第19話 相変わらず
――――魔王。って言ったか?
「は? 魔王?」
「うん。そうだね」
自称魔王はお花畑にいるような顔でニコニコとしていた。
「嘘つけよ。魔王なんかがここに来る訳ないだろう?」
「ほんとだよ。魔王も結構大変でねぇ~、たまにはこうして城から抜け出して色々と見て回ったりするのが趣味なんだよ」
「……趣味か、その趣味のせいで一体何人が死ぬと思っているんだ」
「別に殺しにきたわけじゃないよ。ただ僕を見るとみんな襲い掛かってくるから殺してしまうだけなんだよ」
魔王の能天気さが俺の警戒心をどんどん上げていく。この魔王の顔に秘められたかすかな悍ましさが感じ取れる。なぜならいくら柔らかい言葉を使おうと、魔王の目は笑っていない。
「なんか悩みのように言ってるけど、顔は平気そうだな」
「……まぁ、仕方ないよね。これがこの世界の常識なんだから。悪魔に対して人は好戦的だけど決して人と悪魔の差は埋まらない。だから殺してしまう。そりゃあ死んでもおかしくないよね」
「……」
こいつの言うことも少しは理解できる。人間は最初から悪魔に対して殺意を持ってるので本能的に殺しにかかってしまう。だから、悪魔は反撃してしまうので人は死ぬ。
だけど、だからと言って人が死んで言い訳ではない。一度はすべての人間がそう思った。なので中央国家が悪魔と人間が平和協定を結ぼうとしたら、こいつらはろくに話を聞かず、提案にきた人間たちを殺した。つまりこいつらは俺たち人間をごみのように扱うので、平気で殺してくる。
「……じゃあ、大人しく平和協定を結べばいいんじゃないのか?」
「それはないよ。君たちが僕たち悪魔と対等になれるわけがないでしょ。僕ら悪魔とか神とかの下に君たち一般種族が存在する。これが世界の常識だよ。だから人が僕らに殺されるのは仕方ない」
――――仕方ない。仕方ないか……。
「じゃあ、ここでお前を殺してやる」
俺は自分でも分からないぐらいの込み上げる殺気を抱えて、魔王につっこむ。
この殺気は「母親の仇を討つ」という思いを込めているだろう。別にこいつを倒しても特になにも晴れないが、なぜか義務のように殺気を抱いてしまう。
「こっちも少しはやらせてもらうよ」
魔王は突っ込んできた俺をギリギリまで引き付けてひらりと避ける。そして俺はすっころんでしまい、体勢を崩されるがすぐに立て直し、聖光の剣を構えなおす。
「いいね。その感じ。でも僕に勝つならもう少し工夫しないと。あの教官に教えてもらっただろう?」
教官を知っているような口ぶりだった。しかし、そのことについて詳しく聞く余裕は無い。
俺は意気揚々な感じだが、内心少しビビっている。そりゃあ魔王の前ではいくら俺でも感情的なってしまう。しかし体は謎の使命感に駆られてしまい、突っ込んでしまう。
「よしよし、いいね」
俺は再度、何度も魔王に斬りかかるが魔王は何ともない顔をして避ける。
「もっと見せてよ、君の力」
―――こうして同じこと、突撃しては避けられるというパターンを何度も繰り返した。
俺はぜいぜい息を吐きながら膝に手をつく。対して魔王さんは寝起きのようにあくびをしていて、昼下がりのおやつタイムのような顔をしていた。
「―――もういいかな?」
「黙れよ……。まだまだこれからだ」
当たらない。聖光の剣はかすりもせず、ただ空を斬るだけだ。
「じゃあ、もう僕は帰るね」
「は?」
「だってこのままじゃ何も生まれないもん。どうせ同じことを繰り返すだけなんだから。いいかげん飽きてきたし、もう帰るね」
こう言って魔王は少し強い夜風と共に一瞬で消えてしまった。それに俺は何もできず、ただ悔しさを噛みしめながらその姿を見送ることしかできなかった。
―――俺はいつも通り、相変わらず格上の敵に負けた。
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