第27話
翌日。
「おはよ♡」
と、目覚めた俺の隣から声をかけてくるのは……この宿の店員であるティリカさんという女性だ。
蝋燭に火が灯っているので、一旦外へ出て火を貰ってきているのだろう。
基本的なサービスなのか?
そんな彼女には昨夜帰りが遅かったことに言及され、他所で女を買ってきたのかと尋ねられた。
昨夜、ティリカさんが俺に売り込みをかけるつもりだったのは、朝の時点でわかっていたことなので不自然ではない。
外でヤッてきたことを知られると、イリスの人間関係を調べる者が居た場合、巡り巡って俺との繋がりへ辿り着かれる可能性がある。
なので俺は食事を奢ってもらっただけだと話し、ならばと予定通りに売り込んできた彼女を買うことにした。
もちろんただのアリバイ工作に利用するのは申し訳ないので、再び自製の栄養ドリンクを服用して可能な限り愉しませたが。
結果、それに応えるようにティリカさんもサービスに熱が入り……現在、俺が起きたことを確認するとその深い谷間で
「ンフッ♪リンナが言った通りスゴかったわ。毎回は困るけど、時々タダ◯ンサービスしてあげるね♡」
チュッ
そう……"紛い物"による、呪いを解くマジックアイテムの作成だ。
栄養ドリンクの作成で多少の魔力は消費したが、あれぐらいならばすぐに補填はできる。
昨日、イリスが自身を襲った連中が持っていた魔石を、現場へ向かう道中で手に入れていたぶんも含めて回収していたからだ。
それを俺に譲ってきたのでイリスにも分けようとしたのだが、それは固辞され助けられたお礼にと全て押し付けられていたのである。
あのときは彼女がいたので吸収できず、昨夜も鞄に入れてそのままになっていた。
さて、では呪いを解くマジックアイテムの作成を試そう。
と言っても特に作業をするわけでもなく、ただ頭の中で思い描くだけなのだが。
呪いを吸い取る宝石に、それが載る銀の指輪…………………………ダメか。
魔力が足りないのか、そもそも作成対象外なのか。
明らかに効果の高い傷薬や栄養ドリンクが作成出来ているので、マジックアイテム自体が対象外というわけではないはずだ。
"呪い"には魔法的な鍵が掛かっていると言っていたし、その鍵が作成の障害になっているのかもしれない。
ということは……件の品はダンジョンで狙うか、魔石を稼いで"紛い物"での作成を試し続けることになるな。
まぁ、作成するのならそのマジックアイテムの情報も集めて理解度を高めたりもしなくてはならないが、それは予定通りだし問題ない。
売りに出された物をイリスが手に入れたとバレないルートが存在すれば、購入しても良さそうではあるが。
で、目下の問題は……イリスを襲っていた連中から魔石と共に回収してある金銭だ。
これは人を殺して手に入れた金というのが気になって、あまり自分で使いたくないんだよな。
魔石だって換金できるのだし、同じようなものだとは思うのだが……まぁ、気分の問題だ。
連中はあまり奥まで行くつもりはなかったのか、そこまでの大金を持っているわけではなかった。
聖職者を連れずに奥へ行くのなら、大怪我をしたらどこかのチームに治癒魔法を頼むことになる。
チーム外に頼めば割増というか時価料金になるらしいので、それを考慮してもっと多くの金を持っていたはずだからな。
うーん……どこかに寄付でもするか?
身体を売ることが普通……ってほどでもないが、一職業として正式に認められており需要が高いので、専業でなくとも売っている女性は多いらしい。
この街は冒険者が多くそのほとんどは男だという話だし、戦うことを生業とする影響でより本能的に女を求めるということだろう。
一応、赤いスカーフで出来やすい時期は客の誘いを断るとしても、場合によっては例外もあると思われる。
となれば、父親が不明の子供が生まれたりしていて、中には様々な理由で養育できなくなった母親もいるだろう。
それらをこの街が放置するとは思えない。
ダンジョンで稼ぐ冒険者や、それらへ対応する様々な職種に就く街の住民は収入源になり得るだろうからな。
ならばその利益を生む存在として育てるため、そんな子供達を預かるか引き取る施設がこの街にならあってもおかしくはないはずだ。
少し探してみて、見つかったらそこに押し付けてくるか。
その金の出所を探られると面倒だし、寄付だということを明記したメッセージを添えてコッソリ置いて去ればいい。
そう決めた俺は朝食を摂りに階下の食堂へ向かった。
食事を終えて宿を出る頃、俺は
裏でティリカさんが夜の俺を褒めていたようで、それを聞いた色んな女性店員からちょこちょこお誘いを受けたからだ。
見せられたり触られたり触らされたり……美女ばかりなので悪い気はしなかったが、新人冒険者なので流石に毎晩買えるほどの余裕はないと断った。
すると、
「じゃあ、今日稼げたら言ってね♪」
や
「良いお客が捕まらなかったらタダでもいいよ。その代わりに楽しませてね♡」
などと返されたので、ティリカさんは相当俺を褒めたらしいな。
魔鎧で覆った
さて、辺りはまだ薄暗い。
偶然知り合ったことにするので初回に限りイリスとはダンジョン内で合流し、その後外でも行動を共にすることとなっている。
全身を魔鎧で覆った俺がダンジョンに入るところを見せておかないと、俺が何者なのかと不審に思われて正体を気にする者が出るだろうからな。
