第7話

こちらへ飛んでくるドラゴンらしき存在を双眼鏡で視認すると、俺はすぐに山頂に置いてある物を魔力に戻して回収する。


そして魔鎧で全身を覆い、向かってくるドラゴンとは反対側の山頂の陰に隠れたのだが……動けたのはそこまでだった。



ビュォオオオオ……ブワサァッ、ズウゥンッ!!!



先程まで俺が滞在していた山頂に着地したらしい、ドラゴンと思われる存在。


その強大な魔力に下手な動きはできないと考え、山頂の陰に浮いたまま、隠れて魔力の消費に耐えていた。


そこで1つの異変が起きる。


ん?魔鎧で覆った体が消えている?


体中を触って確認すると触感はちゃんとあり、透けて見えるだけなようだ。


こんなことは初めてだな。


ここまで本気で隠れたいと思ったのは初めてなのだが、その意志が反映されたのだろうか。


同時に魔力の消費ペースが跳ね上がったが……リアルタイムで体の向こう側の光景を表面に反映させているからかな。


まぁ、アレに見つかるよりはいい。


とりあえず地上に降りて森に紛れるか……ん?



………………



やけに静かだ。


遠くから飛んできたようだし、ゆっくり休んでいるのかもしれないが……というか、小さい魔力の反応しかないな。


ドラゴンは何処に行った?


自分が透けていることに気を取られていたら、いつの間にか奴の魔力が消えているみたいなんだが……



「おい」



まぁいい、俺にとっては好都合だ。



「おい、そこのお前だ」



今のうちに、静かに降下すれば……と行動を開始しようとすると、から怒鳴られる。



「お前だ!そこの小さいの!」


「え?……え?」



その大声に上を見上げると……そこには、20歳ぐらいの美女が俺を見下ろしていた。


裸で。


腰に手を当て堂々と立つ姿勢によって、その豊かな胸部と更地の股間が俺の目にハッキリと映っている。



「え、俺が見えるんですか?」


「いや。居るのがわかるぐらいだな」


「でも小さいのって言いませんでした?」


「魔力で体を覆っているだろう。それで大きさというか、形がわかる。声を掛けたのも人の形をしていたからだ」



そうか。


そもそも人だとわかっていなければ、話しかけたりはしないはずだよな。



「ああ、そうなんですか……って、それどころじゃない!ちょっと!そこ危ないですよ!」



彼女の返答に納得したところでドラゴンの事を思い出し、俺は慌てて彼女に警告した。


だがその女性は全く動じず、落ち着いたまま尋ねてくる。



「はぁ?何がだ?」


「いや、後ろ後ろ!」


「んー?」



その女性は特に体勢を変えず体を捻って背後を見ると、すぐにこちらへ向き直る。



「何もないが?」


「え?そんなはずは……」


「ならば自分の目で確認するがいい」


「はあ……」



言われて少し上昇し、女性の足の間から山頂を覗く形になったのだが……そこにドラゴンの姿は影すらも存在していなかった。



「あれ?」



どういうことだ?と思っていると、スッと眼の前に何かが降りてくる。


白っぽい肌で柔らかそうな、閉じた二枚貝を縦にしたようなそれは……



「何か見えたか?」


「えっと、貴女の股間が」



そう、彼女がしゃがんで話しかけてきたことにより、俺の目の前に女性の股間がどアップで晒されているのだ。


俺としては指摘したつもりなのだが、彼女は大して気にせず話を進める。



「そこではなく私の背後だ。何も居なかっただろう?」


「はあ、それはそうなんですが……確かにそこへ降りてきたはずなんですよ」


「何がだ?」


「初めて見たので合ってるのかわからないんですが……ドラゴンだと思います」


「ああ……なんだ、それか。見ていろ」



俺が答えると合点がいった顔をして立ち上がり、広い場所へ向かう謎の美女。


彼女は足を止めるとこちらへ向き直り、強大な魔力を発すると共に姿を変えた。



「グルルルル……」



山頂の広場ほとんどを占める巨体。


それはまさしく、先ほど俺が認識していたドラゴンだった。





どうやら彼女はドラゴンで人の姿になれるらしく、そのときは自然に溢れる魔力をかなり抑え込んでいるらしい。


それで俺はドラゴンの魔力を見失い、目の前に居た女性がドラゴンだと気づけなかったようだ。


強大な魔力を保つ存在を知って動揺していたのもあるだろうか。


そもそも、彼女に小さいながらも魔石の反応があったのだが……まぁ、ドラゴンの状態とは差が大きく、同じ個体だとは思えなかったんだろうな。



「で、何故裸でいらっしゃるのでしょうか?」


「人間の服を持っていないわけではないが、いつも持ち運んでいるわけでもないからな」



ドラゴンが人になるところも見せてもらった俺は、使っていたテントを再び作成してその中でドラゴン氏と話していた。



「それだと、こうして人と話すときに困りませんか?」


「人と会う予定であったなら服は用意している。まぁ、頻繁に会うことなどないし……不躾な目で見てくる者は処分すれば良い」


「……スイマセン」



彼女の返答に具合が悪くなる俺。


思いっきり見ていたので、どう扱われるのか不安になったのだが……謝罪しつつ差し出したバスローブを気に入ったのか、それ着たドラゴン氏は許してくれるようだった。


まぁ……俺が使っていたさほど大きくないテントな上、彼女は胡座をかいて座っているので股間は見えそうだが。


小さなテーブルを挟んでいるので、実際には見えていない。



「ふむ、まぁいいだろう。だが子供にしてはに興味を持つのが少々早いな。ならわからんでもないが……年相応とは言い難い」



言いながら大きな胸を揺すって見せる彼女に、俺は目を引かれつつも紅茶を用意しながら曖昧に答える。



「あー……なんと言いますか、色々と事情がありまして」


「その物言いもだな。事実を話したほうが身のためだぞ?」



魔石の魔力を感じられることで、明らかに強者だとわかっている相手に嘘を言う気にはならず……俺は淹れた紅茶をケーキと一緒に出し、ドラゴン氏に事情を説明することにした。





