8話 教えて!アンジェラ先生

「そろそろパーティを組むことを考えたらどうかな」とおっちゃんが言ってくる。




「森のほうに行くならソロはつらくなってくるよ。ほら、講習で一緒だった子らとか、他にも君とパーティを組みたいって人もいるし」




 少し前まで野ウサギと馬鹿にされていたのに、ここのところ急に人気が出たのには理由がある。魔法使いだからである。魔法使いはレア職である。基本的に誰でも魔力は持ってはいるが、実用的な量をもっている人は少ない。MPは使い切れば気絶する。修行して覚えたところで、数発の火矢でMP切れを起こし気絶するようなスキルははっきりいって無駄である。弓や投擲のほうが同じことを効率よくできる。魔法を低レベルから使いこなせる人材は貴重なのである。




 もう一点はアイテムボックスだ。アイテムボックスは空間魔法の一種で、便利なので覚える冒険者はそれなりにいるが、収容量などに問題があるそうである。野ウサギのときに堂々とやったのは正直失敗だった。野ウサギの数より、あれだけの量を収納していたことのほうが目立ったみたいだ。実力のわからない魔法使いとしてよりも(ソロで誰にも魔法使ってるところを見せたことがないせいもあるが)荷物持ちとして期待されてるのが学生時代いじめられていたトラウマを刺激して嫌な気分になる。




「考えておきますよ」




 それに冒険者たちは怖い。見た目が。体育会系である。軍隊である。訓練を一緒にしていた2人なら平気だが、あの2人のパーティ他にもメンバーいるんだよね。はっきりいって知らない人と冒険にでて何時間も一緒にいるのは恐怖である。




「ところで回復魔法を教えてくれるところとかありませんか?」




 いずれ回復魔法は取っておくべきだが、今のところ優先度は低い。手持ちのポイントが少ないのもあって、他の狩りに使えるようなスキルにポイントを使いたかったのだ。習って取得できるならそれにこしたことはない。




「それなら神殿だね。寄付をすれば教えてくれるよ。回復魔法の習得は難しいらしいけど、君ならきっと大丈夫だ」




 昼ごはんを適当に済ませたあと神殿に向かう。この世界の一日は朝日が昇ってからスタートするから午前中が結構長い。朝食を食べてギルドで依頼を確認し、森の近くまで狩りをして帰ってもまだ昼前である。その分夜が早いんだが慣れるまで朝がきつかった。宿の朝食何度か食べ逃したり。




 神殿というとパルテノン神殿を思い浮かべるがここは普通の建物だった。ただ石造の像がいっぱい建っている。ここの神様だろうか。男性神に女神、武器を持ったのやら祈った格好のやら色々である。何人か人がいたが、お祈りをしてたり、よくわからない作業をしていた。中央に建ってるでかい像の顔が伊藤さんに似ている気がする。神様って言ってたし本人かもしれないな。眺めていると神父らしき人が声をかけてきた。




「諸神の神殿へようこそ、冒険者の方。何か御用ですかな?」




「はい、ここで回復魔法を教えていただけると聞いて」




「そうですか、では担当のところへ案内いたしましょう」




 一度神殿を出て隣の建物に向かう。ロビーには怪我人や具合の悪そうな人が座っていた。ここは病院か。神父さんに連れられさらに奥へ入っていく。




「こちらがシスターアンジェラです。ではアンジェラ、よろしくお願いしますよ」




 そう言って神父さんは去っていった。シスターアンジェラは金髪で長い髪をしたクール美人でたぶん20歳くらいだろうか。背はおれと変わらないくらい、160cmほど。白を基調とした質素な服に身をつつみ、でかい胸を装備していた。メイド服を着せたらとても似合うだろう。頭に神父さんとおそろいの丸い平べったい帽子をかぶっている。たぶんこれがここの職員?のトレードマークなんだな。




「や、山野マサルです。よ、よろしくお願いします」




 シスターに見つめられ顔が赤くなるのがわかった。女性と話すのは久しぶりである。前世では母親かコンビニ店員、こちらに来てからも食堂のおばちゃんか初心者講習に一人いた子とくらいとしかまともに会話していない。女性が嫌いではないが、リアル女性はすごく苦手なのである。突然シスターが近寄ってきて体をぺたぺたと触ってきた。胸があたりそうだ。顔も近いよ!




