第62話
オーエンの顔をまともに見られないほど笑いながらキャンディが言った。
「だって……はははは! 護衛から夫になって、今度は息子よ? どれだけ深い縁があるのかしらね、私たちって」
オーエンがブンむくれた顔で言う。
「どうぞよろしくお願いいたします。義母上様」
エマがキャンディに言う。
「では私は息子の嫁ですね? どうぞ可愛がってくださいませ義母上様」
オーエンとは対照的な笑顔を浮かべる。
「では決まりだな。愚息よ、後は全てお前に任せる。私とリリアンヌは帝国に骨を埋めるつもりだ。お前には私の持てる全てを教えた。後は自己研鑽のみだと肝に銘じなさい」
「はい、父上。今まで育てていただき感謝いたします。母上もどうぞお健やかに」
レッドとリリアンヌは腕を組んで、うんうんと満足そうに頷いていると、ホープスを抱いたスミスが入ってきた。
爵位のことや養子のことを説明するキャンディの話に、笑いを堪えながら聞くスミス。
「オーエン、君は子爵令息から伯爵令息になるんだね? おめでとう。頑張ってね。僕のことは、いつから義父上と呼んでくれるのかな?」
オーエンが再びあんぐりと口を開けた。
スミスの腕から降りたホープスがオーエンに駆け寄った。
「オーエン兄さん!」
オーエンが感動した顔でホープスを抱きあげる。
「なんか嬉しい……ありがとうホープス」
自分は伯爵令嬢から平民になり、そして侯爵令息夫人となって子爵夫人へと変った。
そして伯爵家当主となって、最後は帝国の女帝として国を離れようとしている。
なんという激動の人生だろう。
でも自分はずっと自分だったとキャンディは思った。
肩書や仕事や爵位がどう変わろうとも、自分の中身が変わるわけでは無い。
スミスもそうだ。
第三王子から浮浪児、拾われて後に牧師となり自分と出会った。
今は還俗して王弟の義息子となり、もうすぐ元の身分を取り戻す。
そして最終的には帝国の皇配として自分と一緒に旅立とうとしてくれているのだ。
でもスミスはずっとスミスだった。
この離宮に暮らすようになっても慎ましく暮らし、朝夕の祈りを欠かさない。
ホープスへの教育も変わらず続け、自身も皇配となるための勉強を受けている。
彼は常に謙虚だ。
キャンディはオーエンとホープスの側で、楽しそうに笑っている未来の夫を見つめつつ、この先の人生を思った。
「そう言えば、国王陛下より『お二人の結婚式は帝国との調印後すぐに執り行いましょう』との伝言でした。そろそろウェディングドレスを準備しましょうね」
リリアンヌがパンと手を叩いて言った。
「結婚式ですか? え? やるの?」
「そりゃやりましょうよ。楽しみです! 見たいです! あっ、そうだ。一緒に私たちの結婚式もやっちゃいましょうか」
エマがオーエンの腕をとって明るく言う。
オーエンがギシギシと音を立てるように顔をエマに向けた。
その顔は真っ赤に染まり続け、最早紫色に近い。
「ねえお義母さま。デザインは変えても同じ生地でウェディングドレスを仕立てませんか? だって私たちは姉妹ですものね?」
キャンディがにっこり笑って頷いた。
「そうね、私たちは姉妹なのよね。姉妹で同日結婚式というのは素敵ね、どう? スミス」
スミスが頬を染めながら言う。
「僕に異論があるわけ無いよ。1日でも早く君と結婚したいと思っているんだから」
今度はキャンディの頬が染まる。
スミスが続けて言う。
「ねえ、ホープス。僕とお揃いの婚礼衣装を仕立てようか。僕とホープスで美しく着飾った母上をエスコートするんだ」
ホープスが歓声を上げてスミスに抱きついた。
「じゃあ決まりね」
エマが場を締める。
オーエンはハクハクと口を動かしているが、そこからは何も言葉は出なかった。
「そうと決まればなかなか忙しいな。日時や場所は王家と相談する必要があるし、仕立屋も王家御用達を呼ばなくてはいけない」
レッドが上着のポケットから手帳を取り出して捲り始めた。
リリアンヌがキャンディに寄り添いながら言う。
「こういう時こそお友達を頼られてはいかがですか? きっとロミエンヌ夫人もリリア夫人も喜んで駆け付けて下さいますわ」
「そうね、お二人なら頼りになるわ」
その日のうちにレッドから報告を受けた国王と王弟は、帝国との調印日の翌日に結婚式をすると決め、主だった貴族たちに知らせた。
翌日から膨大な量の祝い品が離宮に届き、その開封のためだけに王家からメイドが数人派遣されてくるほどだった。
積み上げられていく祝い品を困った顔で見ているスミス。
そんなスミスを見たキャンディは、あることを思いつきレッドに相談した。
「良いプランですね。早速手配しましょう」
それから数日後、ロミットとリリアがやってきた。
二人は大喜びでサポートを買って出た。
「もうすぐクリスがデザイナーと仕立屋を連れてくるわ。どんなデザインが良いかしら」
リリアが言うとロミットも乗ってきた。
「キャンディはこんなにきれいなのだし、背も高い方だからマーメイドなんてどうかしら。うんと長いトレーンにしてバックスタイルで新郎を悩殺するのよ」
リリアがきゃあきゃあと喜んでいる。
エマとリリアンヌも参戦した。
「とてもスリムでいらっしゃるからプリンセスも良いのでは?裾にたっぷりのレースを使って長くして……ああ、考えただけでも溜息がでそうですわ」
完全に男たちは蚊帳の外だ。
スミスとオーエンが顔を見合わせて困惑の表情を浮かべている。
レッドが無言で二人の肩を叩く。
「諦めろ。女がああなったら誰も止められん。受け入れるのみだ。あとはひたすら褒める」
火に油を注ぐかの如くクリスがデザイナーと仕立て屋を連れて到着した。
女たちは時間を忘れて盛り上がり、男たちは夕食が始まるまでひたすら頷き褒め称える。
今までのキャンディとスミスの人生を思うと、夢のような幸せな時間だった。
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