第15話

ダンジョン内は外から見えていた通りの洞窟で、暫く進むと縦横4、5mほどの通路は暗くなっていった。


入り口付近で松明を売っていたのはこのためだろう。


時折見かける新人らしき集団でも、最低1人は松明で周囲を照らしていた。


暗くなった時間であれば入口に篝火が焚かれるらしいが、明るい内はそれがなく、松明を売っている露店の隣で売っている串焼き屋で火を貰うことになる。


そうなるとタダで、というのに気が引ける人の場合……1本買うついでに火を貰う形になるわけだ。


松明売っている店と繋がりがあるのかもしれないが、値段は他の店と変わらないと言っていた。


確認しようと思えばすぐに他の店に聞ける環境だし、単に良い場所を確保しただけなんだろうな。


結果、オーク肉の塩焼きとやらを500オールで買った俺も松明を片手に進んでいた。


電池式のランタンでも使おうと思ったが……それをマジックアイテムだと誤解され、金を持っていると思われたら面倒なことになるかもしれないからな。


浅い区画ならば活動中の冒険者はそこまで強くはないんだろうけど、こちらが1人であることで恐喝や強盗ぐらいはしてくる可能性は十分ある。


まぁ……その場合、その程度では済まず口封じまでしてきそうだが。


もちろん抵抗するし魔鎧の力もあるので、ある程度はどうとでもなりそうだが……避けられるのなら避けた方がいい。





そんなわけで地図を見ながらダンジョンを彷徨いていた俺は……地図を持っていない、次の区画にやって来ていた。


いや、魔物は取り合いに近い状態だったし、下手に近づくと獲物の横取りを疑われかねない環境だったのだ。


普通のゴブリンしか見かけなかったし、偶々出現時に出くわしたゴブリンがいたが……暮らしていた森にいた奴と大して変わらなかったしな。


魔石の位置がわかることから魔物はもちろん、魔石を持つ人間の位置も把握できる。


出口が決まっている以上、帰りは皆が同じ方へ向かうだろうから……付いていけば迷うことはないはずだ。


ということで第2区画らしき場所を彷徨く。


この区画ではゴブリンに加えて、魔狼という狼の魔物も生息して居るらしい。


そのまんまな名前だな。わかりやすくていいが。


もっと奥の区画では環境が違い、松明はいらないらしいが……それがまだ必要な暗い洞窟では狼の鼻が効くだろうし、遠吠えでもされたら反響して遠くの狼がやって来たりするのかもしれない。


あ、領域の仕様があるから基本的には大丈夫なのか。


そんなことを考えていた俺は、横取りを疑われないように姿を消し……ある4人組のチームを眺めていた。



「ガウッ!!」


ガッ


「くっ!」


「オラァッ!」


ザシュッ


「せいっ!」


ドズッ



さほど広くはない洞窟であることを利用し、魔狼達の攻撃を1人の男が盾で受け止め、別の男達が攻撃に専念する形で戦闘を行っていた。


しかし……敵の数は彼らよりやや多く、このままでは捌ききれずに押し切られてしまうだろう。


そう思っていると、盾役の男が声を上げる。



「ココル!まだかっ?」



それに応じたのは、そのチームで唯一の女性である魔法使いらしき人物だ。


所々金属製らしき防具を装備した男達に比べて、戦うにしては随分軽装で……木製らしき杖を持ち、ローブに革のブーツ、それに革の小さな鞄をベルトで腰に下げている。


色や材質までとは言わないが、ダンジョンへ入る前に会ったセリアを始めとする、聖職者達の格好に酷似しているな。


もしかして、魔法使いはあれが流行りなのか?


そんな彼女が行動を起こす。



「待って!*****……*****!」


バシュッ!



鞄から小さな壺?を出して栓を開け、それに杖を持っていない方の指を突っ込み、何かを言いつつ杖を突き出す。


すると……その杖の先に1mほどの水の玉が発生し、前にいる男達の頭上を越えて飛んでいく。



バシャアッ!


「バウッ!?」


ブルブルブルブルッ!


