254話 空間魔法の話とヒラギス戦慰労パーティ

 空間魔法の指導をしてくれと乞われ、大き目のホールにぎっしりのエルフの前に出てきたわけであるが、俺にしたところで加護で得た力で、何を教えることができるのかと思わないでもないし、実際そうも言ってみたのだ。エリーは自力でアイテムボックスまで習得していたので、聞くならそちらだとも。


 しかしアイテムボックス習得までの知識なら俺もエリーも変わりない。それなら俺のほうがエルフのやる気にも繋がるだろうとエリーも言うので、俺が指導らしきものをすることになったのだ。


 最初の取っ掛かり。ヒントでいいと、リリアも言って、それほど多大な期待をして呼んだわけでもないようだ。それならばと軽く話をすることになった。




「空間魔法の基本技術はレヴィテーションとなる」




 まずはそう言って聴衆を前に体を浮かせる。




「まずはこれを、自分の体を持ち上げられるくらいまで習得してほしい」




 そもそもが体を浮かせる程度の魔力がなければアイテムボックスの構築も不可能なのだ。まあエルフはそのあたりは誰でもクリアできるだろう。俺もレヴィテーションの習得にはほとんど時間がかからなかった。




 しかしここからが難しい。レヴィテーションは魔力を物体に作用させるコツを掴めば簡単だが、アイテムボックスは空間を捻じ曲げ、空間の裏側に領域を作り、それを固定化しなければならない。さらに物の出し入れにも微妙な魔力操作が要求される。火や水を生み出して操作すればいい他の魔法と比べて、使い手が少ないのも頷ける難易度の高さだ。




「実演をしてみよう。魔力の動きをよーく感じるんだ」




 俺は通常のアイテムボックスは必要ないが、ちゃんと使えるし構築の仕方もわかる。アンやティリカに教えたこともあるしな。


 なにはともあれ空間にスペースを作らなければならない。それが基本であるが、空間の裏側というのが難問だ。裏側って何だと、エリーに聞いて俺も思ったものだ。


 それでも感覚を掴んでしまえばなんとなく出来てしまうようだ。アンたちもここまでは進んでいる。


 スペースの構築、固定化、物の出し入れを解説を交えながら一通りやってみせる。




 ある程度実演をしたら、次は空間の話になる。転移のベースとなる知識だ。たぶん。




「空間魔法の空間とはそもそも何か?」




 話しながらこれで正解なのか、疑問に思えてきた。俺とエリーで指導したアンもティリカも、アイテムボックスすらまだ未習得なのだ。


 それでも話の途中で止めるわけにもいかないと、一次元、二次元、三次元、四次元と順に説明していく。三次元から見た二次元。二次元上で暮らす人は紙の上しか移動できないが、我々三次元人は紙の外を移動して別の場所へと移ることができる。これが転移の概念だ。


 つまるところ転移も、四次元的にはきちんと移動はしているはずなのだ。恐らく。


 


「転移の動作には二つの可能性がある。転移により、我々は四次元的に移動しているのだが、短時間なのでそれを認識していない。もう一つの可能性は空間を捻じ曲げて今いる場所と転移地点を繋げて、ひょいと移っている」




 俺は最初後者だと思っていたが、転移罠にかかったことで、魔法的なラインを直線移動している可能性も捨てきれなくなった。


 もう一度三次元から見た二次元の例で説明する。外部を移動するか、紙を折り曲げて、転移地点同士をくっつけるか。それともこの二つは同じ現象の二つの見方というだけのことなのかもしれない。




「以上が空間魔法の基本的な考え方となる。何か質問は?」




「裏側に空間を作るというのはどのようにするんでしょうか?」




 手前のエルフがそう聞いてきた。


 


「空間を捻じ曲げるといったが、広げるような感覚になるかな。広がった空間は、魔力行使者以外には認識できない裏の空間となっているはずだ」




「転移の方法をもう少し具体的に説明できないでしょうか?」




「短距離転移をやって見せよう」




 自分の居る場所と目標地点……壇上の二メートルほど横に魔力でラインを作る。そして詠唱。空間を歪めて、ぽん。はい、転移しました。


 目標地点とラインを繋ぐ。空間を歪める。歪める感じも、アイテムボックスとはかなり違った感触になる。だがそうは説明してみたものの、それがどう違うのかは具体的には説明しづらいし、詳細な動作もよくわかっていない。


 


