第10話 過去を振り返る

 ―――教官と感動的なやり取りに感化された俺は、その後も訓練を続けた。

 というより、自分から志願した。


「お前、いつまでやる気だ?」


「……それは!……教官が!………音を上げるまでですよ!」


 俺は木刀を振る。先程よりもさらに集中して、相手の動きを予測してやっている。つまり、今俺は透明人間と戦っている。


「……だが、いくらなんでもやりすぎだ」


「…やりすぎですか?」


「当たり前だ。お前には空が見えないのか?」


 そう言われた俺は空を見上げる。

 なんと、空には満天の星空が広がっていて、すごく神秘的だった。


「今日は綺麗に星空が見えますなぁ〜」


「見えますなぁ〜、…じゃないよ!いい加減帰って寝るぞ!明日も朝から訓練だぞ?」


「はいはい。分かりましたよ。師匠さん」


「だから、教官と呼べと言っているだろう!!」




 俺は教官と訓練場で別れて、自分の部屋に戻る。

 しかし、俺の部屋の扉の前まで行くと、とある人物が立っていた。


「こんな遅くまで訓練とは、精が出るな」


「うっせーよ。お前こそこんな時間に何してんだよ」


 俺を待ち伏せていたのはロイドだった。

 こいつとはあの日の孤児院以来だ。


「……でもまぁ、お前に言いたいことがあるわ」


「なんだ?」


「あの時はありがとな。お前が来てくれなかったらあのままビビって何もできず、ボコボコにされて死んでるか今も情けない日々を送っていたよ」


 そう。俺はあの日、ロイドに助けられた。

 助けられたと言っても物理的に助けられた訳でもない。もちろんあの時助太刀として乱入してくれたのは助かった。だが、それ以外にも、俺の性格。いや、人生を大きく変えるきっかけをくれた。


「……礼には及ばない。それよりも調子はどうなんだ?」


「調子?」


「とぼけんなよ。お前、また戦士を目指すんだろう?」


「……まぁ、そうだな」


「良かったよ。もうお前はこの場に帰って来ることは無いと思っていた」


 ロイドの目は凄く優しかった。こいつは昔からそうだ。一見冷たそうな見た目をしているが、深堀りするとただの凄くいい奴だ。俺はこいつと友達になれて良かった。


「俺も思っていたさ。でも、あんな転機があっちゃあ俺も黙っていられないぜ」


「まぁ、切り替えてけよ。あの程度で喜んでいたら俺にも追いつかねぇぞ」


 相変わらずその口はどうにかなんねぇのかよ。せっかくの優しい雰囲気が台無しだぜ。


「分かってるさ。だから今こうして遅くまで訓練してんだろ?」


「ふ……、これならきっとお前の母も―――」


「………」


 俺は目から光が落ちた。


「……すまない。喋りすぎたな。………今日はここらでさよならさせてもらう。じゃあな」


 ロイドは話を続けず、気まずそうな顔で去っていった。


「………おう。じゃあな」


 俺も先程の元気さが少し無くなってしまった。やはり、いくら俺が変わっても母親という単語を聞くだけで気分が沈んでしまう。




 ―――――今から十年前。当時六歳だった。俺は父親がいない状態でこの村で生まれた。母に何度も父親のことについて聞いたが、毎回流されていた。ちなみに今でも父親の行方は分からない。ただ、分かっているのは俺の父親は人間ではないため、この村から忌み嫌われていたとのこと。

 でも実際には嫌われておらず、ただ父親が自分が人じゃないことを過剰に気にしてしまい気が滅入ってしまったらしい。

 それゆえ、俺が生まれる前にこの村から立ち去ったらしい。 



 そこから俺と母の二人暮らしが始まった。

 俺と母は平和に暮らしていた。昼は母の畑仕事に付いて行き、夜は一緒にご飯を食べる。それだけで俺は幸せだった。

 しかし、いつも通り夜ご飯を食べていると、ある人がやって来た。その人はサーベラス連合軍の兵士で俺をスカウトに来たらしい。どうやらサーベラスは人手不足で、俺みたいな子供を幼い内から鍛えて、強い戦士にしたかったらしい。

 その人達が帰った後、俺と母は二人で遅くまで考えた。その結果、俺はサーベラスの戦士として生きていくことを決めた。その決断に母親は、


「アランが決めたことならお母さん反対はしないわ、頑張ってね」


 応援してくれた。

 そして、夜が明けて俺はサーベラスの門を弱々しい手で叩いた。そこから俺の戦士見習いとしての生活が始まった。

 しかし、現実は厳しかった。俺は見習いの中でも幼い方だったが、別に戦士に年齢なんて関係ない。強いやつが偉くて、弱いやつがカスみたいな扱いを受ける。俺は当然カスの方だったので、毎日ひどいイジメにあっていた。だが、俺はそれに負けじと訓練に励んでいた。それは母親の応援を裏切れないという気持ちもあるが、その時知り合ったロイドに守ってもらっていたからだ。

