第8話 疲労感

 ――――教官のしごきに耐えて、ようやく夜がやってきた。


「 ぶはぁぁあ〜〜〜」


 俺はベッドに飛び込んだ。

 それにしてもフカフカのベッドだなぁ。それに床はピカピカで綺麗な絨毯が敷かれていて、その上にこのベッドと広いテーブルとイス。そしてなによりもクローゼットがある。部屋にクローゼットなんて今までの生活からは考えられもしない。


「……あぁ〜。何もしたくねぇ〜。でも風呂には入んねぇとな」


 疲れて鉛のように重い体をベッドから切り離し、例のクローゼットからタオル等の風呂に必要な物を取り出し、大浴場へ向かう。




 ――――大浴場にて。


「ぶはぁぁあ〜〜〜」


 本日二度目のジジくさい声。そのくらい疲れたのだ。最近は地獄ばっかだからこの時間がせめてもの救いだ。

 俺は頭を空っぽにさせて、澄み切った湯船に浸かる。まだ少し早かったので、人はそんなにいない。それゆえ、この大浴場はほぼ貸し切り状態だ。


「――――にしても、ロイドはどこにいるんだ?」


 もう一週間も経つのにロイドどころかほとんど人を見ない。朝起きた時も夜寝る時も廊下を歩く時もほとんど人とすれ違わない。そしてこの共用の大浴場に行くと、チラホラ美体な男がいるが決してこれが男性兵全員とは思えない。


「――――ま、いっか。俺には関係ねぇし。それにそんなこと気にしてる暇があるなら訓練を上手くサボる方法でも見つけないとなぁ〜」


 俺はブクブクと音を立てながら、風呂の中には潜り込む。

 ――――すると、誰かが潜った俺の頭を鷲掴みして沈めてきた。


「おい新入り! 風呂のマナーを守れや!」


 その声と、頭を掴んだ手から俺はあることを察した。


 こいつたぶんでけぇ。


 俺は体をジタバタさせながらその手を掴み、引き剥がそうとするが、その手はびくともしない。あの院長なんか捻り潰しそうな腕力だ。

 そして、俺が限界に来た時に、その男に引き上げられた。


「ぶっはぁ!!!」


 死ぬかと思った。こいつ、本当に俺を殺す気だったのか? 

 そして、掴んできた男の方を見ると、そこには院長程ではないが、モジャモジャのヒゲと顔よりでかいアフロ。そして、案の定のデカイ体。筋肉パンパンだが、少しは脂肪があるようだ。


「おい!新入り!てめぇ風呂のマナーを守れねぇなら帰りやがれやぁ!」


「……は? おまえこそなんだよ?! 確かにマナーを守れなかったのはわりぃけど、いくらなんでも溺死させることはねぇだろ」


「別に溺死はさせてねぇだろうが」


 まぁそうだが、間一髪だったじゃないか。


「………」


「………」


 俺とアフロは睨み合う。

 何分経とうと、逆上せようと、お互い口は割らない。意地と意地の張り合い。そしてこれは男の喧嘩だ。だから、周りの数少ないギャラリーも何も止めないし、引き止めようとも思わない。




 ――――二十分後。俺達はお互い限界が来て、湯船の中にぶっ倒れた。


 そして、貧血みたいなボヤ〜っとした視界からは多くの男達が俺達の周りによってたかってきた。その中から「おい?!大丈夫か?!」「しっかりしよおめぇら」「やりすぎだって二人とも!」そんな雄臭い声が気絶する直前まで聞こえてきた……。




 しばらくして、俺達二人はまたもや例の部屋に運ばれた。


「もう。またこんなに怪我をして……、一体どういうつもりですか?!」


 そしていまパイ団長に全力で怒られており、立っている団長に対し、俺とアフロは目の前で正座させられている。それゆえ、俺とアフロの目の前にはちょっとムチッとした足にタイツの縫目がムニュッとしていて、素晴らしい光景が広がっていた。


 ――ええなぁ。何かに目覚めてしまいそうだ。


「いや、俺はただこいつに風呂のマナーを教えてやっていただけで……」


 アフロさんはどうやらこの新時代の光景に興味が無いらしいようで、必死で言い訳をしている。

 なんともガキ臭いやつだな。


「辞めないか、アフロさんよ。ここは大人しく正座しておこうぜ」


 俺はアフロの弁解を邪魔する。

 そりゃそうだ。もしこれでこの新時代の時間が減ってしまったらたまったもんじゃない!ちょっとでもこの空間を維持させるんだ。

 俺は更に目を凝視させ、黒タイツの足を見る。またのぼせてしまいそうだ。


 だが、俺はここで真理に辿り着く。


 もしここでまた興奮してのぼせたら、また、先生の前で正座。そしてまた、のぼせて正座。最強の無限ループではないか。


「いいですか? 本当に止めてくだいこういうしょうもないことで怪我をするの」


「はい。申し訳ございませんでした」


 アフロはどうやら潔く罪を認めたらしい。なんとも情けない男よ。

 俺は負けないぞ。もしここで俺も謝って、許されればこの時間が終わってしまう。そんな事はさせない。俺は絶対に言わない。俺は――――。


「そろそろ負けを認めたらどうかしら?」


「それは既に負けています」


 答えてしまった。負けたことを認めてしまった。いや、認めてはいたのだが、俺の本能が答えろと言ってしまった。




 ――――負けた上に負けた俺は部屋に戻って大人しく眠りにつくことにした。というよりだが、どっと疲れた。そのせいで俺は何度も濃い溜息をしてしまった。



 ――――そういえば、あんな深いため息なんて今までなかったな。


 

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