第16話

ガヤガヤ……



ダンジョンの出口に近づくと、自分同様に狩りを終えた冒険者達が増えてきた。


やはり1人でダンジョンに入る人は少ないらしく、大抵は今日の戦果やの予定を話している。



「今日はどこにすっかなー」


「俺は……"蜂の巣"だな」


「またあそこ……ってか、またあの女か。お気に入りがいんのはいいけどよ、そのために飯代削って動けなくなったりすんなよ?」


「わかってる。そうなったら通うこともできなくなるしな」


「ならいいけど……俺達が入れる程度の店なんだし客も多いだろうから、あんま入れ込まねぇ方がいいと思うんだがなぁ」


「……それもわかってる」




そんな会話を耳にしながらダンジョンを出ると、衛兵らしき人が出口の左右に篝火を灯すところだった。


まだ暗いわけでは無いが、夕方ぐらいには火を焚くようだ。


そんな篝火の間を抜けて外へ出ると……ダンジョン前の広場は昼間以上に賑わっており、色んな店の客引きが盛んに行われていた。


1人である俺がそこまで稼いでいるようには思われないだろうし、そういった客引きは多くないだろうと予想していたが……



「え?その袋に詰まってるの、全部あなたの物なの?」


「宿はもう決まってる?まだならうちに……」


「だったらうちにしなよ!追加でしてあげるよぉ?」


「あ!それならアタシだって!」


「……」



客引きの女性4人に囲まれ、取り合いになっている状況に自分のミスを痛感する。


いや、痛感と行っても客引きだけあって彼女達の見た目は良く、押し付けられる柔らかな感触は嬉しいものなのだが……目立ちたくないという点で言えば嬉しくはない。


こうなった原因は俺が持っていた袋で、その中に詰まった戦利品のせいである。


初回でありどの程度の金になるのかがわかっておらず、税金のこともあるので可能であればギルドから借金をしない方がいいだろう。


なので、ある程度まとまった金を用意しておこうと思い、稼いだ魔石は魔力として吸収せずにおいたのだ。


緊急時に放り捨てて身軽になれるよう背負っていた鞄へ入れず、手に持ったままだったのも良くなかったか。


余裕を持って大きめの袋を用意したので、そこまで多くの戦利品が入っているようには見えないかと思ったのだが……小型でも52個の魔石となれば一抱えほどの大きさはあり、最初に声を掛けてきた女性から「素材も込みでそれだけ?」と聞かれ、魔石だけしか回収していないと答えた結果こうなった。


魔石だけでこの量なら、十分な稼ぎになっているようだ。


それが全て俺1人の物だとわかり、それを偶々聞きつけた他の客引き3人を引き寄せた。


あくまでも、新人にしては稼いでいるといった話だとは思うのだが……



「もっと稼いでいる人はいくらでも居るんじゃないですか?」


「そりゃ居るけど……ねぇ?」


……コクリ



俺の質問に答えた女性の発言で、他の3人は一様に頷く。


聞けば、稼いでいるチームやカンパニーは独自の情報が流出することを警戒し、店やは厳選するものであるらしい。


そういった都合で彼女達の立場上、になるとしても末端のメンバーであり、そこから上の立場の者へ紹介されるかもしれないが……そうなると守秘義務のようなものが増える。


その上、そういった組織の専属だと思われてしまうと、その組織と関係のよろしくない相手に狙われたりして面倒だ、とのこと。


そこで柵がなく、1人でそれなりに稼げる者がいれば……なるのはごく自然なことであるようだ。



「事情はわかりましたけど……俺はこの街に来て間もないんですよ。今後もずっと稼げるとは限りませんし、なるべく節約したいので……」


「あ、じゃあはサービスってことでもいいわよ?今夜はお試しってことで」



そう言って股間を撫で回してくる客引きの1人。


それに対抗して、他の女性達も勧誘の激しさが増す。



「こっちだってお試しでもいいよ!」


「あ、もう1人付けるから2人一緒にってのはどう?ちゃんと可愛い娘よ」


「ちょっと!それはズルくない?」



そう言い合いつつも、俺に身体を押し付けてくる4人。


周りが騒がしいからか、今のところはそこまで目立ったりはしていないようだが……このままでは時間の問題だろう。


なので宿の値段を聞いて適当に決めようかと思ったのだが、そこで新たに客引きの女性が現れた。



「あっ、いた!」






冒険者ギルドのやや裏手である、解体場へ向かう道でとある女性から苦言を呈される。



「もう、絶対目を付けたわよあの娘達」


「はあ」


「わかってる?あれじゃ見かける度に誘ってくるわよ?」


「それはちょっと困りますね」


「ちょっとで済むの?やっていける算段が付くまでは節約するんでしょ?」


「それはそうなんですが」


「ハァ……まぁいいわ、とりあえず今夜はうちに泊まんなさい。サービスしてあげるから」



困ったようにそう言うのは、この街へ入ってすぐに宿の客引きをしてきた女性で、名をリンナさんというらしい。


街に来た当日だし浅い区画だと魔物は取り合いなので、早めに出て来て翌日に備えるのではないかと予想し、再び俺の勧誘に来てみたらしいのだが……そこで見たのは4人の客引きに取り合いをされている俺だった。