「ふむ……前世の記憶を持ったまま、別の世界から転生か。その上で追放されるような称号を持っているとはな」



ふむふむ。


先程の話から、多くはないが人付き合いもあるそうだし、称号のことを知っていてもおかしくはないのか。


一通り俺の事情を聞いた彼女はそう言うとケーキを食べ終え、少なくなっていた紅茶を飲み干した。



「コクッ……ふぅ。これもお前の力で作った物か。美味い上に魔石が少しあればいいのだから、お前を追放した親は馬鹿な真似をしたのではないか?」


「必要な魔力は物によりますから、魔石が少量で済むとは限りませんが……まぁ、金銭や貴重品の偽造を疑われるのは避けたかったんでしょう。家だけの問題では済まないかもしれませんでしたし」


「基本的にはどの土地でも重罪らしいしな。だが……追放されたことを恨んではいないのか?」


「精神的には大人なんで事情は理解できますし、こうして生き抜ける力もありますから」


「では、これからどうするつもりだ?」


「数年経ってから、西の方へ行こうかと」


「西?何故だ?」


「恐らく東から運ばれてきたので」


「なるほど。数年待つのは……その見た目で一人旅はまだ早いからか」


「ええ」



流石に10歳ぐらいで一人旅は怪しまれるだろうしな。


そう答えると、彼女はこんなことを言い出した。



「ふむ……ならば、暫く此処に居るとしよう」


「え」


「ん?不服なのか?」



俺の反応に気を悪くしたのか、やや怒っているような顔のドラゴン氏。


気分1つで自分を消し飛ばすような存在が傍にいるのはストレスになりそうなので、美女の姿になれるとはいえお断りしたいのだが……現在進行形で消し飛ばされる可能性が増大しているので全力で誤魔化してみる。



「いやあの、貴女はここで暮らしておられるわけではないんですよね?」


「ああ、冬に備えて食い溜めをしに来ただけだ。別の餌場が物足りなくなる度にそうしている」



oh...


つまり俺は、ドラゴン氏にさせようとこの森に捨てられたのか。


で、この岩山に魔物や動物が近づかないのは、偶にやって来る彼女の別荘のような場所だから、と。


……はい此処、めちゃくちゃヤバい物件でした。


聞けば、前回ドラゴン氏がここに来たのは俺が来る3年前で、次は何時来てもおかしくなかったようだ。


俺を運んできた村の人達も十分危なかったんだな。


何かをやらかした罰として選ばれてたりして。




それはさておき、ドラゴン氏だ。


今のところは大丈夫だが、何とかこのまま穏便にやり過ごしたい。



「でしたら、餌に豊富な場所で過ごされたほうが……」



そう言った俺に、彼女はニヤリとして聞いてくる。



「そうしようと此処へきたのだがな。が5年も荒らしているおかげで獲物が少ないようなのだ。勿論これでは足りないのだから、そのに責任を取らせなくてはならないはずだな?」



当然そのが俺であるのは明らかなのだが……ドラゴンの胃を満たせる量の食料など、魔力がいくらあっても足りないだろう。


なので何とか譲歩してもらえないかと嘆願してみる。



「ぐ……しかしですね、食料を作るには魔力が必要で、その魔力を確保するのに魔石が必要です。獲物が減っているということは俺の魔力も増やせないことになり、今まで貯めた魔力では貴女を満足させられる量はとても用意しきれないと思うのですが」


「いいや?お前と居る間は人の姿のほうが都合はいいだろうからこの姿で過ごすつもりだし、その場合は腹に入る量が少なくなるぞ」


「えっ?でも体調に影響が出たりしませんか?」


「人の姿で居続けるなら問題ない。元の姿に戻るときは空腹になっているだろうが……冬を越して獲物が増え、すぐに喰らえる状況であればいい。量が足りなければ、元の姿で別の土地へ狩りに出る」


「あー、そうですか……」



相手が原因で断る、という手が使えなくなってしまった。


そして勿論、俺の都合で断る度胸はない。


まぁ……そもそもの力関係で、彼女が決めたことを俺が覆すというのが無理なことだったのかもしれないが。



「とりあえず飯を出せ。流石にさっきのでは足りん」


「アッ、ハイ」



そんな感じで彼女との同居が決まると、俺はドラゴン氏にあることを確認した。



「そう言えば、お名前は何とお呼びすれば良いんでしょうか?」


「ああ、教えてなかったな。ルナミリアだ」


「わかりました、ルナミリアさん」



そう返した俺に彼女が聞いてくる。



「で、お前の呼び方はノルンのままでいいのか?此処に人は来ないから大丈夫だとは思うが……人に聞かれても構わん呼び方のほうがいいのではないか?」



彼女によると、ここが自分の餌場だということはそれなりに知られており、基本的に人がこの森に近づくことはないとのこと。


だが、俺のような例外的にやって来る人間がいないとも限らないし、いずれ森を出て別の名前を名乗るのだから今決めておいてもいいだろう。


名前か……



「じゃあ、コージと呼んでください」


「コージ?」


「ええ、前世での名前です」


「そうか。よろしくな、コージ」


「はい。えっと……お手柔らかに」


「それはお前次第だな」


「アッ、ハイ」



こうして、俺は再びコージとしての人生を歩むことになった。

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