最悪、魔物か何かだと誤解される可能性がある。
この世界に存在するかは知らないが、前世の創作物では動く鎧がモンスターとして扱われていたりしたし。
安全上、俺が先に入って道中の魔物が居れば片付けておき、指定した地点で待機しておく予定だ。
というわけで……俺は人目のない路地に入り、魔鎧を纏ってダンジョンへ向かった。
早朝からダンジョンへ向かうのは新人が多いようで、騒がしい入口周囲は比較的若い者が多い。
食事中などに聞こえてきた話によると……ギルドの依頼は新人・ベテラン・大手に関わらず早い時間から取り合いらしいのだが、ベテランや大手は奥まで進むことから中で何日も過ごすことが多く、彼らがダンジョンへ入る時間は早朝でなくてもいいようだ。
で、これから魔物を狩ろうと意気込んでいる若い冒険者達の中にイリスは居た。
ダンジョン前は露店なども開かれ混雑しており、これだけ混んでいれば目立たないかと思ったが……やはり女性冒険者だという時点で幾分目立ってしまうようで、どこかのチームに話しかけられている。
「1人なのか?良かったら一緒にどうだ?」
「分け前は腕前次第だけどな」
「身体次第でもあるけどな」
そのチームは男だけで組まれているようで、彼女を誘う目にはそのどれもが情欲を孕んでいるように思われた。
朝からお盛んなようだが、若手だから発散する手段が限られているからかな。
全身鎧の俺がダンジョンへ入ったという目撃情報を作る意味も込め、俺は近くの露店で松明を買うとその男達の背後を通る。
イリスはそんな俺に気づき、「先約があるので」と言って断った。
赤いスカーフが巻かれているのもあってか、先約という言葉にあっさり引いたそのチームは去って行く。
それを確認すると……俺は入口で焚かれていた篝火で松明に火を着けてダンジョンへ入り、少し遅れて彼女も続いた。
それなりに距離は離れているが、イリスが巻いている赤いスカーフは"紛い物"で作成した物であり、それによって俺は彼女の位置を感知することが出来ている。
これは昨夜話がまとまった後に、食堂へ向かうからと服を着ていた最中にコッソリすり替えておいた物だ。
イリスが元々持っていた物は、街を訪れた当日に宿の従業員に言われて適当に購入した物らしい。
初めてこの街に来たという彼女が赤いスカーフを巻いていなかったので、心配してアドバイスをしてくれたそうなのだ。
というわけで、イリスが元々持っていた物は何か特別な物だということはなさそうなので、躊躇なく交換させてもらっていた。
元になる物が手元にあれば、ただの布一枚ぐらいなら"紛い物"での作成はコストがほぼ掛からないからな。
すり替えて手元に残った方は……俺の作った物が不要になるまで預かっておき、別れるときにでも返すことにする。
それから暫く。
イリスの位置を把握しながら奥へ進むと、予定の場所で待機する。
ここは第1区と第2区の境と位置づけられている場所……から少し離れた、人通りの少なそうな通路だ。
近くに休憩場所もないので基本的には皆さっさと第2区へ向かい、この場所へ来ることはないだろうと判断して指定した。
早朝とはいえ先行している者がいるからかここまで魔物には遭遇しておらず、不自然にゆっくり進んでは周囲から見られた場合に怪しまれる。
その結果、結構な時間イリスを待つことになったのだが……姿を見せた彼女はそんな俺に駆け寄り、松明を持たない方の腕で機嫌良さそうに抱き着いてきた。
「お待たせっ♪」
がしっ
「お、おう。いや、初対面のはずなんだから今日は距離を保たないと」
「あっ、そうね」
目的の達成に光明が見えたと思っているからか、テンションが上がって忘れていたらしい。
設定を思い出したイリスが離れたので先へ進む。
「その盾も魔繕法で作ってるの?」
進みながら彼女が聞いてきたのは……左腕に装備する、魔鎧で作った大きな盾である。
重さや慣性を無視して扱えるので、彼女を守ることもあるだろうと大きな物にしておいた。
俺は魔物を警戒し、魔石の探知をしながらそれに答える。
「ああ。あとこの斧もな」
そう言って盾の裏から外して見せたのは、片手で扱うことを想定された斧だった。
片刃であり、反対側はつるはしの先端のように尖っている。
"コージ"のときは剣を持ち歩いていたし、別人を強調するための要素を増やしておきたかったのだ。
あと、昔から使い慣れているのもあったしな。
魔鎧で作るなら重さを無視できるので、やろうと思えば大きな武器も作れたが……もちろん目立ち過ぎるので却下した。
「ふーん……フフッ♪」
「……」
斧を仕舞った盾を撫で、再び機嫌が良くなっているイリス。
これは、俺が彼女を守るつもりであることを理解してのことだろう。
調子に乗られ過ぎても困るので……俺はイリスのお尻を掴み、無造作に揉みだした。
わしっ、モミモミ……
「んっ、何?する?」
「……いや、松明落とすなよ?」
「わかってるわ♪」
一晩しか経っていないのに、このぐらいでは動じないどころか乗り気になっている。
それだけこの件で俺の力が重要だと思っているからかも知れないが……一緒に居る期間が伸びたらどうなるんだろうか?
楽しみな気もするが、厄介なことにもなりそうだ。
そんなことを考えながら……俺達は第2区へ進む。
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