「あ、あの、な、なにを」




 満足したのか、離れてくれた。




「魔力は強いようね。魔法はどの程度使えるの?」




「火魔法をそこそこ使えます。あとは浄化とかライトとか」




「一番威力のある魔法を見せてみなさい。君の魔法の実力が知りたい」




 庭に案内された。




「広さは余裕ありますけど、音とかでかいですし地面に穴があきますよ。ここでぶっ放して大丈夫ですかね」




 庭は広そうだったけど、小爆破の魔法は音もすごいし小さいクレーターができる。ちょっと心配になって聞いてみた。




「大丈夫。どーんといってみな!」




 MPは70あった。これなら十分だろう。手のひらを前に突き出して【小爆破】を開始する。レベル3の呪文だけあって小爆破はために少々時間がかかる。発射準備が完了する。庭の中央に向けて発射。ボンっという音と共に衝撃と砂が飛んでくる。庭には深さ1mくらいの結構深い穴ができていた。何人かびっくりして様子を見に来たがアンジェラが追い返してた。




「なかなかやるじゃないか。これなら回復魔法の習得も問題ないね」




「そうなんですか?」




「魔力があるってことはそれだけ練習も沢山できるってことだからね。魔力が高ければ大抵の魔法は習得できる」




 アンジェラの近くにある、もう1個の建物に案内される。なんか子供が沢山いて、アンジェラに突撃して抱きついてた。う、うらやましくなんかないんだからね!大きな食堂らしいところで話をした。子供たちは遠くからちらちら様子を見ているが邪魔をしたりしない。しつけがいきとどいてるな。




「いまいくらゴルド持ってる?」




「はあ、5000くらいですが」




 つい正直に答えてしまう。




「結構溜め込んでるじゃないか。見ての通り、うちの神殿は孤児院もやっていてね、寄付と治療院のあがりで運営しているのよ。つまり子供たちがちゃんと食事できるかどうか、マサルの寄付次第ってわけ」




 そう来たか。




「それでいくら寄付してくれるのかな?」




「せ……1000くらい……」




 はぁ~。思いっきりため息をつかれた。




「最近は孤児も増えてね。ほら、あそこの子をみてごらん。あの子は最近両親をモンスターに食い殺されてね。たまにはおいしいものを食べさせてやりたいじゃないか。服もあんなのじゃなくてもっといいものを着せてやりたいじゃないか」




 なんか小さな女の子がこっちをうるうるした目で見つめてる……




「2……」




 アンジェラに睨まれた。




「3000……」




「500ね!まあこれくらいで勘弁しておいてあげる。みんなー、今日はこの兄ちゃんがいっぱい寄付してくれたからごちそうだよー」




 わーーーっと周りから歓声があがった。みんな飛び上がって喜んでるし、まあいいかって気分になった。3500ゴルドで日本円にして35万。自動車教習よりは少し高いくらい。これで魔法が覚えられるんだから、そんなに高いとは言えないのかもしれん。アイテムから3500を取り出し渡す。金貨3枚と銀貨5枚。金貨が1000ゴルド、銀貨が100ゴルドである。




「ほう、アイテムボックスも使えるのか。なかなか優秀だね」




 アイテムボックスに野ウサギの肉×3が残っていたのでついでに渡す。ウサギといっても普通にペットショップにいるのより一回り以上でかい。中型犬くらいはサイズがあり、肉もかなりな量がある。これをとったのはだいぶ前だったが、アイテムボックスに入れておくと腐ったりしないので本当に便利だ。




「野ウサギの肉です。みなさんで食べてください」




「気がきくね。おーい、こっちにおいで。お客さまがお土産を持ってきてくれたよ!」




 兄ちゃんからお客さまに昇格したようだ。子供たちがわらわらとこっちに来る。10人以上いる。多い。




「ほらみんな、野ウサギの肉だよ。お兄ちゃんにお礼をいいなさい」




「「「「お兄ちゃん、ありがとー」」」」




 声を合わせてお礼を言う。ほんとよくしつけられてるなー。




「ねえねえ、これ兄ちゃんが取ってきたの?」




 子供たちがこっちにも集まってきた。




「そうだよー」




「ねえねえ、ドラゴン倒せる?ドラゴン!」




「んー、ドラゴンはまだ見たことないなー。でもこの前オークなら倒したぞー」




「オークすげー!オーク!」




 子供たちが尊敬のまなざしで見てくる。いやー、最近野ウサギに殺されかけたり、訓練で死に掛けたりろくなことなかったけど、和むなー。




「兄ちゃん剣士か?おれ冒険者になりたいんだよ!剣教えてくれよ、剣!」




「もっと大きくなったらなー」




「馬鹿かおめー、この兄ちゃん魔法使いだぞ!さっきでかい音しただろ。んで庭に穴があいたのこの兄ちゃんがやったんだぞ」




「すげー、魔法使いすげー!」




 ははははは、いいぞいいぞ、もっとおれを尊敬しろ、子供たち!




