第19話

スイング式のドアを開けて店内に入ると広い飲食スペースがあり、入り口の傍には2階へ上がる階段と受付のカウンターらしきものがある。


俺は元々ここが宿だと聞いていたので、2階が宿になっていてその対応をここでするのだろう。


まぁ、今はその受付に誰も居ないのだが……部屋が全て埋まっているからかな?



「いらっしゃーい!お食事?」



店員であろう女性から割とフランクにそう聞かれる。


店員だと断言できないのは、お揃いの制服などではないからだ。


ただ……店内を動き回るどの店員も美女であり、バラバラの服装も中々に扇情的なものだった。


そんな中、俺は彼女達を二分できる特徴を見つける。


首に何か……スカーフらしき物を巻いている人と巻いていない人が居る。


服装はバラバラなのに、そのスカーフは赤い色で揃っているので不思議に思っていると……



「あのー?」



店内を眺めていると再び店員に声を掛けられ、少し焦りつつ先程の問いに答える。



「あ、食事で」


「はぁい。まぁ宿の方って言われても空いてないんだけどね。じゃあ、空いてる席にどうぞ」


「はい、どうも」



と、その店員の横を通ろうとすると、小声ではあるがハッキリと言われる。



「見るのはタダだけど、お触りや"連れ込み"は有料だからね♪」



スカーフ以外にも見ていたのを気づかれていたか。


怒っていたようではなかったし、あくまでも注意喚起というか、店のルールを説明しただけのようだ。


まぁ、その説明でこの店がだと確認できたわけだが。


看板にそういった表記がなかったことや、料金的な情報も気になるが……とりあえずは食事にしようか。


今日は十分な収入があったし、街での食事情を知っておくに越したことはない。


十分な注意が必要ではあるが……"紛い物"で作成した物でも調理してしまうのであれば、スキルなどを使用してもそれが模造品だとは判別できず、金を稼ぐ手段に使えるかもしれないからな。


今はダンジョンで稼げているのでその予定が入る事はないが。


そんなわけで、基本的には複数人でテーブル席に座るからか空いていたカウンター席に着くと、すぐに店員が注文を取りに来た。


この人はスカーフなしだな。



「ご注文は?"連れ込み"ならアタシは5000からだけど♪」



最低料金でも宿代よりは高いのか。


"から"と言っているので、時間などでその料金は上がるのだろう。


だが、これが高いのか安いのか……


外町とやらから帰ってきた冒険者が言うには、この街の料金は高いらしいが……まぁ、今は食事だ。



「今日のところは普通の食事で」


「えー?新人っぽいし、余裕ないの?」


「まぁ、そんなところです。なので適当な料理が欲しいんですが」


「はぁい。じゃあ、500ぐらいのセットにしとく?それ以下だと……別にお腹を壊したりはしないけど、少ないし味気ないしで気が滅入るよ?」


「じゃあそれで」


「はーい。余裕ができたらアタシも注文してね?」



そう言うと店員は奥へ行き、程なくして料理を運んできた。



トンッ


「はいどうぞ。こっちはサービスね♡」


ムニュリ、ムニムニ……



料理を置かれ「あ、どうも」と上げた左手を、ごく自然な動作で掴み自分の胸を触らせてくる店員。


席についた時点で革の手袋を外していたのでその感触は布だけにしか阻まれておらず、料理を運んできた時に見た揺れからすると……ほぼ固定はされていないようだし、ブラに当たる下着を着けていないのかもしれない。


嬉しいサービスだが、問題はないのだろうか?


他の客からはなるべく見えないようにしているが、カウンターの向こうからは普通に見えるはず。


そう思っていたがカウンターへは料理を出すときにしか人が来ないようで、そのタイミングを見計らってのサービスだったらしい。


10秒ほどでそのサービスは終わり、俺の左手は開放された。


お触りも有料だと聞いたのだが、これも売り込みの1つで試供品のようなものかな?と思い、料理の代金のみを渡す。


サラッと見回した感じ、チップと思われるものを渡している人も居たので、俺もチップを渡そうかとも考えたが……金に余裕はないと言ったばかりだからな。


当然それ以上のサービスはなく、中々の大きさと感触だった"それ"と共に店員は俺の元から去っていった。


機会があれば……また相見えようぞ、なんてな。




さて、切り替えて食事にするか。


パンとシチューのセットらしく、パンは少し固めでシチューの具は肉と野菜がそこそこ入っていた。


シチューの時点で手間はかかっているだろうし、価格相応の物が出てきたのではないだろうか。


あくまでも、現時点での俺の基準に合わせると、だが。


前世では、時間がなければゼリー飲料か栄養ドリンクで済ませていたりしたので、量的な不満はない。


味は……塩が主な調味料かな?


野菜は普通に知っている定番の物で、肉はウサギか。


前世で口にしたことはないが、現世では食べたことがある。


まぁ、実際には前世の記憶を思い出す前なので、気持ち的にはこれが初めてのようなものだが。


パンはやや固めとは言え、それなりに柔らかさも感じられる。


この代金でこれなら、もっと出せば前世並みに柔らかいパンが出てくるのだろうか?


