第26話

「硬い……それにあったかくて変な感触ね」



イリスはそう言いながらそこに触れる。


まあ、彼女には存在しないモノなので奇妙に感じるのは当然のことだ。


一頻り撫で回したイリスはその手を離す。



「これが魔繕法まぜんほう……魔力の糸で繕って鎧なんて作れるのね」


「俺と繋がってる必要があるから距離の制限があるし、遠くに伸ばすほど魔力の消費が増えるけどな」



彼女が触っていたのは魔鎧で全身を覆った俺の身体であり、今後の予定として行動を共にする際の姿を披露していた。


ちなみに、表面が温かいのは俺の体温に依存しているからだ。


体温か外気温を選択することができ、仕組みはわからないが……避妊のためにを覆っても気にされないし、良い具合に形も変えられるのでまあ良いだろう。


魔鎧ではなく"魔繕法"という名称にしたのは、"まがいもの"という称号に気づかれる可能性をなるべく小さくするためと、イリスが俺の能力を"魔力の糸を操るスキル"だと認識しているので、その糸を繕って鎧状にしていることにして納得させやすくするためである。


実際、糸を繕って服を縫うようなものだと説明するとすんなり納得してくれた。


こういう、言葉の組み合わせみたいなものには若干の違和感がなくもないが、前世の日本でも一文中に複数の言語が含まれてたりしてたので不自然とは思わず、相手がそこに疑問を持ったこともないので気にしないこととしている。