「すまんが転移に関しては、俺もこれ以上ははっきりとはわからん」




 アイテムボックスは工程を順序立ててやってみせることができるのだが、転移はそもそもどういう働きで移動しているのか、かなり曖昧模糊としている。


 長距離転移の仕様から、設定したポイントへのラインは繋げているはずなのだが、あくまでも仮説だ。空間の話も高校レベルの物理学の知識と、あとは漫画や小説から仕入れた怪しげな知識が基となっている。その程度の知識をたくさんのエルフに説明するのは、今になってすごくまずい気がしてきた。




 一から転移を習得した術者がどこかにいるはずだ。そいつが何かの理論や習得法も知っているはず。ちょっと探してみるか。何なら帝王のところの転移術師を借りてくればいい。


 うむ。最初からそうすれば良かったな。




 後ろのほうで見ていたエルフが、アイテムボックスの実演をもっと近くで見たいというので、俺とリリアで何度かやってみせて、空間魔法の講義を終了とした。少なくともアイテムボックスまでの話に間違いはない。そこまででも誰かが習得するには時間がかかるだろうし、その間に俺の方もこっちの知識を仕入れておこう。




「まずはアイテムボックスの習得を目指してくれ。誰かできるようになったら、転移に関してはまた、機会を設けて話そう」




 最後にやる気を喚起するためにそう付け加える。この程度でやる気になって一人でもアイテムボックスを習得できるなら安いものだ。エルフほど魔力が豊富なら相当量の物資を収容できるアイテムボックスになろう。俺が不在でもフライと組み合わせればどんなところへでも短期間で物資を運べる。エルフの輸送力が飛躍的に上がる。




「こんな感じで良かったか?」




「十分じゃ。今日の話は記録もしているゆえ、学びたいものが居ればそれを見せれば良かろう」




 少し早めにやることが終わった。




「夕食時にちょっとしたパーティをしたいと思っているのじゃが、良いか?」




 少々暇ができたとリリアに言うと、せっかく俺が居るのだからと、ヒラギス奪還作戦参加者への慰労パーティをしたいと言い出した。




「正式な式典は後日を予定しておるから、今日のは飲み食いでもしながら軽く挨拶をするだけでも良いのじゃが……」


 


 それくらいなら別に構わないと了承したが、それも夕食時とまだかなり時間がある。




「じゃあ帝都へ少し行くことにする。ああ、ウィルを呼び出せばいいから、屋敷からは出ないよ」




 帝国とのトラブルは解決したとはいえ、さすがに帝都での警戒は必要だが、今回はウィルと少し話をするだけだから、護衛を増やす必要もない。


 すぐさま転移をして、帝都付きのエルフにウィルを呼び出すように頼む。


 ほどなくエルフがウィルを連れて戻ってきた。王城とエルフ屋敷は距離があるとはいえ、同じ町の中。エルフがフライで飛ばせば、軽くお茶を飲んでるうちである。




「転移術の教師っすか。それなら帝都魔法大学院ですね」




 ウィルに聞いてみると、目的の人物はあっさりと見つかった。名前までは知らないようだが、転移術の教授がいるそうである。




「なるほど、ありがとう。もう帰っていいぞ」




 あとは後日そこを訪ねて、例の帝王許可状を見せて協力を仰げばいい。




「ええっ? 用はそれだけっすか?」




 そうだよ。




「じゃあ少し相手してくださいよー」




 しゃーない。時間はあるし、相手をしてやるか。




「そうそう。明日あたり、お前もヒラギスに来てくれ。こっちでの顛末をお前の口から説明したほうがいいだろ?」




 剣の相手をしながらそんなことを話す。すでに帝国側から情報は伝わっているかもしれないが、剣闘士大会で負ければヒラギスに婿入りである。カマラリート様にはちゃんと自分で説明したほうがいいだろう。それと鉄筋工法の話もする。ヒラギスにある砦の城壁の、大改修の提案だ。




「りょ、了解っす!」




 ウィルが本気でかかってくるので、俺もそれなりに本気で相手をしてやる。


 しかし例のゾーン。もう一度と思ったが、あれから一度も再現ができない。やはりある程度追い込まなければダメなんだろうか。


 嫌だけど師匠に聞くか。だが師匠にこんな話をすると、絶対ハードな修行になるんだ。間違いなく。




「サティは今日はまだダメだぞ?」




 ウィルとの一本目が終わってそわそわしているサティにそう釘を刺す。サティの休養ももう三日目で、そろそろ平気だとは思うが素人判断は禁物だ。きちんと三日間、今日までお休みしてもらう。