ふむ……品質を上げられる物を"紛い物"で作れば十分稼げそうではあるな。


どうせ面倒なことになるだろうし、やるとしても直接の取引はできないが。


一応、魔鎧で変装できるので、正体を隠したままでも取引をできるような相手がいればいいのだが……これは冒険者として稼げなくなってからの話だな。


そんな事を考え手を止めていると、カウンターの向こうから話しかけられる。



「もう食べないの?冷めるわよ?」


「え?ああ、今食べます」



とその店員に応え、食事を再開しようとして……そこで気付く。



「あれ、リンナさんじゃないですか」


「気付くの遅くない?ティリカにサービスしてもらってるところから見てたわよ?」


「え」



サービスしてもらったということは……さっき料理を運んできた店員がティリカという名前なのだろう。


見回したときにはリンナさんを見ていないが、タイミングの問題かな?


別に彼女とは付き合っているわけでもないので、やましいところは1つもないのだが……気まずいことは気まずい。


それを察してなのか、リンナさんは気にしていなさそうに言った。



「あぁ、良さそうな客ならあれぐらいは普通のことだから。嫌な客には近づきもしないけど」


「は、はぁ。そうなんですね」



少なくとも、あの店員には良さそうな客だと思われたようだ。


やはりチップを渡すべきだったか?


商売上の関係であれば避ける必要はないしな。


それはさておき、リンナさんがいるとなれば確認することがある。



「あ、そうだ。宿の方はどうなってるんでしょうか?店に入ったときには一杯だって聞きましたが」



そう聞くと……リンナさんは微妙に言いづらそうな顔をした。



「あー……まぁ、大丈夫ではある、わね」


「ハッキリしない物言いですね。もしかして、物置か何かに泊めようとしてます?」



サービスすると言っていたし、物置や倉庫、屋根裏などの普通の部屋ではない場所に格安で俺を泊めようとしているのだろうか?



「あっ、違う違う!そういうんじゃなくて……ちょっと耳貸して」



そう言って手招きをされ、それに応じて耳を寄せると……予想外の宿泊場所を教えられる。



「その……用意してるの、私の部屋なんだけど……いい?」



ん?予約がかち合って、ここに戻ってきたときには空室がなくなっていたのか?


しかし、この宿に泊まることとなった時点で「部屋は一応ある」って感じで言っていた。


となると、彼女の部屋に泊まるというのは予定通りってことになるわけだ。



「えーっと、知り合って間もないのに自分の部屋を貸すんですか?」


「まぁ、話した限りでは悪さするような人でもないみたいだし、さっき見た稼ぎもあるんだから大丈夫でしょ?」



あれだけ稼いでいるなら、窃盗などの心配は不要だろうと判断されたのか。



「それは、まぁ……で、部屋自体に問題はないんですが、その場合リンナさんはどちらに?客の部屋ですか?」



の予定が入っているから自分の部屋が空き、俺を泊められるようになっていたということかな?


そう考えて聞いてみたのだが、彼女はジト目で聞き返してくる。



「……私も同じ部屋で寝るつもりなんだけど」


「え、いいんですか?一応俺も男ですし、にならないとは言い切れませんが」



暗に「身の危険は案じているか?」と聞いたのだが……



「良くなかったら巻いてないわよ」



と、少し顔を赤らめて自分の首に巻かれた赤いスカーフを指差すリンナさん。


ただ、俺はそのスカーフの意味を知らないのでピンとこない。


それに気づいたらしい彼女は、そのスカーフの意味を説明する。



「ああ、これを巻いてる人は先約があるとか、体調が悪いから誘わないでって印になってるのよ。逆にこの色じゃないとか、スカーフを巻いてない人は誘ってもいいってことになってるわ」


「へぇ……ん?それはこの辺りだけの習慣ですか?」


「この辺りというか、この街ぐらいじゃないかな?少なくとも、地元からこの街に来るまでは見なかったし」



なるほど。


街の門前で男達に絡まれて俺が助けた娘は巻いていなかったが、その習慣がない土地から来ていたのだろう。


となると、あの男達からすると誘う事自体は普通のことだったのかもしれない。


まぁ、かなり強引に見えたし、断られていたようなので助けたのは間違っていないはずだが、今後はそこの確認もしないといけないな。


というか、赤いスカーフを巻いているかいないかにそういった意味を持たせているなら、ファッションとしては自由に使えないのか。


誰が始めたことなのかが気になるが……まぁ、今はリンナさんの件だ。



「ということは、俺を泊めるために今夜は客を断ってるってことですか?」


「それはそうだけど……今日巻いてるのは先約って意味よ」


「え、先約ってことは……」



そう言ったところで彼女は辺りを見回して顔を寄せ、それに合わせて耳を向けた俺に小声で言った。



「サービスするって……言ったでしょ?」



どうやら、俺は彼女のという扱いでいいらしい。


そこまでしてもらえる理由がないのだが……遅い時間と言うほどではなくとも、これから探してまともな部屋が確保できるとは限らない。


そんなわけで。


食事を終えた俺はリンナさんの部屋へ招かれ、宣言通りのサービスを受けることにしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る