「はいはい、そろそろ勉強の時間だよ。ほら、この肉冷蔵庫にしまってきて。今日の晩はこの肉を使いなさい」と、大きい子供に指示を出していく。




「冷蔵庫なんかあるの?」




 中世だと思っていたがそんな文明の利器があるのか。




「うん?わたしは回復魔法のほかに水魔法が使えてね。自前で氷が作れるからね」




 ああ、なるほど。魔法か。水魔法って地味そうな感じだったけど氷魔法も含まれてるのか。夏とか結構よさそうだな。




「よし、じゃあ回復魔法を教えるよ。みたことはある?」




「ええ、みたことくらいは……」




 初心者講習のときに何度も回復魔法を掛けられたが正直あんまり覚えてない。なんせかけてもらうのは倒れたあとだったしな!




「とりあえずどんなものかみてもらおうかな。治療院に行くよ」




 治療院のロビーを抜けて奥の部屋に入る。そこでは年配の神父と尼さんがお茶を飲んで休憩していた。




「あら?その子が生徒さん?」




「そう。あ、あたしらもお茶ちょうだい。ほら座って座って」




 お茶が出されたので飲む。ロビーには患者が待ってるようだったが、こんなにのんびりしてていんだろうか。紅茶かな?結構おいしい。砂糖が2,3個欲しいところだけど。




「このお茶は少しだけど魔力を回復してくれるお茶でね。こうやってお茶を飲んで魔力を回復しながら治療をしてるんだよ」




「そうなのよー、魔力のやりくりが大変でねえ。わたしたちは午後の担当なんだけど、もうかつかつよー」と年配の尼さんのほうがのたまう。




「わたしとさっき案内してくれた神父さまが午前担当。人手が足りなくて困ってるんだよね」




「そうなのよー。ねえ、あなた。魔法を覚えたらここで働かない?冒険者をやるより安全でいいわよー。なんなら時々アルバイトに来るだけでも」




「こらこら、勝手にスカウトしない。こいつはわたしが預かった生徒なんだからね」




「あらあら、アンちゃんこの子気にいっちゃったのかしらー。うふふふふ」




「もう、そういうのいいから!ほら、こいつに回復魔法を見学させてやってよ」




「アンちゃん……」




 真っ赤になってる。色が白いと赤くなるとよくわかるなー。いてっ、叩かれた。




「アンジェラさんか先生と呼べ。年下でしょ!」




「アンちゃんいくつ?おれ23歳だけど」




「え、うそ……15、6くらいかと思ってた」




 ただでさえ東洋人は幼く見えるっていうし、おれ童顔だし背も低いしね。でも15はないと思う。




「アンちゃんはやめろ。わたしは20だ。せめてアンジェラにして欲しい」




「はい、アンジェラ先生」




「じゃあ治療を再開しましょうかー」




 治療室?に移動して患者を呼ぶ。




「しっかり見ておきなさいよ」




 男の人は病気のようだ。神父さんのほうが様子を見て、回復魔法をかけていく。1分ほどあとには元気になった男性がお礼をいって出て行った。




「わかった?」




「手をかざしただけに見えたけど……」




「魔力の流れを見るんだ。目で見るんじゃない、こう、なんていうか、心?で感じ取るんだよ」




 あ、この人教師向いてない。感覚で覚えるタイプの人だ。




「そうね。目に魔力を集中してみるといいわよ。慣れてくるとぼんやりと魔力の流れがわかるようになるわー」




 なるほど。そういえばスキルに魔力感知ってあった気がする。次の患者が入ってくる。添え木を外すと、手がぷらぷらしている。骨折か。患者は青い顔して脂汗をながしている。神父さんが手をそえて回復魔法をかけていく。少しすると患者の人が自力で腕を動かしている。どうやら治ったようだ。




「まだ治ったばかりだから2,3日はあんまり動かさないように」




 うーん、魔力の流れか。よくわからん。目に魔力を集中しようとしてるんだけどうまくいかない。3人目、今度は尼さんのほうに交代するようだ。患者の足の包帯を外していくと怪我の具合が見えてきた。かなりひどい。ヒザが血でぐちゅぐちゅになっている。尼さんが手をかざすと傷がゆっくりと消えていき、少しのあとを残して消えた。次も怪我のようだ。腕がすっぱり切れていてまだ血が出ている。




「ほら、あなたこっちにきてちょうだい。はい、ここに座って。手を出して。魔力を集中して。そうそう、いいわよ。もっと集中してー。はい、回復魔法。あらー、やっぱダメねー」




 うーん、魔力の集中は結構うまくいってた気がするんだが、最後回復魔法をかけようとしたあたりで魔力が抜けていく感じがした。これが失敗か……。MPを確認するときっちり減っていた。




