244話 虜囚

「転移術師を捕獲した?」




 長い宴会を終え、自室に向かおうとした帝国軍総司令ランディーズ・ガレイに副官の一人がそう報告してきた。




「はい。罠に引っかかったようです」




 転移魔法にのみ効果がある罠が、王城の周囲には張り巡らせてあり、それは一部の者にしか知らされていない。存在が明るみに出れば罠としての効果はなくなるし、転移を防ぐ罠の作り方を他所に知られてもやっかいだからだ。




「まさかエルフではあるまいな?」




 もしエルフなら十中八九、ウィルフレッドを送ってくれた者だろう。解放せねばなるまい。そう司令は考えた。




「人間族の男性でしたが、身元がわかるようなものは何も」




「詳しく話せ」




「身なりは平民風ですが、仕立ての良い新品の服でした。その下に鎖帷子を着ており、短剣を隠し持っておりました。年の頃は二〇にもならないくらいでしょうか。手には剣ダコがあり、そこそこ鍛えられた風ではありました」




「怪しいな。王城に侵入しようとでもしたか?」




 転移魔法を習得しているほどの魔法使いであるのに、剣も鍛える。なくもないが、二〇そこそこの若さで両方を使い物にするのはとても難しい。




「かもしれません。軽く尋問致しましたが何もしゃべろうとしなかったので、今は魔法封じの首輪を付けて、薬で眠らせております」




「そのまま眠らせておけ。尋問は明日にする」




 すぐにでも詮議せねばならないのだろうが、難しい判断が必要となる。宴会で浴びるように飲んだ後では無理だ、そう考え司令は処理を後回しにすることにした。




 しかしこのタイミングで転移術師か。ウィルフレッドを送ってきた人物かもしれない。だが何もしゃべろうとしなかったのだ。それに王城に侵入しようとした罪は重い。




 そのウィルフレッドから宴会中に語られた冒険譚だが、なぜか勇者の話が一切なかった。ウィルフレッドに剣と魔法を教え、剣聖の弟子にまで腕を引き上げた人物。単にパーティのリーダーとしか言及されなかった勇者、マサル・ヤマノス。ヒラギスに話が移るとエルフとの話に終始して、まったく話にでなかった。


 司令にとって都合が良かったのだが、勇者のことは秘匿しようとしているのか。




 もっと詳しい情報がほしかったが、この件に関しては迂闊にウィルフレッドには話せない。同じ理由で次に勇者に詳しいエルド将軍もダメだ。ウィルフレッドの仲間ということは剣聖の仲間でもあるのだ。どこまで信用できるか判断できない。


 せっかく手の内に飛び込んできてくれたのだ。たとえ勇者の関係者だとしても隠し通す価値はある。さらに人を運べるほどとなると帝国でも二人しか確保していないほど転移術師は貴重だ。


  


「しっかりと見張っておけ。万が一にも逃すことのないように」




 身柄は手の内にあるのだ。急ぐ必要はない。






 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 目を覚ますと手錠と足枷をされ、さらにそこから鎖で壁に繋がれて、石の床で寝ていた。殺風景な部屋。その部屋には一人、少し離れた場所にもう一人。そして探知の範囲には結構な数の人が行き交っている。ここは地下のようだ。


 目を覚ます前のことも思い出した。エルフの里へと転移しようとして……失敗した?


 そして暗い場所に出たと思ったら、顔に何かの液体を食らって昏倒したようだ。訳がわからん。




「気がついたか。名前は? 何者だ?」




 俺が体を起こしたのに気がついて軍人風の男がそう声をかけてきた。絶対に油断をするな。別れ際のウィルの言葉を不意に思い出した。帝国が何かした。そして捕まった?




「おい、何か話せ」




 サティとミリアム、それに師匠はどこにもいない。どうやら捕まったのは俺だけか。それとも別々にされている?




「名前は! 何者だ!」




 黙っている俺にそいつが語気を荒げて再び聞いてくる。近くにはこいつだけ。転移で逃げるか。いや、サティたちが捕まっていることも考えて、まずこいつを魔法で無力化して……使えない!?