「立て。二本目行くぞ」




 ウィルには俺のゾーン再現のための実験台になってもらおうか。










 


 もう何本目かわからないくらいウィルを鍛えてやっているところに、リリアが呼びにやって来た。




「二人で修行か? そろそろこちらの準備ができるのじゃが……」




「ん? もうそんな時間か」




 集中してやっていたはずだが、どうしてもあの時のテンションに到達しない。ウィルが弱いってわけじゃないが、全力を振り絞る必要があるほどじゃないからだろうか。


 だが出したい時に出せないでは困るのだ。やはり師匠に相談するしかないか。




「行くぞ、ウィル」




「ど、どこにっすか?」




 息も絶え絶えな様子のウィルが言う。




「言ってなかったか? 今からヒラギス戦の慰労パーティをエルフの里でやるんだよ。お前も顔出しとけ」




 準備は別にいいか。ちょっとしたパーティとか言ってたし、来るのはヒラギス戦の参加者たちだ。かしこまった格好もないだろう。そう思ってエルフの里に戻って汗を流して待ってたら、みんな普通に着飾った格好でやって来た。




「あら? まだ準備してなかったの? もうすぐ始めるらしいから着替えてらっしゃいな」




「いや、なんか軽いパーティって聞いてたんだけど」




「軽くてもパーティはパーティでしょう?」




 エリーが不思議そうに言う。こっちだとそうなのか。慰労会だとも言ってたし、なんかホームパーティか居酒屋で乾杯するイメージだったわ。そっちのイメージだとむしろ着飾ったほうが浮くし。


 ウィルは平気そうだな。元から普通に王子様感のある格好だ。パーティでも馴染むだろう。




「サティの衣装はアイテムボックスにあったな」




 パーティ用途というわけじゃないが、コスプレ感覚で着てもらう衣装である。主に夜に。いつでもすぐに出せるようにしてあるし、パーティでも違和感のないのもいくつかある。


 俺のも当然どこかに入れてあったが……そういえば貰ったばかりの新しい装備があったな。カッコいいと好評だった新作鎧。




「俺とサティは準備するから先に行ってていいぞ」




 俺のはこれで、と。




「サティはどれがいい?」




「マサル様はそれで行くんですか? ならわたしもいつもの装備で」




「そのほうが受けがいいかもしれんな」




 帝国の王城に乗り込んだそのままの装備だ。サティはそうですか? と首を傾げて俺の着替えを手伝ってくれて、パーティ会場へと乗り込んだ。


 思ったとおり大好評だった。エリーなどは勇者っぽいと手を叩いて喜んでいた。


 戦いが終わって少しは暇になるかと思ったが、エルフにしてもエリーにしても一向に仕事が減らない。この程度のサービスで喜ばれるなら安いものだ。




「諸君」




 俺の言葉でホールが静まり返る。サービスついでだ。リリアからは軽い挨拶でいいと言われていたが……




「皆の命をも顧みない献身的な働きにより、ヒラギスは魔物の手より取り戻され、いまや復興の途上にある」




 ホールに集まったエルフは結構な人数だった。序盤はオレンジ隊だけだったのが、北方砦の防衛戦では送り込めるだけの戦力を全力で投入したのだ。いや、ほんと勝てて良かったよ。




「ヒラギスではエルフの力が大いに示された。その比類なき戦果、武威はヒラギスはもちろん、いまや帝国並びに世界各国にも知れ渡ることとなった。諸君らが誇るべき、偉大なる成果だ」




 ほおと、エルフたちからため息が漏れる。




「そして神託だ」




 神託と聞いて、エルフたちが息を呑む。神託がある。そんな話は王とかにはしてあった。だが俺の口から一般のエルフに語られるのは初めてだろう。




「神託の要請は俺がヒラギス奪還作戦に参加することのみ。勝利は必ずしも神託の達成には必要とされなかった。そう、俺の力をもってしても、勝利は難しかったのだろう」




 そこで言葉を切ってエルフを見回す。




「実際かなり危うい戦いだったと思う。だが我々は勝利した。なぜか!」




 ぐっと拳を握る。




「これはエルフの手によってもたらされた勝利。そして勝利による神託の達成だ」




 おおおおーとエルフたちから感嘆の声が漏れる。




「エルフの助力なくして俺たちはヒラギスを戦い抜けなかっただろう。エルフの助力なくしてヒラギスでの勝利も成し得なかっただろう。諸君の献身と奮闘を俺は決して忘れない。そしてここに集った者全員に感謝を。ありがとう」