「当たり前よ。そんなにすぐに使えるようになってたまるか」とアンジェラ先生。




 尼さんが目の前で回復魔法をかけていく。傷がすーっと消えていく。すごいな回復魔法。




「いけそうな気がしたのよー」




「よし、見学はもうこれくらいでいいだろう。続きはこっちでやろう」




 治療室を出て別の小部屋に移動し、向かい合って椅子に座る。綺麗な女の子と個室で2人きりとかどきどきするな。まあすぐ隣が治療室なんだけど。




「さて、これから本格的に回復魔法を教えるわけだが、2週間くらいかけてゆっくりやるか、2,3日でがんばって覚えるかどっちがいい?」




「じゃあ2,3日のほうで」




「うん。マサルならそう言ってくれると思ったよ。魔力はどの程度残ってる?」




 MPを確認すると42あった。数字言ってもわからんよな、きっと。




「さっきの爆破を1回とあとは小さい魔法何回かくらいですね」




「十分ね。手を出して」




 アンジェラ先生が手を出して言ったのでぽんと手をおく。お手の体勢だ。




「逆よ。手のひらを上に」




 言われるままに手をひっくり返す。手をにぎにぎされて、アンジェラ先生の手はあったかくて気持ちいいなりー。なんてことを考えてたので、手をナイフで刺されるまで反応が遅れた。




「んぎゃああああーー」




「こら、うるさい。そんなに深く刺してない。冒険者ならこれくらい我慢しなさい」




「いきなり何をっ!」




「回復魔法の練習よ。今から回復魔法をかける。よく見てなさいよ」




 アンジェラ先生が手をかざすと痛みが徐々に消え、傷が消えた。




「どう?魔力の流れが見えた?ふむ、まだ足りないようね」




 手はがっちりホールドされている。くそ、この女意外と力が強いぞ!?




「こら動かない。動くと手元がくるって余計に痛いよ?」とナイフを構えながらアンジェラがいうので抵抗をやめる。そこに容赦なくナイフがささる。今度は覚悟してたので声は出さない。




「よしよし、よく我慢したね。ではもう一度回復魔法をかける。よく見ておきなさい」




 くそ、集中だ、集中しろ、おれ。すべての力を魔力を感じることに結集するんだ。




「どう?」




「うーん、何か感じられたような……気がしないでもない」




 嘘じゃない。魔力が感じられたような気がした。たぶん。




「まあいいか。今度は指をだして。大丈夫、今度は指先にちょっぴり傷をつけるだけだから。痛くしない。先っちょだけだって」




 いやいや指を出すと指先をちくりとやられた。




「今度は自分で回復魔法をかけてみなさい」




 指先に魔力を集中して……回復魔法発動!……しなかった。




「魔力は発動してるようね。お茶をいれてくるから一人で練習してて」




 何度もやったけどうまくいかない。何が悪いんだろうか。スキルで覚えた魔法はあんなに簡単だったのになー。




 アンジェラがお茶を持って戻ってきたのでいただく。




「まあ一日でとか天才でもないと無理だよ。わたしは半年かかったからね」




「半年!?」




「半年でも早いほうだよ。でも回復魔法を使えるようになったあと、水魔法を使えるようになったのは結構すぐだった」




 弓とか投擲は1日で覚えたのに、魔法ってそんなに手間がかかるのか。それともおれの成長速度がチートなのか。




「そもそも火魔法を使えるんだろう?魔力の流れもよく見えないとか、どうやって魔法を覚えたの?」




「えーと、なんとなく?」




 スキルで覚えました。訓練とかまったくしてません。




「そんなのでよくやっていけるね」と呆れられた。




「魔力はどのくらい残ってる?」




「あと5、6回分くらいですかねー」




 残りMP20でヒール(失敗)の消費量は3だ。




「さすが冒険者、自分の魔力はきっちり把握してるんだね。指を見せて。うん、もう傷がふさがりかけてるね。手を開いて」




「あの、ぐさっとやる必要あるんですかね、先生。指先にちょっぴりやれば」




「痛くなければ覚えない。短期コースを選んだのは君だよ。さあ、大人しく手を開いて。手首あたりにぶっすりやってもいいんだよ?さぞかし血がいっぱいでるだろうね」




 大人しく手をひらく。容赦なくナイフがささる。くそ、やっぱ痛い。




「集中して。大事なのはイメージよ。傷が治る、傷のないもとの健康な体に戻ったことをイメージするんだ」




 その日は魔力が切れるまで一度も成功しなかった。






「ほら、お土産」と帰りに小さい袋を渡される。




「魔力の回復するお茶だよ。お茶にするか、そのまま食べてもいい。食べたほうが効果は高いよ」




 試しにそのまま食ってみたらすごくまずかった。そりゃお茶の葉だからね!


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