 首輪か。恐らく魔法を封じるやつ。用意がいいな。


 しかしどうやって捕まった? なぜ捕まった? 理由がわからないと迂闊に話すのも危険だ。




「ここは?」




「俺が聞いているのだ! 名前を言え!」




 状況がわからなさすぎるが、少なくとも友好的な雰囲気は皆無だ。




「ちっ。まあいい。しばらく眠っておけ」




 黙っていると何か薬品を嗅がされ、俺はまた意識を手放した。


 




 


 次は刺激臭でむせて目が覚めた。ごほんごほんと咳をしていると、大丈夫かと声がかかった。




「ただの気付け薬です」




 大丈夫じゃねーよ、そう言いたかったが俺に聞いたんじゃなかったか。視線を上げると俺を眠らせてくれた軍人風のやつに壮年の立派な衣装の男性。




「何者だ? 名前は?」




 再びそう尋問される。




「ここはどこだ? お前らこそ誰だ?」




 相変わらず首輪に両手両足の鎖だし、こいつらは何も答えない。どうしたものかと思っていると、また何かの薬品を嗅がされた。




「尋問薬です」




 ぼそぼそと聴覚探知がなければ聞こえないくらいの小声で、軍人が立派なほうのやつ、上司だろうか、に話す。初めて聞く名だが、自白薬みたいなものだろうか。




「効果が出るまで少し待ちます」




 徐々に頭がぼーっとしてきた。ていうかどれだけ時間が経った? めちゃくちゃ喉が乾いたし、腹が減っている。メニューを開いて時間を確認する。ウィルを送っていった次の日の朝か。メニューは使えるんだな。ということはアイテムボックスも使えるか。


 大岩を出してこいつら潰しちゃうか。




「首輪は魔法封じか?」




「寝ている間に隷属の首輪に交換してあります」




 それを聞くと上司のほうは満足そうに頷いた。隷属の首輪!? 殺すのもやむ無しと大岩を二人の頭上に出現させようとするが……操作できなかった。奴隷に主人は傷つけられない。


 魔法は……使える。手のひらに水を出して喉を潤す。




「魔法は使うな!」




 軍人風の男の命令。首輪の主人はこっちか。これで魔法ももう使えない。どのみち隷属の首輪には初期設定で逃走禁止の縛りもある。魔法が使えたところでどうしようもない。


 だがこの隷属の首輪、おしゃべりは自由にできるのだ。それで尋問薬が必要だった。




「隷属の首輪は違法だ。くそっ、二度目だよ……」




 考えただけのはずのことがぽろりと口から出た。まずい、尋問薬が効いてきたか? 




「犯罪者相手に限っては違法ではない。お前には王城侵入の嫌疑がかけられている」




 そう軍人が告げる。ということはやはりここは帝都の王城か? そして俺を冤罪で嵌めるつもりだとしたら、何を言っても無駄か。


 ふと思いついてメニューを開く。毒耐性10ポイント。果たして効果はいかほどか……


 


「もうそろそろよろしいかと。尋問薬の効果時間があるのでなるべく手短にお願いします」




 俺の妙な腕の動きに首を傾げた軍人風の男が、上司にそう告げた。




「お前は何者だ?」




 上司の質問に答えるのを我慢しようとする。




「ぼ、冒険者」




 だが意に反して俺の口がそう答える。毒耐性の効果がでてるのかさっぱりわからん。少し我慢はできたから多少の軽減はしてなくもない感じはするのだが、そもそも尋問薬は毒の範疇に入るのだろうか?




「冒険者か。パーティは組んでいるのか? 名前は?」




 俺の名前は答えたくはない。そこでこれはパーティ名を聞かれてるのではと解釈して答えてみた。




「パーティは組んでいる。サムライ」




「妙な名前だな」




「うちのほうでは普通だ」




 なにがしかの耐性はあるのか? 多少は発言をコントロールできそうだ。それとも尋問薬がその程度の性能なのかもしれない。


 


「お前は転移術師だな? 腕前はどの程度だ? レベル5? レベル5とはなんだ? スキルレベル?」




 質問に淡々と答えていく。




「レベルは1から5まである」




「ではレベル1から説明しろ」




「レベル1はアイテムボックスが使える。レベル2は短距離転移。レベル3は長距離の転移。レベル4は人員の転移もできて、レベル5はゲート転移の制限がなくなり、一〇〇人でも運べるようになる」


 


 ただし無制限とはいかない。一〇〇人を超えたあたりから魔力の消費量が幾何級数的に増え、一〇〇〇人なら一〇〇人の一〇倍じゃなくて、一〇〇倍ほどに増えると予想された。増やしすぎると魔力効率が極めて悪くなるのだ。