 そう頭を下げて締めくくると、エルフたちから拍手と歓声が上がった。




「いい演説だったわよ」




 皆のところへ行くとそう言ってエリーに褒められた。だが、これも魔物を一時的に撃退しただけ。依然その脅威は消えない。また大規模な戦いが勃発すれば、エルフは喜んで参戦するだろう。今俺が煽ったせいで、さらに熱心に。


 今回は上手く切り抜けられた。だが次は? その次は? 俺は否応無しにエルフに犠牲を強いる道を選んだのだ。




「飲むか」




 せっかくの勝利の宴だ。俺が暗い顔をしても始まらないだろう。そう思って、俺たち用に用意されたテーブルで酒とつまみを物色して摘んでいると、ウィルが暗い顔をしているのに気がついた。




「浮かない顔をしてどうした?」




「俺、こんなんで勝てるんすかねえ」




 今日も俺にぼっこぼこにされたけど、それだけじゃないんだろうな。




「わからん。フランチェスカつええからな」




 俺も最初は負けたし。




「そおおおおおおおなんすよねえええええええ」




 でも負けても大丈夫だと思うんだけどな。勝てばって話だけど少なくとも受け入れる気はあるんだ。脈は100%ある。負けてもアプローチを変えればたぶんなんとかなる。だけど負けてもいいとは本人には言えんか。




「不安ならフランチェスカの様子を見てきてやろうか?」




 それで軽く手合わせでもすれば、あっちの修行具合も分かるだろう。




「それはちょっと……」




 俺は完全にウィルの側だし、スパイっぽいからダメか。




「ヴォークト軍曹殿がフランチェスカ様の修行に協力しているそうですよ」




 どこで仕入れてきたのか、俺たちの話を聞いていたサティがそんな情報を教えてくれた。軍曹殿も王国民だもんな。フランチェスカに協力するのはごく自然な流れだ。


 しかしマジか。フランチェスカはガチで勝ちに来ている? いやいや、脈はあるはずなんだ。ウィルが嫌なら、そもそも普通にプロポーズを断れば良かったんだから。




「今日みたいな修行をもっと増やすか?」




「お願いできるっすか?」




「じゃあ時間を決めるか。夕食前くらいに一刻二時間程度で……毎日?」




 剣闘士大会まであと二週間ほどか。使える時間はそう多くない。




「毎日お願いするっす」




「俺が行けない時も誰かに迎えを頼んでおく」




 俺が忙しくても誰かしら相手はいるだろう。




「あとだな、師匠には頼むか?」




 俺の言葉に毎日やることはほぼ即答したウィルが躊躇する様子を見せた。俺も結構厳しく鍛えてやっているが、師匠が介入すると段違いに厳しくなるのは確実だ。




「や、やれることはすべてやるっす!」




「よし。じゃあ頼みに行くか」




 その師匠はエルフに囲まれて、なにやら昔話をしているところだったが、ちょっと失礼と、そこに割り込ませてもらう。




「師匠、帝都の剣闘士大会ももうすぐでしょう? 明日からこいつの修行の追い込みを手伝ってくれませんか?」




 師匠はウィルをちらりと見て頷いた。




「良かろう。存分に手伝ってやろう」




 そう言って俺を見て嬉しそうに笑う。まあそうだよな。俺の稽古もついでにつけてやろうという算段なのだろう。だがウィルが十分な修行ができなかったのは、俺のトラブルのせいでもあるし、師匠に声をかけた時点でその程度は覚悟していた。




「夕食前の一刻だけ? ダメだ。午後は丸々確保しておけ」




 師匠が相手をしてくれるなら、時間は多めのほうがいいだろうな。




「俺は他にも仕事がありますから、午後いっぱいとかは無理ですからね?」




 獣人の里もエリーやティトスパトスに任せっきりだから、そろそろ本格的に手伝う必要もある。半日も修行をしては他の事をする体力がなくなってしまう。


 一応そう予防線は張ってはみたものの、二時間程度でも死ぬような修行は十分に可能だ。どっちみちゾーンのことで師匠には声をかけようとは思ってたしな……


 しかし、またやるべきことが増えた。それも相当ハードなのが二週間も。ほんと、一体いつになったら俺はのんびりできるんだろうか?

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