 ロイドは当時からエリートだったが、俺に対しても普通の友達のように接してくれた。口は悪かったが。

 なので、俺はロイドと母親だけを原動力として毎日馬鹿みたいに訓練をしていた。

 だが、それも限界に来ていた。もう俺の精神はズタボロだった。訓練では落ちこぼれる扱い。部屋に戻っても毎日イジメ。俺は戦士どころか人と接する事さえ嫌になっていた。

 そして一ヶ月ほど経ったある日の夜、俺はサーベラスの本拠地から抜け出し、家に駆け込んだ。するとそこにはいつも通りの母がご飯を作っていた。そして母は、


「あら、アラン。今日はお家に帰ってくる日だったっけ?」


 俺は母の言葉に泣きそうになった。というのは強がりでボロ泣きじゃくった。そして、母にしがみつき、自分の本音をさらけだした。


「……そう。それは辛かったね。でも大丈夫よ。アランが嫌なら帰ってきてもいいし、もう一度挑戦したいなら行ってきてもいい。私はアランがどんな選択をしてもそれを尊重するわ」


 母はしがみつく俺の頭を撫でながら優しく囁いてくれた。久しぶりだった。人にこんなに優しくされたのは。


「俺……、お母さんと一緒にいたい。お母さんと一緒に居て、ただただ一緒にご飯を食べたい」


「そっか。わかったわ。明日、お母さんがサーベラスの所に行ってくる。そして事情を説明してくるね」


「………ありがとう」


 お母さんは俺のわがままを嫌な顔一つせず聞いてくれた。とても情けなかった。




 そして、そんな出来事から半年程経った日。事件が訪れた。


 少し雲行きが怪しい夕暮れ。俺はサーベラスから課せられた農業作業に励んでいた。

 どうやらせめて農業くらいは頑張ってほしいとのことで、俺はこっちの道で生きていくことにした。



 そして雨が振り始め、俺は急いで家に帰り、扉を開ける。すると、家には母ともう一人知らない人がいた。


「………あ? なんだこの餓鬼」


 人……ではなく、悪魔族だった。コウモリのような角と羽。しかしその体は母より一回り大きい。そしてその悪魔族の口には肉片が入っていた。

 俺は考えるまでもなく。今目の前で起こっていることを理解してしまった。


「お………おかぁ……さん」


「アラン……、来ちゃだめ、早く………、逃げるのよ………」


 母は体を何箇所もその悪魔に噛じられていて、喋っているのが奇跡なくらいの状態だった。だが、そんな状況でも助けを乞う訳でもなく、俺に逃げろと言ってきた。


「お母さん………」


 俺はビビって腰を抜かしてしまった。そして、一度抜かしてしまった腰は立ち直らず、地面にへたったままだった。しかも、声すらも出せない。


「あ……あぁ………」


「なんだぁ? もしかしてこいつの子供か? これはなんて儲けもんだよ!今日はついてるぜ!」


 悪魔は、ボロボロの母親を投げ捨て、俺に標的を向けてきた。


「それじゃあ、いただきまぁ〜す」


 こちらに勢いよく飛んで来た。

 だが俺の体は動かず、ただ食べられるのを待つ状態になってしまった。


「ホーリーブライト!」


 ―――誰かが魔法を唱えた。そして、その声がした方向は俺の目の前で、しかもよく聞いた声だった。


 母親の手の平から長くて太い光線が出てきていた。俺は何が起きたか分からないが、その光線は悪魔の顔を消し炭にした。そして、その悪魔の体は黒い灰みたいなものを出しながら、徐々に消えていった。


「ごめんね、急に後ろから襲われたから抵抗出来なかった。怖い思いをさせてごめんね」


 動けない俺の元に母は少しづつ体を這いつくばらせながら近付いてくる。しかも、決して自分の体を心配する事もなく、ただ怖がっている俺の心配をしていた。


「おかぁさん……」


 俺はどうしたらいいか分からなかった。目の前に体中から血を流して死にそうな母親がいるのに、なにも出来なかった。


「お母さん、俺、どうしたら………」


「アラン。よく聞いて」


 母は俺を残っている力を振り絞って強く抱きしめてきた。


「……あなたは生きてね。私はあなたのそばからいなくなっても、ずっとアランのこと見ているから。だから、これから先何があっても、くじけても、大切な人を失っても決して投出しちゃだめよ。そして………、」


 ―――カタン。


 何かを言いかけた母の口が急に止まった。そして、抱きしめていた母の手が落ちた。

 この瞬間。俺は絶望の底に叩きのめされた。


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