「ふーん……じゃあ、私も教えておいたほうがいいわね」



俺の説明を聞いた彼女は逡巡すると、自身のスキルについて説明を始めた。



「私のスキルは"マジックストック"と言って、事前に魔法を発動させてその効果を表に出さず貯めておけるの」



聞けば、指ごとに1つずつ魔法を貯めておき、使いたい魔法を保存した指を立てて解放リリースと宣言することでその魔法を放出するそうだ。


ダンジョン内で俺に向けられた指が小指だったり、その前のあの男達へ魔法を放つ度に立てる指が変わっていたのはそのためか。


つまり触媒は普通に必要で、指を立てなくてはいけないので手の指と同じ10個しか事前に貯めておけないってことだな。


あくまでも呪文の詠唱時間を省きたい緊急時に使うスキルで、普段は一般的な魔法使いと同じらしい。


ああ、そういえばのときは触媒と短い杖を持って呪文を唱えていたな。



「じゃあ、そのスキルはあまり当てにしないほうがいいのか?」


「そうね。ただ、魔法を貯めておけるだけ貯めてから休んで魔力を回復しておけば、魔法を使える回数はその分増えるわよ」



胸を張って言うイリスだが……



「なるほど。触媒の消費もそのぶん増えるな」


「ぐ」



俺の言葉に、張られていた大きく形の良い胸は通常の位置に戻る。



「で、色はその色でいいの?」



気を取り直した彼女がそう聞いてきたのは、俺が黒い鎧の姿だからだろう。


身長も15cmほど高くして……つま先を伸ばすのは足が吊りそうなので、鎧の脛部分を装甲で厚くする形にして伸ばさず誤魔化せるようにした。


もっと伸ばして2m超えなんかになっても良いが、それはそれで目立ちそうだからな。


結果、前世より高い180cmを少し超える程度になっている。


これで"コージ"との関連性は幾分薄れるはずだが、透明だと認識していた魔力の糸が可視化された鎧になったことで、色を自由に変えられることも教えることになる。


他の色に変えられないことを納得させやすい、"筋の通った理由"が思いつかなかったからな。


ただ、あくまでも色を変えられるだけであり、魔鎧に覆われた俺自身が透明になれるのは秘密にしておく。


悪用を疑われるのは面倒だからな。


で、イリスがその色について聞いてきたのは……



「やっぱり目立つか」


「かなりね。何で黒にしたの?」


「暗い洞窟なら目立ち難いと思って……まぁ、外では逆効果だろうし、普通に鉄の色にするか」



俺はそう言うと、魔鎧の色を鈍く光る灰色に変える。



「うん、色は鉄みたいになったわね。デザインがちょっと独特だけど、これぐらいは制作者のセンスだって誤魔化せる範囲だわ」



どうやらデザイン自体にも若干の問題はあったようだが、このぐらいは言い訳ができそうなのでこのままでいいか。


何らかの作品で見た物を参考にしたんだけどな。




お互いの能力についての話が終わるとすっかり暗くなっていたので、階下の食堂へ向かうことにする。


ピンチに陥っていたイリスに助力したことで食事を奢ってもらうことになり、食事の時間まで彼女の部屋で話し込んでいたという体になったのだ。


"お礼を身体で支払ってもらっていた"、ということにするのは却下された。


恩人な上に力を貸してもらうので、そんな相手が良くない目で見られるのは看過できないそうだ。


そんなわけで、ここへ来たときの姿になった俺は彼女と共に食堂へ降りると、結構な混み具合の店内を見回す。



「混んでるな。いつもこうなのかな?」


「どうかしら?私も2日目だから……でも、昨夜もこのぐらいだった気はするわ」


「ふーん……」



ざっと見た感じ、男の客が結構多い。


半分ぐらいは男じゃないか?


この宿に女性店員はおらず、その影響で男性客が少なく女性客は多いと聞いたが……ん?



「これで男は少ない方か?」


「少ないでしょ?」



当然のことのようにそう返すイリス。


なるほど、少ないというのは"他の店と比べて"という相対的な意味だったようだ。


まぁ、冒険者が多い街でその冒険者は男が多いとなれば、店内の割合として男性客が少なくなることは中々ないか。


だがそうなると……男性客は女性客に声をかけるのでは?と疑問に思い、イリスに尋ねる。



「ああ……それはあるけど、があるとしつこく誘われることはないそうよ」


「なるほど」



彼女の、自分の首を指差しながらの答えに俺は納得する。


その首に巻かれていたのは赤いスカーフで、何らかの理由があってを受けられないということを表明する物だ。


その理由の中には先約という意味もあり、その相手が権力や戦力を持つ存在である可能性があるのであっさり諦める場合が多いらしいと聞く。


多いだけで例外は存在しそうだが……と思っていると、イリスが俺の耳元で囁いた。



「貴方が相手なら……いつでも外すからね♡」


「あ、ああ。機会があればな」



したばかりなのになかなか良い誘い方をしてくる彼女にそう答えていると、女性店員の1人が俺達に声をかけてくる。



「あら、そちらの方はここにお泊りですよね?座らないんですか?」


「ええ、そうなんだけど……彼と座れる席を探してて」


「……」



イリスの答えに店員は俺を見る。


この店員も首に赤いスカーフを巻いており、身体を売っていないことを表明しているようだが……その視線は訝しげだ。


おそらく、この宿に1人で泊る女が男と共に夕食をということを気にしているのだろう。


もしかすると……強引に言い寄って食事に誘い、酔い潰したりして部屋に押し込むとでも思われているのかもしれない。


その部屋から出てきているわけだが、この店員はその場面も一緒に階段を降りてきたのも見ていないのだろう。


というわけで、俺は用意しておいたイリスとの出会いについて説明した。






「……本当ですか?」


「ええ。お礼として食事をごちそうするだけよ」


「そうですか、でもお気をつけください。酔い潰されて部屋にもにも押し込まれるかも知れませんからね」


「え、ええ……」



"コージ"の名誉のため、すでに同意の上で実行・完了していると言うわけにはいかず、ズイッと顔を近づけて言う店員にイリスは苦笑いでそう返す。



「では、えーっと……こちらへどうぞ」



勘が鋭いのか微妙に納得してなさそうな店員だったが、イリス本人が同意していると明言したからか俺達を席へ案内することにしたようだ。


案内された席は割と人通りの多そうな位置だった。


偶然空いたところだったし、人目が多い席に案内することで強引なお誘いをさせないため、というわけではないだろう。


丸いテーブルに向かい合って着席した俺達は、今後のことも考慮してお互い1000オールほどの料理を注文した。




何事もなく食事を終え、2階へ上がる階段の前でイリスと別れる。



「じゃあ……また機会があれば」


「ああ。気を付けてな」



それなりに騒がしいとは言え誰かに聞かれることを考慮して、そんなあっさりした言葉で俺はその場を後にした。


"コージ"が彼女とチームを組んだと思われてはいけないからな。


少なくとも……"宝石蛇"のイリスに対する立ち位置がはっきりするまでは。




そんなわけで。


酒場などの灯りがあり、人通りもあるそこそこ賑やかな様子を眺めながら俺は自分の宿への帰路を辿った。

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