 しかしこいつらの目的は転移術師か。王城に侵入した嫌疑とか言って、そっちの質問がまったくない。




「一〇〇人の転移ができるのか?」




「できる」




 そうと聞いて上司は少し驚いたようだ。




「エルフの関係者か? どういう関係だ?」




「そうだ。嫁がエルフ」




「ヒラギスには参戦していたのか? エルフを運んでいたのか?」




 イエス、イエス。素直に答える。




「マサル・ヤマノスを知っているか?」




「知ってる」




 突然の名前に少し動揺する。勇者が目的ということもあるのか? いや、それなら名前を聞いたりしないよな。




「仲はいいのか?」




「……良くも悪くもない」




 少し考え、そう答える。しかし勇者に関する言及はない。ウィルのこともバレてたし、俺の名前が出たくらいだし、知らないってこともないはずだが。まさか捕まってるのが勇者だとは思ってないのだろう。




「王城に侵入しようとしたのか?」




「エルフの里に転移をしようとしていただけだ」




 それにしてもどうやって俺は捕まった?




「方角は合ってます。たまたま罠に引っかかったようですね」




 相変わらずこちらに情報を渡す気はないようで、聴覚探知がなければ絶対に聞こえないくらいの小声でそう軍人が上司に囁いた。罠。転移術師を捕まえる罠があるのか。方角は……王城の裏手からエルフの里への直線ルートを辿れば、王城を一部通過するラインとなる?


 転移術師を捕まえることのできる網でもあるのか? 網……転移を妨害する網。


 魔力を阻害する鉱石。アンチマジックメタルで作った捕獲罠か?




 ふむ……と上司はその情報に考え込んでいる様子だ。冤罪ってわかったろ? 解放してくれ。




「とりあえず転移が見たい」




 だがその願いも虚しく、上司はそう言う。たまたま。たまたま運が悪く罠に……いや、そうじゃないな。予兆はあった。何か変な感触はあったのだ。それを確認しなかった俺が悪い。まあ悪意なく、たまたま罠にかかった俺を、どうやら解放する気がまったくなさそうなこいつらのほうが圧倒的に悪いのだが。




 軍人風の男が許可なく魔法は使うなと念を押してから俺を繋ぐ鎖を外す。しかし手錠と足枷はそのまま。用心しすぎとも思えるが、やろうと思えば上司のほうになら襲いかかることもできるのだ。




「人員を転移できるか試させろ」




 軍人はそのオーダーに少し考えると部屋の扉を開き、俺に付いて来いと促した。廊下に出る。




「俺を連れてあそこまで転移できるか?」




 そう言って廊下の端を指し示す。




「一度普通に移動して転移ポイントを設定しないといけない」




 俺がそう言うと俺を廊下の端まで連れていき、また戻ってきた。足枷で歩き辛い。ここで抵抗しても無意味だろうと、大人しくゆっくり詠唱を始めた。普通の魔法使いの詠唱速度を意識し、ゲート転移を発動させた。




「魔力量はどうだ?」




 歩いて戻ってきた俺に上司がそう質問をする。




「この程度なら減りもしない」




 それで満足したのか再び鎖に繋ぐように命じられる。




「手放すのは惜しいな」




 俺に聞こえないと思って小声で相談する二人。


 


「奴隷紋を刻みますか?」




「このまま地下牢……いや、塔のほうへ閉じ込めておけ。なるべく丁重にな」




 やはり転移術師に興味があるのか。このまま奴隷化して利用するつもりか……




「ウィルフレッド王子を呼べ。俺はあいつの友人だ」




「その必要はない」




 やっぱダメか。王子様、役に立たんな。




「俺を解放しておかないときっと後悔するぞ?」




「お前がここにいることは誰も知りようがない。大人しく処置が決まるのを待つんだな」




 勇者である。神の使徒であると名乗り出てどういう反応を示すだろうか? 素直に解放してくれるか? それとも最悪、消されるなんことも……


 そこまでいかずとも勇者であることを利用しようとするかもしれない。まだ薬の影響で頭がはっきりしない。




 神様、助けて! 貴方の敬虔な信徒が奴隷にされそうになってますよ!


 だが怒りの雷が軍人や上司に落ちることもなく、俺は頭から袋を被せられ、塔とやらへ荷物のように輸送されるのだった。




「部屋から一歩も出るなよ。もちろん転移も魔法も使用するな」




 そこはトイレ完備の上等な牢獄のようだ。手入れがされていないのか埃っぽいが、広さはそれなり。家具類も一通り、そこそこ立派なのが備え付けられている。手の届かない高さに小さな窓が一つ。鉄格子が嵌められ猫でも通過できなさそうなのが唯一の牢獄っぽさを醸し出している。


