姿を見せてくれていたが、いつしかその姿からは元気が無くなって行き、冬休みが終え始業式が迫ったある日には、隣りの家が貸家へと変わっていた。

 


 その子の事をその後見た事は無かったけど、俺の記憶の片隅にはいつも小さな棘が刺さっているように、その思い出と共に今も記憶している。


 そしてその子の名前が『川上レイ』という名前の男の子だったと記憶していたのだけど――。







「え? は? レイ? レイってあのレイか? 本当に??」

「本当にって何よ!! こうして本人が言ってるんだから当たり前でしょ?」

「え? いやでも男の子だったんじゃ……」

「あぁ~やっぱり勘違いしてたか……。確かにあの頃の私ってがりがりだったし、女の子っぽくなかったもんね」

 てへへと笑うレイ。


――あ、この困ったような笑い方は記憶にある……。

 そう思いながらも、再び俺はレイをじっくりと見つめる。


「な、なによ?」

「あ、いや、その……本当に女の子だったんだなと思って……」

「え? なに? バカにしてるの? 変わってないって?」

「思ってない思ってない!! ぺったん……とか思ってないない!!」

「おもってるだろばか―――――――!!

 痛くないパンチを繰り出してくるレイ。


――そっか、あのレイなのか……じゃぁ俺は……。

 

「レイ」

「な、なによ今度は……」

 サッと両腕で胸もとを隠すレイ。その姿に俺は苦笑いする。


「案内するよ」

「え? ど、どこへ?」

「父さんと母さんの所」

「…………」

 そういうと俺はしていたエプロンを外し、自宅と繋がっている通路の方へと歩き出した。俺の後をレイも静かにトコトコと付いてくる。





「え?」

「父さんと母さんだよ」

「ま、まさかそんな……」

「…………」

 父さんと母さんの位牌の置いてある仏壇の前で、レイは愕然としていた。


「い、いつ?」

「もう……3年になるかな……?」

「どうして? 御病気か何か?」

「いや、事故だよ」


 父さんと母さんは、仕入する物を自分の眼で見ないと気がすまないと日頃から言っていて、朝早くから一緒に市場などへ出かけていく事が常であった。

 当時俺は調理師免許を取って、専門学校の有るちょっと大きな町の大衆食堂で修行中の身だった。


 事故の一報を聞いたのは午後の仕込みに入ろうとしていた時だったのだが、連絡を聞いた大将がすぐに帰れと送り出してくれた。


 当初は単独事故とのことだったのだけど、備え付けのドライブレコーダーの解析により、長距離の煽り運転をされていたことが判明。そして最終的な原因が煽り運転による無理な幅寄せと突然の前方割込みにより、回避しようとした父さんがハンドルを切った所、そのまま街路樹へと突っ込んでしまったようだ。


 そういういきさつがあり、突然実家を継ぐことになって今も一人で父さんと母さんの味を護ろうと努力している最中なのだった。






「じゃぁ今はたかゆき一人……で?」

「うん。この小さな町じゃそこまで忙しくないから……」

「そっか……」

 そう俺に問いかけてくるレイは、少しだけ何かを考えこんだ後、スッと顔を仏壇に向け、そのまま歩いて進んでいき、静かに腰を下ろすと線香を焚き、目を閉じて手を合わせる。



 部屋に静かな時間が過ぎていく。



「よし!! 決心は固まったわ!!」

「ん?」

 突然立ち上がり、レイが気合の入った顔をして振り向いた。


「どうした?」

「質問があります!! 正直に答えてください!!」

「え? は、はい!!」

「いま、お付きあいしている女性はいますか?」

「いません……」

「好きな女性はいますか?」

「……いません」

「ご結婚のご予定は?」

「お前知ってて聞いてるだろ? ねぇよ!! モテねぇんだよ!!」

 くすくすと笑うレイ。



「不束者ですがよろしくお願いします……」

 すると俺の前でスッと手をつき頭を下げるレイ。


「は?」


「たかゆき、あなたのお嫁さんに、本当の家族になるために来ました!! 先ほどおじさんとおばさんにはちゃんと報告したからね!!」


「いやいや!! は? どういうこと?」

「だから!! こういう事!!」


 チュッ



 俺の頬にとても柔らかい感触がした。


「ほえぇ!?」

「あははははははは」

 うろたえる俺に大きな声で笑うレイ。


 



 先ほどまでしんしんと降っていた雪がやみ、いつしか外一面は白銀の世界へ変貌を遂げていた。

 

 二人を祝福しているように積もった雪もキラキラと光る








「そういえば今までどこにいたんだ?」

「え? 私? イタリアだよ!!」

「え? イタリア?」

「うん。お父さんイタリア人だしね」

「……初めて知ったよ」

 くすくすと笑うレイ。


「あの後すぐにお父さんに引き取られて、イタリアに行ったんだけど、お父さんがイタリアで今のお義母かあさんと出会って再婚したんだ。今はお義母の家にお婿に入ったから日本に住んでるの」

「……ちゃんとご両親は知ってるんだろうな? ここにいる事……」

「当たり前でしょ!!」

 レイがフンスと胸を張る。



「私の、もう一つの大事な家族の元に行くって言って来たから……ね」

 ちょっとだけ照れたのか、言った側から耳まで赤く染め上げるレイ。




「ね!! たかゆき、雪兎造ろうよ!!」

「えぇ~……」

 恥ずかしさをごまかすためか、それともただ本当にそうしたいだけなのか、尻尾をぶんぶんと振る子犬の様にはしゃぐレイに手を引かれて外に連れ出される。


 

 そのレイの姿は、あの頃と同じように、本当に楽しそうな笑顔のままだった――。






 後年、雪が降った日の店先には、二羽の雪兎が仲良く並んでお客さんを迎える事が町の中でちょっとした話題になるのである。




※あとがき※

お読み頂いた皆様に感謝を!!


 自主企画用の作品を構想しようと思った矢先、ころにゃにやられまして……そう!! ころにゃにやられたんですよ!! なので考えることが出来ないまま寝て過ごす生活に突入してしまったんですけど、そんな中寝ている時にふと思いついたモノを構想練り直してですね、執筆してあげたのがこの作品となります。

 相変わらず『抜く』ところは抜いています。(笑) どこかは読んで頂ければわかりますよ。(^▽^;)


 というわけで、まだちょっところにゃの影響下に有るようで、完全回復状態では無いですが、何とか頑張ってます!! ヽ(^o^)丿

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