「今だ!」



水の玉が着弾と同時に弾けて魔狼達がずぶ濡れになると、奴らは一様に体を震わせ水気を飛ばそうとし始めた。


ただの水ではないのか、習性や弱点で濡れること自体が嫌なのか。


その辺りが気になるところだが……それを好機に冒険者達は攻勢を掛け、6体の魔狼を全滅させた。



「……何も出てないな。じゃあ、魔石と皮だけ取って行くか」


「おう」

「ああ」

「ええ」



周囲を見回した盾役の男がそう言うと、他の3人はそう応えて作業に取り掛かる。


マジックアイテムなど、特殊な戦利品が出現する場合もあるんだったか。


それがなかったことを確認した彼らは、魔狼の魔石や皮を回収する。


解体か……俺は魔石しか回収してなかったから出来ないんだよな。必要もなかったし。


見学していくか?と見ていたのだが、彼らも魔石の回収以外は皮を剥ぐだけなのでそこまで参考にはならなかった。


手順さえ合っていれば良さそうだったしな。


その作業を終えると、彼らは攻撃役の2人が戦利品の入った革袋を持つ。


盾役の男と魔法使いの女性がそれを持たないのは……敵との遭遇に素早く対応するためと、体力的な事情だろうか。


まぁ、自分の荷物は持っているので、そこまで大きな差はないだろうけど……その差が結果を大きく分けるのかもしれないな。


移動を再開しようとした彼らだが、そこで魔法使いの女性が報告する。



「水魔法の触媒はもう少ないから、飲み水の分を考えるともう使えないわよ」


「他の魔法は?」


「火の触媒は少しあるけど、まともな威力で使うなら1回だけね」


「まぁ、そんなもんか。水以外の触媒は高いからなぁ……」


「水の触媒もそれなりの値段なんだけどね。で、どうする?」


「第1区画の近くで無理せずに稼ごう。荷物だってそれなりに増えてるしな」



あのリーダーらしき盾役の男は慎重派のようだ。


今までそれで上手くいっているのか異を唱える者はおらず、彼らは第1区画の方へ向かっていった。


魔法の触媒は高価なのか。


森で暮らしていたときに火の魔法を使うゴブリンに遭遇し、奴が持っていた赤い石を残してあるが……あれがそうなら、必要に応じて換金してもいいな。


それを確認した俺はその場を離れ、人目がない場所で姿を現すと……消していた松明にライターで火を付けて狩りを再開した。





ダンジョンに入り、ストップウォッチで計測すること約5時間後。



「ギッ」

「ギャンッ」



街へ入る前に使った、魔鎧のワイヤーでゴブリンと魔狼の群れを片付ける。


一度に遭遇するのは多くても5体だったので、町へ入る前、10人以上の男達に対応できた俺が苦戦することはなかった。


見学させてもらったあのチームが6体だったのは、領域外から追加で参戦してきていたのかな?


ここまでの獲物は合計52体で、魔石の収支としては十分黒字である。



「素材を回収していないことをギルドから不審に思われないと良いんだが……」



一応、魔狼の皮が換金対象なのはわかっているが、1人で運ぶには荷物がかさばるので魔石だけを回収することにしているのだ。


今日は様子見だし飲食を"紛い物"で済ませれば、相当ぼったくられない限りは宿代が足りないことはないはずだ。




そうして魔石を回収しながら考えるのは……戦い方を見学させてもらったチームの魔法使いだ。


防御力がほぼ0に見える格好も気になるが、それよりも気になるのが魔法そのものである。


聞いていた通り、触媒を使って魔法を発動させるのは確認できたが、その前に理解できない"何か"を発声していた。


森で遭遇した魔法を使うゴブリンも何かを言って魔法を使っていたのだが、あれを理解できなかったのはゴブリンだからではないのかもしれないな。


魔鎧を介してなら何らかの効果を発動できるようだが、素の俺では触媒らしき赤い石を使えなかったので、自分に魔法は使えなさそうだと判断している。


なので魔法については詳しく調べていないのだが……魔法を発動させる前の発声が呪文か何かなら、それを聞き分けることで対応しやすくなるのかもしれない。


そう思って傾注していた"呪文らしきもの"が、理解自体をできないというのは予想外だった。


この件に関する資料を"紛い物"で作れるだろうか?


作れたとしても資料系ってコストが高いからなぁ……ああ、だったらギルドの受付さんにでも聞いてみるか。




などと思っていたら、魔石の反応を見る限りそろそろ街へ帰還する頃合いらしく、俺の感知範囲に出入りする人達がポツポツと増えている。


あ、この分だと……受付は混むよな。


長話はできなそうだが別に急ぐ話ではないので、忙しそうなら別の機会でもいいか。


というわけで、俺は出口が混む前にダンジョンから引き上げることにした。

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