 軍人はそのまま監視を継続するつもりのようで、俺から目を離さずにソファーにどっかりと腰を下ろした。




「頭が痛い……」




「よくある薬の後遺症だ。半日も我慢していれば治る」




 いや、まじで頭が痛くなってきたんだけど。ふらふらとベッドへと倒れ込み、体を丸める。ちくしょう、ほんとなんで俺がこんな目に。帝国はもう絶対許さんぞ……


 






「お腹が減った」




 半日ほどもベッドに転がってうんうん唸っていたらようやく頭痛が治まってきた。もう一日以上なんも食べてない。それに暑い。エルフといれば誰かが空調管理をしてくれるんだが。




 食事はすでに用意してあった。パンと冷めたスープ。軍人は相変わらず俺の監視を続けている。それを横目に考える。


 脱出は無理だ。隷属の首輪で逃走は禁じられているし、魔法の使用も禁止された。手錠と足枷はそのままだ。部屋の外には監視が二名。




 どうにか助けを求めないと。一番近くにいるのはウィルだろうか。ちくしょう。なんであいつじゃなくて俺が捕まってんだ。


 せめて魔法が使えたらな。召喚が使えることは知られてないし、あの小窓からでもフクロウなら出られそうだ。しかし魔法は禁止されている。アイテムボックスは……たぶん使えるな。




 大岩を塔の外に出現させて落下させる。何事かと人が見に来るだろう。ウィルなら俺の大岩だとわかるはずだ。


 わかるか? ウィルを連れ回すようになってから大岩ってあんまり使ってないな。気が付かれなかったら、魔法を禁止しているのにも関わらず、アイテムボックスが使える件を追求される。


 手紙を書いて外に投げる? 誰に拾われるかわからん。




 食べているうちにようやく頭がすっきりしてきた。


 さてと。やってみるか。




「暑いぞ」




 塔で直射日光がもろに当たる上に、外気は小さい窓からのみで余計に熱がこもるんだな。しかも俺がいるのはかなり上の方のようだ。下からの熱気が昇ってくる。




「我慢しろ」




「魔法で涼しくできるが?」




「……やってみろ」




 少し考えた軍人が言った。




「魔法を使っていいか?」




「構わんが、転移は絶対に使うなよ」




 やったー。魔法の許可を貰えたぞ! 喜びを隠して頷き、魔法で冷風を出して部屋を涼しくする。やっと少しは快適になった。


 ここが一番難しいところだったのだが、隷属の首輪をしていることで油断しているのだろう。ほんと、これされてるとどうしようもないしなあ。




「何か水をいれる桶とかないか? 氷を作ろう。ずっと涼しくできるぞ」




「ちょっと待ってろ」




 軍人が立ち上がって扉のほうへ向かった隙に召喚レベル1を詠唱する。レベル1だから一瞬だ。魔法の使用に気がついた軍人がこちらを見るが、続けて詠唱をした浄化を発動させた。




「勝手なことをするな」




「部屋が埃だらけで汚いんだよ」




「急な事で掃除する暇なんてなかったんだ」




 軍人がそう言い訳をする。やっぱり魔法感知くらいできるか。やばいところだった。だが俺の背中にフクロウがいるとは到底思うまい。最悪バレても外から迷いん込んだのだろうと誤魔化すつもりだった。それで外に逃せばいい。


 続けて氷作り。桶に入りきらないくらいの大きな氷を作る。がちゃんと、氷を落とす。




「おい気をつけろ。桶が壊れちまうだろう」




 軍人が氷に気を取られている隙にフクロウを窓へと取り付かせることに成功した。




「桶なんかいくらでもあるだろ」




 話してるうちに無事フクロウのふくは鉄格子の狭い窓から外へと出た。ここはどこだろうか。フクロウを飛び立たせて共有した視覚で周辺を確認する。やはり帝都の王城か。見覚えのある尖塔に、王家の森。俺が居るのは、その尖塔のうちの一つ。




「よし。もう魔法は使うなよ」




 頷く。召喚は……維持できている。召喚の維持に魔力は必要で、何らかのラインが繋がっているようなのだが、魔法の行使とは言い難い。セーフセーフ!




 ウィルを探すか? どこにいるかわからんか。それよりエルフの屋敷のほうが確実だ。ウィルがエルフ屋敷の反対側に闘技場があると言っていたな。闘技場ってあれか。屋敷は王城を挟んで反対側。これが王城へ来た時使った大通りかな? たぶんそうだ。


 しばらく辿ると帝都の外れに近づき、そして見覚えのある商店街。エルフ屋敷は……あった。




 どうなることかと思ったが、これで助けが呼べる。なんとかなりそうだ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る