彼女も俺を気にかけているのは、やはりどこぞのお坊ちゃんだと思っているからだろうか。


客引きに取り合いをされているその様子から予想以上に稼いだのだろうと察したリンナさんは、どこに泊まるかで揉めているのだと察し、自分が先約だと言って他の客引き達を諦めさせた。


先約というのはやはり重要らしく、客引きの女性達はあっさり引いて……そして今、換金するだろうからと解体場へ向かう道を案内してくれている。



「そもそも、宿が決まってないって言ったから囲まれてたんですけど」


「先約が嘘ってのはバレてるわよ。だから次はそれを利用して誘ってくるわ。あなたって人が良さそうだし、嘘をついたら悪い事した気になるでしょ」


「ああ、なるほど。まぁ、相手によるでしょうけど……敵対してるわけでもない相手なら、確かに申し訳ない気にはなりますね」


「やっぱりそういうタイプなのね……ってことは、その戦利品も自力で稼いだのね」


「戦利品と何の関係が?」


「中には人から戦利品を奪う奴もいるからね。放置されてた魔物の死体から素材を回収するのは別にいいけど、基本的に魔石は回収されてるから。その上でそれ全部が魔石って言ってたから……あなた、それなりにのね」



ああ、ちょっと話した程度の間柄ではあるし、強盗はともかくハイエナ行為ぐらいなら……している可能性があると思われてもおかしくはないか。


とりあえず、ある程度の実力があるとは思ってもらえたところで宿の話だ。



「で、あの場では宿の部屋を確保してるって言ってましたけど、まだ空いてるんですか?」


「…………一応はね」


「妙な"間"が気になるんですが……」


「大丈夫よ、ちゃんと部屋はあるから。私は先に戻って準備しておくから、戦利品の換金をしてきなさいな。ああ、全部お金で貰ってくるんじゃなく、いくらかギルドに預けておくのよ?」



微妙に早口でそう言い、その場を離れようとする彼女だったがそれを俺は引き止めた。



「あ、ちょっと」


「えっ?な、なに?」



ちょっと焦った様子のリンナさんに、1つ確認しておかなければならない事がある。



「いや、宿の場所を」


「あ」



そうして、重要なことを思い出した彼女は、宿の場所と"牛角亭"という名前を告げて去っていった。




1人になった俺は他の冒険者の流れに乗り、冒険者ギルドの解体場へ入っていく。


何と言うか……魚市場みたいな建物だな。


一応仕切りはあるのだが、作業場に大きい物を搬入しやすくするためかハードルのようなものが置かれているだけだ。


風通しを考慮しているようで防犯が気になる所ではあるが、かなり多くの衛兵らしき人達が配置されて目を光らせている。


まぁ、マジックアイテムでなくとも高価な素材はあるのだろうし、それによってこの街の隆盛を誇っているわけだから防犯には力を入れるよな。


そんな様子を見つつ、受付や事務処理をしているであろう建物の一面へ目を向けた。


ギルドと同じで仕切りのある受付がいくつも並んでおり、こちらではある程度の大きさまでの納品物を扱うからか、受付1つ当たりの幅はギルドの倍ぐらい確保してある。


もっと大きな物は受付の前に広がっている作業場の方で、そちらに居る担当者が査定を行うようだ。


さて。


俺が査定してもらうのは魔石だけだが、魔物の体内にあった物だ。


キッチンペーパーで拭いただけなので汚れや匂いが残っているだろうけど……大丈夫かな?


やろうと思えば洗うことも出来たのだが、1人で行動しているなら運べる水の量はたかが知れている。


なので、貴重なはずの水を魔石の洗浄に使えば大いに目立ってしまうと考え、洗わず拭く程度に留めておいた。


キッチンペーパーなのは……油分を拭き取りやすいのと、燃やせばすぐに処分できるかなと考えたからだ。


実際は水分を含む血液も吸収していたし燃えやすいわけではなかったので、穴を掘って埋めることにした。


ゴミや排泄物はそうやって処理しているらしく、基本的には掘り起こされないだろう。


それに、スライムが処理しているのかはわからないが、暫くすれば消えてしまうそうだし。


そんな魔石を換金したいのだが、どこもそれなりに混んでるな。


なので適当な所に並ぼうとしたところ……一番奥の受付が空いていたのを確認した。


というか、利用者が1人もいないので担当者が不在だと思っていたのだ。


若そうだが担当者らしき女性はちゃんといるようで、何故空いているのかが気になるが……とりあえず行ってみよう。


そう思ってその受付に行くと、予想外の言葉で迎えられた。



「メンドイから他行って」

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